同情の想い
「――ふわああぁぁぁ~~」
周辺の空気を全て吸ってしまいそうなほどの大きな欠伸が、乗客の少ない汽車内に響き渡った。
「むにゃむにゃ、ねむい~」
「はぁ……」
フレスのマヌケな声に、その相方であるウェイルは呆れて嘆息する。
「ふわああああああああぁぁ~~」
「大げさな欠伸だな。そんなに眠いのか?」
「だってさっきから同じ景色ばっかりで、飽きちゃったんだもん。うんざりだよ」
次の目的地まではまだかなりの距離があり、道中は似たような景色が続く。
それが退屈で仕方ないのだと、何とも理不尽な文句を垂れるフレスは、顔に風を当てるべく窓から顔を出して窓枠に顎を置いた。
ウェイルとフレスの二人は、競売都市マリアステルでの事件後、一息つく間もなく届けられた出張鑑定依頼のために、次なる都市である『王都ヴェクトルビア』へと向かっていた。
――王都ヴェクトルビア。
アレクアテナ大陸の中央に位置する、大陸最大の人口を有する巨大都市である。
また芸術の都としても『運河都市ラインレピア』並び非常に有名であり、大陸最大の美術館『ルミエール美術館』もこの王都に存在する。
大陸各地から集められた優れた美術品・芸術品、またセルクを代表とする著名な芸術家の作品を数多く展示・所蔵されている。
ウェイルに届けられた鑑定依頼もこの美術館からの依頼で、その依頼主はルミエール美術館の館長、シルグル氏であった。
「……ねぇ、ウェイル~。まだ着かないの~?」
「まだまだ先だ。そうだな、明日の朝には到着するだろうな」
「そんなに!? 遠すぎるよおおおおおお!!」
「アレクアテナ大陸は広いからな。途中停車する駅も多いし、どうしてもそれくらいになる」
「ウェイルは暇じゃないの!?」
「もう慣れたよ。汽車の旅は暇との戦いでもある。だから当然暇つぶしだって用意している」
「暇つぶし!? ウェイル、何か持ってきたの!?」
「ああ、旧ヴェクトルビア王朝時代の歴史に関する本を持ってきている。この時代の芸術品について知識を深めておきたくてな。お前も読むか?」
「うえぇ……、ボ、ボク、遠慮しておくよ……」
活字でびっしり詰まったページを見ただけでフレスはぱたりと寝ころんでしまう。
その様子を見て苦笑するウェイルであった。
「今のうちにしっかり寝ておけよ。到着したら忙しくなるからな」
「わかったよ~……。おやすみぃ……、……スヤァ……」
言うが早いかフレスは可愛い寝息を立て始めた。
「…………」
フレスの寝顔を見ながら、ウェイルはマリアステルでの事件のことを回想していた。
(……王、か)
『不完全』に属し、贋作士として活動していたイレイズ。
彼の本名はイレイズ=ルミア・クルパーカー。
違法品『ダイヤモンドヘッド』に翻弄され、今なお危険に晒されている部族都市クルパーカーの王だ。
『不完全』によって民を人質に捕られ、長い間無理やり忠誠を強いられていた。
故郷との決別、憎むべき敵への忠誠、不本意な任務の数々。
そのどれも耐え難い苦痛だったに違いない。
しかしイレイズはウェイルと出会うことで、状況と心境を一変させた。
彼は相棒である龍の少女サラーと共に『不完全』へ宣戦布告した。
自らの命を懸けて、王として民を取り戻すために。
「……あの二人、今頃どうしているんだろうな……?」
偶然同じ汽車に乗り合わせただけの間柄であったが、いつの間にか他人事には思えなくなっている。
つい同情の想いを馳せるウェイルだった。
「どうしてるんだろうね……」
ウェイルの言葉に、寝ていたはずのフレスが返事をする。
「寝ていたんじゃないのか?」
「寝たフリしてたんだよ。ちょっとウェイルの独り言が聞きたくて」
「なんと悪趣味な奴だ」
「あの二人のこと、考えていたんでしょ?」
「ああ。どうも他人事には思えなくてな」
「うん。ボクもだよ」
マリアステルの事件の中で、ウェイルとフレスは互いに過去をぶつけ合った。
悲惨な記憶、残酷な現実。
イレイズの現状は、まさしくウェイルの過去そのものと言える。
元王族であり、龍のパートナー。
同じような境遇であるが故に、イレイズの力になりたいと思ったし、フレスも同様の想いを持っていたようだった。
「……あいつら、大丈夫かな。心配だ」
「絶対大丈夫だよ! イレイズさんにはサラーだってついているんだよ! それに二人とも、とっても強かったもん! それは戦ったウェイルもよく知ってるでしょ?」
「ああ、そうだな」
あの二人は強い。
戦闘能力もさることながら、その精神力だって生半可な強さじゃない。
「二人なら大丈夫!! ボクが保証しちゃうよ!」
「そうか、なら安心だな。フレスが言うなら間違いない」
「うん!」
全く根拠のないフレスの保証であるが、自信満々に頷いたその姿を見ただけで、なんだが少しだけ心が軽くなったような気がした。




