復活のアイリーン
今、フェルタクスの再起動に必要なものが、全て出揃った。
三種の神器とカラーコイン、そして龍。
全てに呼応するかのように、フェルタクスが震えだす。
二十年前のあの日。
フェルタリアが全ての音を失ったあの日の再現が――あの時より完璧な形で、ついに始まろうとしていた。
「さあ、起動しようか! ま、龍が一体くらい足りなくても、後から送ってやれば問題ないよね! ついにケルキューレを鍵として使う時が来たね!」
メルフィナはケルキューレを、タクトのように振り始めた。
するとニーズヘッグとミルの身体は、淡い魔力に包まれて宙に浮かび、サラー達の隣に張り付けられる。
フェルタクスと繋がりを求めるように、ケルキューレからは光が発せられ、その光はフェルタクスへと集まっていく。
「君達の怒りや悲しみ。それらは全て無に帰す。このフェルタクスの神聖なる演奏が、このアレクアテナ大陸を終焉へと向かわせてくれるだろうから!」
ゴオオォォンと、音が鳴り響く。
鍵たるケルキューレが、フェルタクスを起動させたのだ。
またメルフィナがケルキューレと一緒に取り出していたのは。
「――『無限地獄の風穴』……!? 何に使う気だ!?」
またゾンビを操ってくるかも知れない。
そう考え、ウェイルは剣を構えて身構えた。
だがメルフィナは想定外の行動に出た。
『無限地獄の風穴』を、フェルタクスの方へと向けて、そして叫んだのだ。
「さあ、最高の演奏会を始めよう! 舞台上にご注目! 演奏者は僕のお嫁さん! 二十年前の、時の狭間に閉じ込められたあの日から、今こそ目を覚ましてよ! そして僕に再び微笑んで! アイリーンお姉ちゃん!!」
「――僕に再び微笑んで! アイリーンお姉ちゃん!!」
――うごおごおおごおおおおおおおお……ッ!!
メルフィナの言葉で『無限地獄の風穴』はぶるぶると振動し、呻き声のような音を発し始めた。
漆黒の闇の霧が発生し、異臭をまき散らしていく。
「アイリーン……!?」
その名前を聞いた瞬間、フレスの脳裏にバチンと電流が走った。
「アイリーン……!! もしかして、その名前って……!!」
フレスにとって、全ての元凶であるその名前。
全身の血液が凍り付いていくような感覚だった。
「――おはよう、アイリーンお姉ちゃん!」
メルフィナがそう呟いた瞬間、『無限地獄の風穴』の振動は止み、そしてフェルタクス自身も、自ら輝くのを止めた。
一気に静寂がこの場を支配する。
そして次に響き渡った音は、ピアノの音だった。
たった一つの単音ではあるが、その音はこの場にいる全員を戦慄させる禍々しさを放っていた。
「……める……ふぃな……?」
ピアノの音から少し遅れて、若い女性の擦れた声がする。
「…………っ!!」
その声は、フレスにとって脳にこびりついたトラウマの声。
あの時の光景がフラッシュバックするかのようだった。
「そこにいるの……? メルフィナ……?」
「うん、いるよ、アイリーンお姉ちゃん! どうやらお姉ちゃんを生き返らせるのは成功したみたいだね」
アイリーンとメルフィナの会話を、茫然と見ていただけのフレス。
しかし次の瞬間、フレスは大きく咆哮した。
「――あ、あ、……アイリーンッッ!!」
フレスは怒り、翼を広げて、冷気を放出し始める。
「ふ、フレス……?」
ウェイル達は、突然のフレスの咆哮に驚き、何が起こったのか確認するためフレスの視線を追った。
フレスが真っ赤になって睨みつけてるのは、謎の若い女性。
「フレス、あいつは一体誰なんだ……!?」
「あいつは! あいつは……!!」
いつものフレスの様子じゃない。
落ち着けと言ったところで、全くの無意味だと判るほどに。
「あいつは! あいつは!! ライラを! ライラを殺した、張本人なんだ!!」
「ライラを……!?」
フレスの大親友であったライラという少女。
二十年前のフェルタリアでフレスと出会った、天才ピアノ少女だ。
フレスが今までニーズヘッグと『不完全』を憎んでいた理由。
それがライラの死であり、仇を討つと心に誓っていた。
「だがフレス、それは二十年前の話だろう!? あの娘はどう見てもまだ二十歳以下にしか見えないぞ!」
「……さしずめ『無限地獄の風穴』で復活させたということだろうさ」
「……なるほど……!!」
怒りで周りの見えなくなったフレスの代わりに、テメレイアが補足した。
死者をこの世に呼び戻す、史上最凶ともいえる神器『無限地獄の風穴』。
フレスの生きる理由すらも歪めた張本人が、この神器によって、今ここに蘇ったのだ。
「メルフィナ? もしかして貴方、メルフィナなの? どうしてそんなに大きくなっているの?」
「実はね、この手でお姉ちゃんを愛するために、神器を使って身体を大きくしたんだ!」
「それは本当なの!? 嬉しい! 小さかった貴方も可愛かったけど、大きくなった貴方もとっても素敵! 愛しているわ、メルフィナ!」
「あはは、ありがと。それでね、お姉ちゃん、早速で悪いんだけど、演奏の続きをお願いできるかな?」
「続き? ……ああ、そうですわね。そういえば演奏を始めたところからの記憶がありません。……メルフィナ、いいかしら?」
「うん、お願い!」
「演奏が終わったら、イイコトしましょうね?」
「え、えっと、う、うん、いいよ?」
アイリーンは、二十年前にそうしたように、ゆっくりと鍵盤を叩き始める。
フェルタクスによって肉体を時間から剥離されていたアイリーンの身体は、当時のままである。
ピアノ演奏の才能だって、当時となんら変わりはない。
「この曲の全てが演奏し終わった時、このアレクアテナ大陸は異世界と融合する! 一体どんな世界になっているか、今から楽しみで堪らないね! お姉ちゃん、演奏、よろしく!」
「始めますわよ!」
そしてアイリーンの卓絶した演奏技術で、神の曲が始まった。




