再会、ステイリィ
「……スゥスゥ……」
今度こそ本当に、フレスは可愛い寝息を立てて眠り始めた。
頬をツンツンと突いてみると「クマー、丸ごと、食べたい……」と、普通の人間では一生口にしないような寝言が返って来る。
「……一体どんな夢を見ているのやら」
意味不明な寝言に苦笑しつつ、暇つぶしの本を開いた、その時である。
――ズンズンズン、と規則正しい足音が、こちらに向かってくるのが判った。
(……ん? 治安局……?)
白をベースにして、黒の刺繍と金のワンポイントの目立つローブコート。
それこそがアレクアテナ大陸最大の警察組織『治安局』の証である。
どうやら先程停車した駅で、治安局員達が大所帯で乗り込んできたのだろう。
そこまでは別にいい。
問題は、その集団がウェイルを取り囲むようにして並んだことだ。
「……おい、一体これはなんなんだ……?」
治安局に囲まれるようなことをした覚えはない。
取り囲まれた以上、ウェイルが警戒を強めていると。
「うおおおおぉ!! やっぱりウェイルさんじゃないですかーーーー!! ラッキー!!」
聞き覚えのあるアホな声が、遠慮なく乗客席に響き渡る。
その声を聞いただけで軽く頭痛がしてくるのは、おそらく気のせいではない。
しかしながら、ウェイルの座る席からは、その声の主は見えない。
「ちょっと、おい、てめーら! 私の可愛い姿がウェイルさんに見えないだろ!? どけどけどけ!!」
偉そうで乱暴な言葉遣いの声の主は、必死な形相で屈強な男達をかき分けてくる。
ようやく男達から抜け出たかと思えば。
「夢にまで見た生ウェイルさんだあああああ!! うひょおおおおお!!」
まるで水にでも飛び込むかのように、ウェイルに向かってダイブしてきた。
無論そんな人間ミサイルを受け止める理由もなく、ウェイルはそれを避ける。
「ふぎゃ!?」
潰れたカエルのような声をあげながら、それは窓に激突した。
幸い窓は閉めていたので外に放り出されることはなかったが、大胆に顔面を打ち、ガラスに映った自分の顔とキスをする羽目になってしまった(ついでにガラスにひびも入った)。
「ぐえぇぇ……!! ど、どうして避けるんですか、ウェイルさん!!」
「いや、普通は避けるだろうよ。誰だって自ら怪我を負う真似はしたくないだろ」
打ちつけた顔面を真っ赤にさせて、ウガーっと牙を剝くこの少女(実際には24歳)の名は、ステイリィ・ルーガルという。
教会都市サスデルセルに勤務していたはずの女性治安局員であり、ウェイルとは昔からの顔なじみだ。
「うわ、鼻血出てる!? 美少女が台無し!?」
「お前は普段の行動だけで全部台無しだよ」
「か、紙をくれ!」
部下から紙をもらい鼻に詰める。
黙っていれば美人なのに、全てが台無しな光景だ。
「それでお前はどうしてこんなところにいるんだ? まさかサボりか?」
「どうしてこんなところにって、そりゃお仕事ですよ。お・し・ご・と!!」
「お前が仕事? 何の冗談だ?」
「私だって普通に仕事くらいしますよ! ウェイルさんは普段私のことを何だと思ってるんですか!? ちょっと私のこと勘違いしてませんか!?」
「一体お前は何なんだよ?」
「フフフフ、それはモチロン! 貴方のオ・ヨ・メ・サ・ン、です!!」
「どっか行け」
「あわわわわ! そんなご無体な!」
「それで何の仕事なんだよ?」
「それはですね!! なんと! ヒ・ミ・ツ、です!!」
「どっか行け」
「あわわわわ! そんなご無体な!!」
ウェイルはステイリィの首根っこを掴んで窓を開けた。
「えええ!? 外に投げる気!? ま、待ってください、ウェイルさん! 判りました! 話します! 全部話しますから! だから投げないで! 捨てないで! 結婚して!」
