お別れの時
「しかし、この方法は……」
「……うん」
意味深に顔を見合わせるウェイルとテメレイア。
「どんな方法だったの!?」
二人の様子を見て、ひとり事情を知るイルアリルマ以外に、不安が広がった。
「レイア、どうだったのじゃ!? 早く答えるのじゃ!!」
「ミル……」
「もう時間はない。はよう言え!」
ミルが急かし、皆がテメレイアの言葉を待つ。
テメレイアは、もう一度ウェイルと顔を見合わせる。
ウェイルが頷いたのを見て、意を決し口を開いた。
「フェルタクス内部の魔力回路に、魔力増幅装置がついている。その装置によって、注ぎ込まれた魔力を極限まで増幅し、外に放つんだ」
「神器は、基本的に魔力回路を内蔵している。普通の神器ならば、魔力伝導率の高いガラスを使って回路が作られているから、人間でも多少の制御が可能だ。だけどフェルタクスの回路は、そんな簡単な代物じゃない」
「今フェルタクスは、集めた魔力を増幅装置内に封じている状態なのさ。その限界もいよいよ近い。いずれ増幅された魔力は、この砲身から打ち出され、アレクアテナ大陸を滅亡させるだろう。放たれる魔力を打ち消そうにも、それほどの強力な魔力は、例えミル達が全力で相殺しようとしても歯が立たないだろう。だからもう、方法はこれしかないんだけど……でも……」
「なんじゃ、レイア。歯切れが悪いぞ! 簡潔に言え!」
ミルは我慢できずにテメレイアにしがみつく。
だがテメレイアは目を閉じ、首を横に振った。
「レイア!」
「後は俺が言う」
「ウェイル!?」
この先をテメレイアに言わせるのは酷というものだ。
だから、核心部分は自分が言うと、ウェイルを決断した。
「フェルタクスの魔力回路を、内部から制御するしかない。内側から魔力回路を操作して、魔力を吐きださせずにフェルタクス内で無限に循環させるんだ。それしか手はない。そしてそうするためには――」
ウェイルはフレスの方を振り向いて、そして告げる。
「――フレスやサラー、ミルにニーズヘッグ。膨大な魔力を制御できるお前達に入ってもらうしかない。龍は神器回路に触ることが出来るし、組み替えることもできるだろ。フェルタクスの魔力が自然に霧散するまで、内部で封印に近い形で入ってもらうしかないんだ……!!」
それはつまり、龍にフェルタクス内に入ってもらい、魔力が収まるまで制御し続けてもらうということだ。
フェルタクスの魔力は膨大だ。
魔力が収まるには何年――いや何十年掛かるか判らない。
それは龍達にとって、この世界からの決別――大切なパートナー達との別れということ。
だからテメレイアは、言葉を続けることが出来なかった。
それを聞いて、この場にいる皆も絶句している。
――皆が沈黙して1分が過ぎた。
残り時間は、もう僅かだった。
重い沈黙の中、初めに静寂を破ったのはフレスだった。
「ボク、やるよ」
「フレス……!」
「ウェイル、それしか方法はないんでしょ? ならやるべきだよ」
「だが、いいのか!? 一度フェルタクス内に入ってしまえば、もう皆と――俺とだって会えなくなってしまうかも知れないんだぞ!?」
「……うん、それは本当に辛いよ。……でもさ」
くるっとフレスは翻り、ウェイルの方へ向き直った。
「でも、アレクアテナ大陸の皆が、アムステリアさんが、ギルパーニャが、リルさんやシュラディンおじさん、そして何より大切なウェイルが死んじゃう方がもっと嫌だから! だからボクはやる!」
「フレス……!!」
さっきフレスベルグを失ったばかりだというのに、今度はフレスまで失うのか。
その事実がもどかしくて、悔しくて堪らない。
そんなウェイルに、フレスが優しく抱きついた。
「絶対に戻ってくるよ。だってボクは、ウェイルの弟子なんだから。もっとこの世界を鑑定士として旅したいもん。それにさ」
「……それに……?」
