連続殺人事件
「事の始まりは、ヴェクトルビア王宮内で切り刻まれた死体が発見されたことでした」
「王宮内で、だと……!?」
「ええ。王宮庭園のあちこちから、バラバラになった遺体が発見されたのです。この事件を皮切りに、ヴェクトルビアでは毎週何らかの事件が起きているんですよ。次の資料を見てください」
ステイリィに促され、次の資料をめくる。
「二枚目の資料には、王宮での事件から六日後に起きた事件が記載されています」
資料にはヴェクトルビアで発行されている新聞のスクラップが添付されていた。
その見出しには大きくこう書かれている。
――『ヴェクトリビア王宮所属の兵士、罪無き市民を虐殺』と。
「この新聞記事は俺も読んだよ。王宮の事件の犯人も、この兵士なんじゃないのか?」
記事にはその兵士は逮捕され、治安局の地下牢獄に幽閉されたと報じられている。
「治安局も最初はそう思って捜査したんですけどね」
「犯人が口を割らなかったのか?」
「いや、そうじゃないんです。実はですね……。その兵士、どうやら事件当時の記憶を全て失っているのですよ。それどころか自分自身のことすら何もかも忘れちゃっているみたいで。完全記憶喪失って奴みたいなんです」
「そいつがとぼけているだけじゃないのか?」
ウェイルの指摘に、それは違うとステイリィは首を横に振った。
「その可能性はまず有り得ません」
「何故だ? むしろそれが一番有り得る話だろうに」
「有り得ません。なにせ治安局は彼を拷問したのですから」
「拷問……!?」
「当然、裁判所から許可を得てのことですよ」
事件の容疑者が口を堅く閉ざし、司法取引等にも応じぬ場合、治安局は『司法都市ファランクシア』にある最高裁判所の許可を得ることで、容疑者に拷問を加えることが許される。
当然、人道に反する行為であるため、容疑者の容疑が確定的になった時に限るという条件がある。
行き詰った捜査の最終手段として用いられることがあるとは聞いていた。
「犯人の兵士は現行犯で取り押さえられましたからね。拷問を掛けるのに十分な条件は整っていたのです。治安局は三日三晩、泣き叫び続ける彼に対し、ひたすらに拷問を繰り返したのです。今や生きているのが不思議なほどの状態になっています。私も彼を一目見ましたが……いくら殺人犯とはいえ、あれは少しやりすぎだと思いました……」
ステイリィの顔色に影が差した。
彼女にとって、拷問されて心身ともに廃人となった兵士の姿は、非常に衝撃的な光景だったのだろう。
思い出すのも辛いはず。軽いトラウマになっているようだった。
「そう、か……」
事件について話すステイリィは、どっと疲れているように見えた。
見ると目の下にも立派なクマが出来ている。
先程のウェイルとのやり取りは、そんな憔悴した自分を隠すための演技だったのかも知れない。
「そしてこれが最後の資料です。正直これが一番キツイですよ」
最後の資料を見て、ウェイルは思わず目を疑った。
「――毒殺……!?」
資料に記載されていた最後の事件。
それは毒を用いた無差別大量殺人事件だった。
「王都ヴェクトルビアは内陸ゆえ、生活用水は全て地下水を利用しているのはご存知ですよね。ですから――」
「――井戸水に毒を撒いたということか……!?」
人間が生きていく上で必要不可欠なもの。
それは芸術品でも美術品でも、はたまた神器でもない。
――水だ。
この事件の被害者は、何も知らずに毒に汚染された井戸水を口にして、死んでいったということだ。
毒による死者数は八名。死には至らないまでも被害を受けた人数は、なんと三十名以上に上ると記されている。
「酷すぎるだろう!? 一体何のためにこんなことを……!!」
「犯人の動機も、毒の成分も、まだ全て調査中の段階なんです」
「最近新聞を読んでなかったからな……。まさかヴェクトルビアでこんなにも事件が続いていたとは……!!」
「新聞を読んでいても気づけないと思います。二つ目の事件くらいしか報道されていませんから。毒の事件についてはヴェクトルビア王宮の調査が終わるまで、混乱を避けるために情報を封鎖しているそうです」
「…………!!」
ウェイルは怒りで言葉を失っていた。
井戸水に毒を撒く。それはあまりに非人道的で下劣な方法。
真っ当な人間ならばおおよそ想像もつかないほど残虐極まりない手段を、犯人は堂々とやってのけている。
絶対に許される所業ではない。
「……それでどうしてお前は、これらの事件が繋がっていると思ったんだ? 最初の事件と最後の事件は犯人が判らない。だが二つ目の事件については犯人が判っているじゃないか。ならこれらは別々の事件だと考えるべきなんじゃないのか?」
「はい。治安局上層部もウェイルさんと同じことを言ってました。一つ一つの事件は被害者も状況も全てがバラバラ。だから上層部は個別案件として扱おうとしています。しかし、私にはどうも気になることがありまして……」
「気になること?」
「はい。これは私個人の考えでして、実際には見当違いなのかも知れませんけど」
「いいから話してみろよ」
ウェイルがそう促すと、ステイリィは少しばかり話すのを躊躇ったものの、ポツポツと語り始めた。
