氷の剣と聖なる剣
フロリアの援護のおかげで、ウェイル、テメレイア、シュラディンの三人は、ついにフェルタリア王の書斎に辿り着いていた。
灯りはないので書斎はとても薄暗い。
当然掃除はされていないので、埃と蜘蛛の巣にまみれていた。
息を殺しながら、先行くシュラディンの後を追うウェイル。
書斎内を歩き始めて一分も掛からない内に、シュラディンが立ち止った。
「ここの本棚だ。確かこの本の奥にスイッチが……」
上から三段目の棚にある、辞書の様に分厚い本の奥。
そこに隠し扉を開くスイッチが仕掛けられているという。
シュラディンは目的の本を本棚から抜き、そこに出来た隙間に手を突っ込んだ。
「よし。変わっていない。レバーがある」
レバーをぐいっと引っ張ると、本棚はズズズと音を立てて横にスライドしていく。
こうして出てきたのは石畳の廊下と、奥には扉。
「この奥だ。この奥に三種の神器である『フェルタクス』がある」
「……つまりそこにメルフィナもいるということだな」
「そういうことになるな」
「シュラディン殿? この扉は勝手に閉まるのかい?」
「いや、奥の廊下側にあるスイッチを押さねばならん」
「ならこのままにしておこう。もしからしたら後からフレスちゃんやミルも来るかも知れないからね」
「……そうだな。むしろ来てくれないと困る」
フレスとミルには、無事にティアを倒して追いついてきて欲しい。
光の龍が相手だ。そう容易な事ではないだろうが、そう願わずにはいられない。
「この老いぼれの案内はここまでだ。後は頼むぞ、二人とも」
シュラディンは二人を見据え、そして肩に手を置いた。
「二十年前、ワシはこの場所でフェルタリアの最後を悟った。そして今、またワシはこの場所に立っておる。今度はあの時とは違う。今は何一つ悟ることはない。ただ二人のことを信じている。ウェイル、お前はワシにとって希望だ」
今、目の前で優しくウェイルに語りかけているのは、鑑定士としての師匠シュラディンではない。
フェルタリアのことを心から想う、恩人の姿だ。
フェルタリア王、そしてセルクの意思を継ぐ者として、ウェイルは深く頷き、そしてシュラディンの肩を叩き返した。
「俺に全て任せてくれ、師匠――いや、シュラディン。貴方に教わったことを全てをメルフィナに教えてやるから」
「行こう、ウェイル。僕も命を賭けて君をサポートする。君がミルを助けてくれた、あの時の様にね」
改めてテメレイアとも拳をコツンとぶつけ合い、そして奥の扉を開けた。
――●○●○●○――
視界に広がる、眩いばかりの光。
思わず目を塞ぎたくなるほど、強い光だった。
部屋に入ったと同時に、三人は隠し部屋の広大さと光に歓迎されていた。
「いらっしゃい。やっぱり来ちゃったね、僕の影武者君と、『アテナ』の操縦者さん?」
「わざわざ来てやったよ、本物の王子様」
「へぇ、僕のことをフェルタリアの王子様に知ってもらっているとはね。実に光栄さ」
光の中から現れた、不気味な仮面をつけた男。
フェルタリア王家、正統後継者――メルフィナ。
その名は、旧フェルタリア語で『光』の意味を持つ。
「やだなぁ、僕は王子様という位を捨てたんだよ? だから王子様の座はウェイル、君に譲るよ。どうかな? 影武者の君が、本物の王子様になれた気分は? いい気分でしょ?」
「全くそんな気分にはなれないな。今更王子様なんて似合わないし興味もない。俺は王子ではなく鑑定士だからな」
「謙虚だねぇ? 本物から直接譲ってもらったというのにさ」
「要らないものを押し付けられても、ありがた迷惑なだけだ。しかし、そうだな。ここで本物をぶっ倒せば、少しはいい気分になれるかも知れないな」
「アハハ! さっすがウェイル! 言うことだけはいつも偉そうだねぇ! 影の癖にさぁ!」
「影だからこそだよ」
光と影――メルフィナとウェイル。
互いに軽口を飛ばし合っているが、二人の周囲に逆巻く魔力量は尋常ではない。
「メルフィナといったかな、話の途中に失礼するよ。この光を放つ物体、こいつが三種の神器『フェルタクス』で間違いないのかな?」
確認にと、テメレイアが二人に割り込む。
「どうなのかな? 答えてくれたら嬉しいんだけど?」
余裕そうに言っているが、緊張からかテメレイアの額には汗が浮んでいる。
そんなテメレイアの様子がおかしかったのか、メルフィナはクスッと笑って答えた。
「ああ、そうさ! これが三種の神器の一つ『異次元反響砲フェルタクス』! 見た目はあまり大砲っぽくないでしょ?」
確かにメルフィナの言う通り、武器という印象はない。
どちらかと言えば、備わっている金属管や魔力回路の形状を見るに、よく教会に備わっている巨大なパイプオルガンに見える。
「ピアノやオルガンみたいでしょ!? 実際コントロールはピアノ鍵盤を叩きながら行うんだ。演奏を始めたら形状がどんどん変わっていくんだ! 面白いでしょ?」
「フェルタクスが光っているということは、魔力が十分に供給されているということかな?」
「あ、そう見える? でもこれが違うんだなぁ。フェルタクスって、普通の神器と違って、それこそ膨大な魔力が必要でね。君が持っている『アテナ』を全力で駆使しても足りるかどうか判らないんだよね。だからこそ二十年前は失敗しちゃったわけで。そこのところはシュラディン、君は良く知っているよね?」
「お久しゅうございますな、メルフィナ殿。よもや生きて再会できるとは思いもしませんでしたぞ」
「こっちだって、まさか君が生きているなんて思いもしなかったけどね。二十年前は世話になったよね。何せ君がカラーコインを盗み出してくれたおかげで、全てが失敗に終わったのだからね」
「言葉を誤るな。盗んだのではなく、フェルタリア王から託されたのだ。貴様の暴走を止めるため、そしてアレクアテナ大陸を守るためにな」
「お父様ってば余計なことばかりして。酷い親だねぇ」
「陛下もさぞ辛かったであろうな。貴様のようなうつけ者がせがれで」
「親も子も、互いのことを選べないからね。仕方ないね。でも結局カラーコインはこうして戻ってきた。まさか我が父が全てを懸けて守ったウェイル、君が集めてきてくれるとは、これも何かの因果だねぇ!」
「集めたのは俺じゃない。俺は依頼されただけだからな。そして俺は依頼品を取り戻さねばならない義務を背負っている。プロ鑑定士としてな。取り戻させてもらうぞ」
「まだダメだね。もうすでにフェルタクスにセットしてあるし、準備の最終段階がまだなんだ」
「関係ないな。壊してでも返してもらう」
「させない。まあ君には出来ないと思うけど」
ウェイルが右手に『氷龍王の牙』を持ち、魔力を注入していく。
すぐさま剣は氷を纏い、ウェイルの腕ごとツララのような透き通る剣となった。
対するメルフィナもウェイルと同じように剣を抜く。
メルフィナの持つ剣は、そんじゃそこらの名刀や神器とは格の違う剣。
白く煌めくその剣は、三種の神器『心破剣ケルキューレ』。
その刃に貫かれた者は、命と共に心を切り裂かれる。
――氷の剣と聖なる剣。
異なる二対の剣が、互いの敵に向かい合った。