「最後のは断る」
「捨てないでいてもらえた! これは快挙だ!! お前ら、喜べ!」
「「「ウオオオオオッ!! 上官、やりましたね!! 一歩前進です!!」」」
「やったやった! これで嫁になる日も間近!」
「「「結婚式には呼んでくださいねーー!!」」」
「……治安局にはアホしかいないのか」
首根っこを掴まれている上官に対し、喜々として万歳三唱する部下達を見ると「治安局、これで大丈夫なのか?」と思わずにはいられない。溜息も止まらない。
結局、騒ぎ過ぎたせいで車掌から怒鳴られた局員一同は、肩身の狭い思いをすることになったのだった。
――●○●○●○――
「さて、そろそろ教えてもらおうか」
「うう……、怒られちゃいました。私悪くないのに……」
「むしろお前が一番悪いだろうに」
「そんな! 未来の嫁に向かってなんて冷たい態度!! 心臓まで凍っているんじゃない!?」
「どっか行け」
「あわわわわ! そんなご無体な!!!」
いい加減しびれを切らしたウェイルは、無言でステイリィの首根っこを掴み窓を開けた。
「また外に捨てる気!? ウェイルさん! ほんの冗談じゃないですか! ウェイルさんの心臓は凍ってはいません! 私好みの暖かい心臓です!」
「心臓に好みなんてあるのかよ……」
「摘み出そうとしないで! 今度こそ本当に話しますから!!」
「さっさと話せ。次はない」
「わ、判りましたよ……。おい、お前ら、この周辺に誰も近づかないように入れないようにバリケードになっててくれ」
「「「オッス!! 承知しました!! ステイリィ上官!!」」」
ステイリィは部下に指示を与えると、彼らは今までアホだったのが嘘のように、迅速に周辺を陣取って警備を固めた。
「ちょっと大袈裟すぎないか?」
「これはかなーり内密な話ですからね。周りに聞かれると少々困る話なんで」
ステイリィは今の今までとは打って変わって真剣な面持ちになり、ゆっくりと語り始めた。
「――実はですね。最近、『王都ヴェクトルビア』で様々な殺人事件が、連続して発生しているんですよ」
「……殺人事件だと? そういえば新聞で少し読んだな……」
これから赴く都市だというのに、やけに物騒な話が飛び出してきた。
新聞の記事にもなっていて、多少気にはなっていたが、犯人も捕まっているし大した問題ではないと思っていた。
「それもですね。これまで起こった全ての殺人事件は、繋がっている可能性があるんです」
「繋がっている? つまり連続殺人事件だと言いたいのか?」
「ええ。これはあくまで私の考えなんですけどね。捜査を進めていくうちに、そうとしか思えなくなっちゃって」
「俺が新聞で読んだのは、確かに王宮の兵士が犯市民を殺したってやつだったな。この兵士は逮捕されたと聞いているが、それで解決じゃないのか?」
「普通ならそうなんですけどね」
「それに犯人を取り調べれば、もし一連の事件に繋がりがあるなら、何かしら見えてくるんじゃないのか?」
「それはまあそうなんですけどね。確かにこの事件については犯人が捕まっているのですが、少々厄介な事にもなっていまして……」
ウェイルの指摘にステイリィの言葉が詰まる。
ステイリィの話には要領を得ないことが多く、これでは理解しがたい。
「ええっと、とにかくこの資料を見ていただけませんか? 実はプロ鑑定士さんの意見を是非とも聞きたいと思っていたところなんです。どうぞご覧ください」
ステイリィは、鞄からおもむろに資料を取り出すと、ウェイルに手渡してきた。
「……これは……!!」
一通り目を通し、愕然とする。
その資料に記載された事件の内容は、あまりにも残酷な現実だった。
ステイリィは淡々と説明をし始めた。




