フェルタリア王家の最後
「フレスベルグッ!!」
――ウェイルは、思わず叫ばずにはいられなかった。
その神々しく美しい姿を見て、感極まって、声が震えるほどだった。
『久しぶりだな、お師匠様』
そんなウェイルの声に応じる、優しい声。
「こ、この為に『無限地獄の風穴』を使ったんですね……!!」
三種の神器『心破剣ケルキューレ』によって、フレスの心の中で死んだ龍神フレスベルグ。
それが今、『無限地獄の風穴』の能力によって、復活を遂げていた。
「フレスの奴、よく考えたな!! 流石は俺の弟子だよ!!」
『はっは、我もフレスのことは誇り高い。折角戻してもらった命、全てをフレスの為に捧げよう。……しかしなんだ、お師匠様。フレスの心がお師匠様への愛に満ち溢れているが、いつの間にそんな仲に?』
「……今だ」
『今!? この状況でか!? ……流石はお師匠様。やることが並みの人間ではないな』
これにはフレスベルグも口があんぐりである。
「フレスベルグ、おしゃべりは後だ。今はあいつをどうにかしないと。状況は理解出来ているか?」
『無論だ。我とフレスの記憶は繋がっているからな。我としてもメルフィナには大きな借りがある。ここで返させてもらう……!!』
フレスベルグの澄んだ瞳が、ギロリとメルフィナへ向けられた。
「……フレスが龍の姿に……!? 厄介な……!!」
まさかのフレスベルグの復活に、メルフィナは目に見えて狼狽えていた。
「……だけどケルキューレの前では、所詮龍も雑魚に過ぎない!」
『フン、本当に雑魚かどうか、試してみるか?』
フレスベルグは蒼き翼に魔力を蓄えていく。
対するメルフィナも、来るべき攻撃に備えて、ケルキューレに魔力を込めた。
『――無に帰れ!!』
フレスベルグの咆哮は、絶対零度の冷気となり、メルフィナに向かって一直線に吹き荒んでいく。
「ケルキューレ! 龍の魔力程度、吹き飛ばしてしまえ!!」
先程ウェイル達に浴びせたように、メルフィナはケルキューレの魔力を光の爆発に変えて、絶対零度の冷気を打ち消すために撃ち放った。
「龍如きに負けるはずがない!!」
『愚かな……!!』
壮絶なる魔力のぶつかり合い。
堪えきれず床の石畳は割れ、周囲の空気が歪んでいく。
――そして、ついに力の均衡が崩れた。
「なっ……!? ケルキューレが押し負けている……!?」
『当たり前だ。貴様は我ら龍の力を甘く見過ぎている』
「何故だ!? 前の時はフレスだって簡単に倒せたし、そもそもお前はティアに勝てなかったじゃないか!!」
『そこがお前の勘違いしているところだ。我ら龍が少女の姿をしている時。それは魔力を封印している状態なのだ。本来の実力はこの龍の姿でなければ発揮できん。それに今、ティマイアがどうこう言っていたな。言っておくが、あいつの力は龍族の中でも最強だ。ティマイアが本気を出せば、我とてタダでは済まないだろう。だがあいつは本来の実力を出せない。お前の手にしているその剣によって、太古の昔に心を壊されていたのだからな』
――光の神龍、ティマイア。
龍達の中で、最も慈愛の心を持った龍は、その心優しさに付け込まれ、騙され、裏切られ、そして最後は心まで破壊された。
『奴は本当に不憫よ。心を壊してまで、人の愛を求め続けていたのに、奴のパートナーはいつだってお前みたいな腐った連中ばかりだ。だからあいつは弱い。本当に大切なものを知らずに生きているのだから。本当に可哀そうだと思う』
「……ティアが……可哀そう……!?」
そう言われ、またもケルキューレ側の魔力が押し負けていく。
「ティアが可哀そう……? いや、違う! ティアは僕と一緒にいて、とても楽しそうだった……!!」
メルフィナの脳裏に、ティアと過ごした短い日々がフラッシュバックされる。
初めてティアと出会った時、彼女の事は最終目的を達成するためだけの駒にしか見えなかった。
だからティアをこの剣で突き刺すことになっても、別に構わないと思っていた。
でも、今ようやく気付いたことがある。
(――ああ、僕、ティアを刺した時、後悔していたんだ)
ティアが傍にいたこの数か月は、とても楽しかった。
いつかいなくなる存在であるというのに、何故か親近感を覚えていた。
ずっと昔からパートナーであったかのような。
出会った時からずっと、そう思っていた。
「そっか。僕……」
『ケルキューレの力の源は、それこそ心の強さ。人の心を喰らい、その力を我が物としている神器だ。だがお前は心の使い方を知らない。だからケルキューレも、貴様では100%の力を引き出すことが出来なかったのだ! だからこそ、この結果だ!』
ケルキューレの魔力は、もはやフレスベルグの冷気を抑える力は残っていなかった。
『――もう、無に帰れ』
もう一段階大きくなったフレスベルグの冷気は、ケルキューレの魔力全てを飲み込んで、メルフィナにも襲い掛かる。
「僕は…………!!」
メルフィナの身体は、絶対零度の冷気によって凍り付いていく。
もうケルキューレを握ってすらいられない。
カランと手から落ちたその剣は、魔力の消失と共に輝きを失っていった。
「お前は、心を知らなさすぎた。龍の心、人の心。だがな、フェルタリア王は、最後までお前のことを信じていたはずだ」
「……お父様が……?」
「師匠から聞いたが、フェルタリア王は最後の最後まで、お前のことを信じていたって。だからこそ王は、全ての状況を知っていたにも関わらず、逃げることをしなかった。民を守るために残る、その気持ちもあっただろうが、一番はお前が自分自身の愚行に気付き、止めてくれるだろうと信じていたのではないかと、そう師匠は言っていた。……俺もそう思うよ」
「……そっか。お父様は……」
フレスベルグの氷は、メルフィナの身体全身を包み、もはや全身が真っ白になるほどだった。。
その最後の最後、震える声でメルフィナは呟いた。
「ほ、本当に、ば、馬鹿な人、だったんだな……」
その直後、メルフィナの時は止まる。
全身が凍り付き、そして。
「――フェルタリア王家の歴史は、ここに幕を下ろす」
ウェイルが氷の剣を精製し、凍りついたメルフィナを一閃すると。
メルフィナという存在は、最初からこの世に存在していなかったかのように、無に帰っていった。




