時空を貫く槍の雨
「我が槍を避けることなど出来ん!」
イドゥの手にしている槍は、リグラスラムで自分ら姉妹に襲い掛かって来た暴漢を殺した神器。
槍の先端は時空を超えて、敵をほぼゼロ距離から突き刺すことが可能な代物だ。
つまりその槍のリーチは無限。
事前の予測がなければ、避けることは出来ない。
「お前さんのことだ。避けられないなら身体で受けると考えているかも知れんが、そいつは止めておけ。理由は判るか?」
「ええ。持っているのでしょう? 私の『無限龍心』の能力を弱める神器を。その神器には何度も痛い目に遭わされたもの」
「封印系神器『星牢獄の宝球』。こいつがワシの手元にある限り、お前は普通の人間だ。槍はその身では受けられないし、避けられん。いくら問題児のお前さんでも、今回ばかりは厳しいのではないか?」
「避けられない? ええ、私だけではそうでしょうね。だけど――リル!」
「はい。私の察覚は、僅かですが時空の歪みを検知できます。テリアさん、三歩下がった後、一メートル真上に飛んでください」
イルアリルマの指示通りに身体を動かす。
するとイドゥの槍は目の前と、そして足元を通過した。
「へぇ、予想はしてたけど、一本ではないのね?」
「……一発で気づいたか」
イドゥの槍が次元を超えるのは知っているが、それにしたって現れた矛先の数がおかしい。
複数本、槍を所持していると考えるのが妥当だった。
「やはりワシの娘の中でも、お前さんは特に優秀で問題児だ。凄まじい洞察力だよ。だがその洞察力を生かすも殺すも、後ろのお嬢さん次第なようだな」
イドゥの視線がアムステリアから、後ろにいたイルアリルマの方へ向く。
イルアリルマの周囲の時空が歪む。
それを察知し、イルアリルマは軽い身のこなしで避けながら、イドゥの方へ迫った。
「お久しぶりですね。もっとも貴方は私のことを覚えているかは判りませんが」
「……申し訳ないが、記憶にない。どこかで出会ったかな?」
「貴方がルシカに視力を与えた時のことを覚えていますか? その時、逆に視力を奪われたのが私です」
「……おお、そう言えばハーフエルフの少女を利用したな。思い出した。なるほど、あの時の少女か」
「思い出していただけましたか?」
「その少女がどうしてここまで来たのか。視力を奪われたことへの復讐か?」
「いいえ、視力については別にいいんです。私は視覚と触覚、この二つを失くしたことで、逆に多くのことを知り、また経験しました。そのおかげでプロの鑑定士さんにもなれちゃいましたし」
「ならば何用だ?」
「二つです」
指を二本立てて、ニッコリと微笑んだ。
「一つはルシカのこと。私の大切な親友の人生を狂わせたこと。もしかしたら貴方と出会えたことで、ルシカは幸せだったのかも知れません。ですけど貴方と出会わなければ、ルシカはもっと幸せになれたかも知れません。少なくとも最後は親友の手で、ということは無かったと思います」
「……二つ目は?」
「二つ目は、私の母のことです。と言っても、これは貴方一人のせいではありませんけど。私の母は『不完全』に裏切られ、奴隷として売られました。買った男に抱かれ、結果生まれたのが私です。私は母のことが嫌いでしたけど、それでも母に苦しい思いをさせた者を許すことは出来ません。『不完全』の罪を貴方だけに被ってもらうのは酷な話かもしれませんが、その『不完全』を潰したのも貴方でしょう? ですから貴方を倒すことで仇討ちとさせて下さい」
「……よかろう。是非そうしなさい」
「感謝します」
ぺこりとイルアリルマは頭を下げ、頭を上げた瞬間、すぐさま横へステップを踏む。
イドゥの槍は、リーチも方向も無限だ。様々な空間から連続して現れた。
どこから、どの角度で現れるか、それを察するイルアリルマの指示で、アムステリアは槍を避け続けた。
「ほう、やるのう。実は槍を四本使っていたのだ。ワシはこの槍を、全部で十本持っていてな。一本はさっきフロリアに折られてしまったが、残り五本まで追加して使用できる。九本の槍を全て避けるには、当然そこのハーフエルフの指示が必須だろうが、果たして指示が間に合うかな?」
時空と空気を斬り現れる槍は、現時点で四本。
これが後五本追加となれば、攻撃の手数は今の倍以上だ。
到底避けることも、ましてや全てに指示を出すことも不可能だ。
だが、その事実が目に前にあったとしても、アムステリアとイルアリルマの表情に陰りはない。
むしろ上等だと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「『裂け目隠れの聖槍』! 九本全てだ!! 奴らを串刺しにしろ!!」
ビュンビュンと飛び交う槍の数が倍以上に。
もはやその様子は、四方八方から集中砲火を受けているようだった。
――だが、しかし。
「……当たっておらん……!? どういうことだ!?」
当たっていない。それどころか掠りもしていない。
一撃必殺の槍が飛び交う集中砲火の中、二人は一滴の血も流すことなく、ゆっくりとイドゥに近づいてくる。
「な……何故だ!?」
目の前に迫った二人に、イドゥが狼狽え、一瞬だが槍の雨に隙が出来る。
「今です! テリアさん!!」
「うらああああああああああああああああああああ!!」
――ズンッ……!!
鈍い音がイドゥの身体から響いた。