「……ウェイルさん。巷では今、こんな噂が流れているんですよ。ヴェクトルビア王が市民を弾圧している、と」
「つまりヴェクトルビア王の『アレス・ヴァン・ヴェクトルビア公』が事件の犯人かも知れないという噂があるってことか?」
ウェイルの解釈にステイリィは深く頷いた。
「そうです。そしてこれらの事件は、全てアレス公に関わりがある。王宮も兵士も水も。私の気づいた繋がりはここです」
「言われてみれば確かにそうだな……」
最初の切断された死体が王宮で発見された事件でいえば、そもそも王宮はアレス公の住まう城だ。当然、関わりはあると言える。
仮に噂通りアレス公が犯人なら、直接手を下さずとも、家臣に命令することだって可能だ。
家臣全員で口裏を合わせれば事件は明るみに出ることはなく、例え事件が発覚したとて無関係を突き通せる。
「二つ目の事件だって、犯人は王宮に仕えている兵士です。兵士なら王に殺せと命令されたなら、どんなに不審に思おうと、命令どおり実行するはずです」
「そうだろうな」
王の命令に逆らったり背いたりする兵士など、無論いるはずもない。
軍隊の上下関係ほど厳しいものはなく、王は命令体系の頂点に君臨しているからだ。
そして最後の事件について。
これについてはウェイルも多少の予想は出来ていた。
「アレス公は『井戸建設事業』に積極的な王でした。アレス公が王座に就いてから、ヴェクトリビア内の水源は倍以上になったそうですから。ですが最近では水源が豊かすぎるために水関連の税を徴収しにくくなり、ヴェクトルビアの財政は以前に比べると厳しくなっているという噂です」
水資源の供給が増えた現在、水に関する税金を高く設定すれば確かに王宮は潤うだろう。
だが住民感情を考えた場合、そう簡単に増税に踏み出せない事情がある。
満ち足りている水に高い税金が掛かると国民はこう思うだろう。
――誰が高い金を出してまで水なんか買うか、と。
水資源は豊富なのだ。
つまり水の価値は以前に比べてかなり低い。
そして人間は価値のないものに金を出したくはないのだ。
さらに話がこじれた場合、生きるために必要な水を、王が独占しているという悪評が広まってしまう。
逆に水資源が少ない場合には、井戸を掘るための建設費という名目で税金を掛けることが出来る。
つまり税金と資源はシーソーの関係に近いといえるのだ。
誰もが納得のいく徴収理由がなければ、税は信頼を売り、反感を買う。
そういった諸々の事情を考えた結果、現在のヴェクトルビアでは水の税金は、低めに設定されている。
「ですから井戸に毒を撒くことで、いくつかの井戸を潰し水の価値を上げようとしたんじゃないかと噂が流れているのです。捜査のために報道を抑えていることも、噂が広がるのに一役買っている状況でして」
ステイリィの語った内容は、もしヴェクトルビア王が仕組んだことならば、全て納得のいく説明であった。
――しかし、それはそっくりそのまま反対の理屈にもなりえる。
「ステイリィ。確かにお前の言った通りだ。もしアレス公が仕組んだとならば、その理由で誰もが納得するだろう。だけどな、それらは全て逆に考えることも出来る」
「逆、ですか?」
「ああ。つまりこう考えてみろ。何者かがアレス公を陥れようとしている、と」
「――あっ!!」
ステイリィはウェイルの助言を受け、ハッと気が付いたようだ。
何者かが、この状況を意図的に作り上げている可能性があるということを。
「確かにその通りです! 実際、今回の件でアレス公に対する不信感は高まっていますから!」
「そうだろ? 何よりも、今お前が言ったような噂が広まっていること自体、アレス公にとってはマイナスなんだ」
「そうですね。そういう観点を入れてもう一度調査してみます! おい、本部に電信を入れろ!」
ステイリィは部下を呼びつけると、すぐに電信の手続きをするよう指示した。
「ステイリィ。お前の話を聞いて、俺も一連の事件には繋がりがあるように思った。その推測通りに捜査して問題ないと思う」
「ホントですか!? いやぁ、本部の意向と違う推理で動いていたので、結構不安だったんです! おかげさまで本腰を入れる踏ん切りがつきました! ありがとうございました、ウェイルさん! 私はこれから少し調べ物をしますので! 何かあったらまた相談させてくださいね!」
「ああ、構わないよ。いつでも連絡してくれ」
「では失礼します! おらー、お前ら! 気合い入れて捜査に乗り出すぞ!」
「「「ウッス! ステイリィ上官!!」」」
ステイリィは礼を述べると、部下を引き連れて早々と別車両に移っていった。
「ステイリィもやる気さえ出せば優秀な治安局員なんだな……。しかし殺人事件か。アレスのやつ、大丈夫なのか……?」
そんなことをしみじみと呟きながら、ウェイルは隣で眠るフレスを見る。
「それにしても呑気な奴だ。あの騒ぎの中でも寝続けていられるとは」
あれだけ騒々しかったのにも関わらず、フレスは全く起きることなく、涎を垂らしてマヌケな寝顔を晒していた。
「むにゃむにゃ……。待ってよ、ライラ~、一緒にクマ食べよ~」
「どんな夢だよ、全く」
フレスの寝言に苦笑するウェイルであった。