「まだ『くまのまるやき』食べてないもんね! だからさ、ボクが戻った時、ちゃんと用意していてよ? 『くまのまるやき』!」
「……ああ……!! 任せておけ。絶対に用意してやるからな……!!」
「わらわもやるのじゃ」
「ミル!?」
「レイア。フレスの言う通りなのじゃ。わらわもテメレイアを失うのは絶対に嫌なのじゃ」
「嫌だよ! ミル! 折角自由になれたのに! 折角仲良くなれたのに! もうお別れなんて、僕は絶対に嫌だ!!」
「レイア、らしくないぞ? レイアはもっと冷静に状況を考える性格じゃろうに」
感情のダムが崩れ去って、テメレイアが泣きじゃくり、ミルに抱きついた。
羞恥心なんて捨て去って、号泣だった。
「嫌だよ! 絶対に嫌だよ! ミル、行かないでよ……!!」
「レイアよ、わらわは死ぬわけじゃない。ほんのちょっと、しばしの間だけ離れるだけじゃ。な? すぐにまた会える。そうじゃろう?」
「うん……うん……、会いたい、会いたいよぉ!!」
「レイアがそう思ってくれるというだけで、わらわも耐えられる。何、すぐに戻ってくるのじゃ。一仕事終えてな」
「ミル……!!」
そんな様子を見て、サラーとイレイズは。
「やるしかないな」
「サラー……」
「おや、イレイズ。泣き喚かないのか? 珍しい」
「本当はそうしたいですよ。今君の顔を見てしまったら、多分耐えられません」
「だから顔を背けているのか。そうか、なら見るな。今まで私の顔は嫌というほど見ただろう?」
「君の顔はどれだけ見てって嫌になることはないですよ。見るたびに惚れ直していますから」
「だから、そんな恥ずかしいことを言うな!! ……だが、まあ、悪い気はしない」
そしてサラーは、顔を背けるイレイズの正面に立つ。
「こっちを向け」
「ですから貴方の顔を見たら私は泣き喚いてしまいますから――」
「そうか。お前は今、人生で一番後悔したぞ?」
「……え――?」
頬っぺたに、そっと、キスされた感覚。
「サラー……?」
「ほら、損したな?」
「う、ううう……」
「耐えていたんじゃないのか?」
「耐えられるわけ、ないじゃないですか……!!」
「なら、もう泣きじゃくってもいいからこっちを見ろ」
そして今度は、真正面から、イレイズの唇にキスをした。
「しばしの別れだ。お前とは変身するために何度か手にキスさせてやったが、唇にさせてやったの初めてだな。責任はとってもらう。だから待ってろ、必ず帰る。お前と初めて出会った時、私が言ったことを覚えてるか?」
自ら城に火を放ち、故郷と決別した時に言われた言葉。
「……はい!」
「封印を解いたお前には、私を養わなければならないという義務がある。いいな? 何年経とうが、それは変わらない」
「一生、養いますよ……!! だから、早く帰ってきてください!」
「任せておけ」
そして最後に残ったのは。
「ニーちゃん、行くんだよね」
「うん。中に入る龍は多ければ多いほど、作業は早く終わると思うの」
「そっか」
二人の間に言葉は少ない。
それでも互いに判っていた。
こうやって隣にいるだけで、それが一番心地がいいことだって。
「……フロリアのところ、戻ってきてもいい?」
「いつでもいいよ。アレス王の所にいると思うから」
「裏切らない?」
「う~ん、自信ないなぁ……。でも大丈夫。アレス様とニーちゃんだけは裏切らないって、決めているからさ! だから安心してね!」
「……うん! ……行ってくるの」
「頑張ってきてね……!!」
ニーズヘッグの後姿に手を振りながら、明るい口調で言ったのだが、最後の方は声が震えてしまっていた。
「フロリア……?」
「えぐっ、えぐっ……! ニーちゃん、頑張ってきてね! ……それで、また一緒に遊ぼうね!」
「フロリア……!!」
ニーズヘッグの瞳からも、涙が溢れて止まらない。
「うん……、また、一緒に遊ぶの……!!」




