ストーリーに沿って
「『セルク・オリジン』の物語に沿うように殺人事件が発生しているだと……?」
「そんな偶然ってあるの!?」
「私だって偶然だと信じたい。ですがもはやそんな悠長に考えている状況ではないのです」
「誰かがそうなるように仕向けているってことだな」
ウェイルは、これまで発見された全ての『セルク・オリジン』を、その目で確かめたことはない。
セルクの絵画自体、超がつくほどの希少品であり、プロでも目にすることは稀であるからだ。
ましてや『セルク・オリジン』というアレクアテナ大陸最大級のお宝など、早々お目に掛かれるものではない。
だから一連の事件がどのように絵画に関係してあるか、いまいちピンとは来なかったが、目の前にいる美術館館長シルグルは違う。
これまで幾度となくセルクの絵画を目にしてきて、さらに発見されている『セルク・オリジン』をほぼ全て目にし、鑑定まで行っている。
だからこそ、これらの事件の関連性に気付けたのだ。
「一作目『王の乱心』。その内容は狂気に身を支配された王が、王宮にて民を惨殺しているものです。これは一連の事件の初っ端、王宮で四肢切断された遺体が発見された事件と酷似しています」
ステイリィの資料にあった最初の事件のことである。犯人は未だ見つかってはいない。
「次の事件。兵士が市民を殺した事件ですが、これについても同様に二作目にて示されています」
「ちょっと待て。あれは最初の事件と違い、犯人が逮捕されているだろう?」
「ええ。王宮に仕える兵の一人が逮捕されたと聞きました。しかし、それがそもそも変な話なのです」
「変な話? どういうことだ?」
「その逮捕された兵のことですが、実は私の知り合いなのです。普段はとても温厚な方でして、大変な人格者でした。セルクのファンでもあり、よく美術館にもいらしてくれまして。正直に申しますと、彼が独断で行ったとは考えにくい。私は冤罪であると今でも信じています」
「だが目撃証言だってあるんだろ?」
「……そうです。ですから裁判所には異議申し立てが出来なかったのですが……。ですが妙な話もあるのですよ。どうも事件の目撃者の話では、彼は事件の時、突如として気が狂ったように奇声をあげながら犯行に及んだそうです」
「……突然気が狂って……? ……もしかして――神器が関係してるのか……?」
奇声をあげるという行動は、精神操作系神器を使って無理やり精神を乗っ取る際に、よく発生する現象だと聞いたことがある。
それにステイリィは言っていた。
犯行に及んだ兵は、いくら拷問されても何も喋らなかったと。
さらに言えば、全ての記憶を失い、廃人同然の状態になっていたのだと。
精神操作系神器によって操作されていたという可能性は、大いにあり得る話だった。
「精神操作ですか……。もしそれが本当なら惨い話です……。ですが、それを証明する証拠が見つからない以上、彼を助けることが出来ないのが現状です。悔しいことですが……。それにこれはまさに二作目に描かれた状況とそっくりで、結果だけ見れば同じだと断言してもよい状況です」
「ああ、まさに同じだ」
兵が民を殺す。
状況は多少違えど、事件の顛末を見ればそっくりそのままだ。
「……そして三つ目の事件」
シルグルが指を三つ立てて、話を続けた。
「井戸に毒を撒かれた事件。これは決定的です」
「三作目――『毒』か」
これはもう決定的だった。
この絵画に描かれたことが、ほとんどそのまま現実になっているのだ。
「これらを事件を考慮した結果、この一連の事件は間違いなく『セルク・オリジン』を再現したものだと、私は確信しているのです。だからこそこの絵画が本物であって欲しくはなかった」
確かにな……と、ウェイルは相槌を打った。
もし何者かが『セルク・オリジン』の物語通りに事件を起こしているのであれば、今本物の『セルク・オリジン』が見つかるのは非常に危険なことだ。次の事件の内容がそこに描かれているのだから。
「……だからこそ自分の鑑定を信じられなかったわけか……」
シルグルの葛藤。
それはウェイルにも重々理解出来た。
本物であって欲しいという気持ちと、本物であってもらっては困るという気持ち。
その二つの感情に板挟みになり、途方に暮れていたからこそ、自分は呼ばれたのだ。
「……もし『セルク・オリジン』の物語通りに進むのならば、この事件は最終的に――」
「――王が殺される……!?」
『セルク・オリジン』の最後は、王の首が民に取られている。
つまりヴェクトルビア王は暗殺されるということだ。
「お願いです、ウェイルさん! どうか、王の命を守ってはいただけませんか!?」
シルグルは縋るようにウェイルの手を取ると、頭を下げた。
「……シルグルさん。俺は鑑定士であって治安局員じゃない。そういうことは治安局に頼めよ」
「それが出来ないから困っているのです!」
シルグルが凄まじい剣幕でウェイルに食い下がる。
「治安局は一連の事件を王の仕業ではないかと考えているんです! そんなところにもし『セルク・オリジン』が関わっていると伝えれば、治安局は真っ先に王を容疑者に仕立て上げるでしょう! 何故なら『セルク・オリジン』の大半は王が所持しているのですから!」
シルグルの思い描く予想はおそらく当たる結果となるだろう。
『セルク・オリジン』の詳しい概要は、それこそ鑑定士や競売に携わる者、そして一部の上流階級にしか知れ渡っていないし、『セルク・オリジン』の物語通りに事件が進んだとなれば、その詳細を知っている、つまりは所持しているものが真っ先に疑われる。
『セルク・オリジン』を所持するものなど、ヴェクトルビア王アレスと、セルクマニアで有名な大貴族の二人しかいない。
またステイリィの話によると、今、王にとって悪い噂が広がっているらしい。
そうなれば疑われるのはマニアの貴族ではなく、ヴェクトルビア王だ。
それら全てを考慮すれば、治安局に通報などという選択肢はあり得ない。
「確かに治安局はまずいな。……仕方ない。判った、引き受けよう」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
別にシルグルには恩義も何もないし、引き受ける理由もない。
だが肝心要、守護対象のヴェクトルビア王本人に、ウェイルは恩があった。
「そうですか! では早速王宮に電信を入れましょう! 是非王に会って、詳しい現状をお聞きください! すぐに迎えが来るはずです!」
シルグルは電信を打つために、大急ぎで倉庫から出て行った。
「話はまとまったの?」
退屈そうに話を聞いていたフレスがくいくいとウェイルの裾をひっぱってきた。
「まあな。喜べ、フレス。お前の行きたがっていた王宮に、これから行くことになった」
「本当!? やったぁ~~!! 王様に会えるかな!?」
「ああ、嫌でも会えるだろうな」
「どんな人だろ! ボク、楽しみだよ!」
「本当に気楽な奴だな、全く」
軽い皮肉で言ったつもりなのだが、心底喜んでいるフレスを見て、苦笑を浮かべるしかないウェイルであった。




