親友の死の証拠
力なく座り込んだフロリアに対して、魔獣『龍殺し』達は、一斉に爪を振り下ろした。
――その刹那。
「――案外いいところあるじゃない? 見直したわ」
やけに優しい口調の声が、フロリアの鼓膜に響く。
それと同時に、周囲から殺意が消え去る。龍殺しの気配が消えてなくなったのだ。
「――え、どうして……?」
「どうしてって、そりゃ私が来たからね。もう大丈夫よ」
そのセリフの直後、壁に何かが叩きつけられた音。
見ると黒い血をぶちまけて、龍殺しが壁にめり込んでいた。
周囲を囲んでいた龍殺し達は、新たに現れた脅威に対抗するため、フロリアから離れていたのだ。
「ルミナステリアのお姉ちゃん!?」
「アムステリアと呼びなさい」
龍殺し達が、フロリアの抹殺命令を無視してまで脅威として取り囲んだのは、アムステリアであった。
仲間が無残な姿となった。龍殺しにとって、その事実は何よりも怖ろしい脅威としてインプットされたのだ。
「こいつの相手は私が引き受けてあげる。イレイズ、そこのメイドと龍を、さっさと安全な場所まで運びなさい」
「……やれやれ、人使いの荒い人です……。それにこの女は、以前私の命を狙っていた奴ですよ。助ける義理はありませんけどね」
「え!? クルパーカーの王子様!?」
「イレイズです。ホント、どうして私がこんなやつを……」
「いいから、さっさと運びなさい。蹴られたくはないでしょう?」
「トホホ、心底怖いお人ですよ」
グチグチ文句を言いつつも、イレイズは負傷したフロリアと、うずくまったニーズヘッグを抱えて走り出す。
ある程度離れた場所まで移動したイレイズは、二人を乱雑に降ろした。
「貴方達はそこで待っていなさい。死にたくなければね」
この二人の顔も見たくない。そうイレイズは態度で示していた。
勿論、彼の気持ちは痛いほど判るし、そうされて当然なことをした。
クルパーカー戦争での確執は、今後も消えることはないだろう。
それでもイレイズは自分達を助けてくれた。
そのことに感謝の気持ちを覚えないほど腐ってはいないと、フロリアは自負している。
「え、えっと……、あ、ありがとうございます」
「……御礼ならアムステリアさんとウェイルさんに。二人に恩があるからしたまでのことです」
「……うん」
それだけ答えると、イレイズはアムステリアの助太刀に戻っていった。
「ニーちゃん、大丈夫……?」
ニーズヘッグを抱き起して、様子を窺う。
「だ、大丈夫なの……。あいつらから離れたおかげで、少し力が戻ってきたの……」
ピクピクと指先を動かすニーズヘッグ。
徐々にではあるが、力が戻ってきているようだ。
「お二人さん、危なかったねぇ」
「誰!?」
「私、ギルパーニャ。ウェイルにぃの妹弟子で、一応プロ鑑定士」
「私もいますよ」
フロリアとニーズヘッグの様子を見に来たのは、ギルパーニャとイルアリルマである。
「へぇ、フロリアさんってこんな可愛らしい顔をしていたんですね。行動は外道でしたのに」
「……あれ? 目が見えてるの?」
「……はい」
「……なるほど、ルシカを倒したんだね」
イルアリルマに視力が戻ったということは、その視力を奪っていたルシカが消えたということだ。
「……その手袋も」
そしてギルパーニャの腕にも、見覚えのある神器がある。
それはスメラギが、いつも肌身離さず身に着けていた神器だ。
「……そっか。裏切っておいて今更こんなこと言うのもなんだけどさ。……寂しくなったなぁ……」
――ルシカに、スメラギ。
『不完全』時代から、特に仲の良かった二人。
覚悟はしていたとはいえ、実際に友人達がこの世を去った証拠を見せつけられたのだ。そのショックは想像以上のものだった。
この様子だと、アノエもダンケルクも同様だろう。
「……でも、これで良かったんだよね」
――誰に声を掛けたわけでもない、フロリアのその言葉に。
「……良かったの。これで」
ニーズヘッグだけが反応し、フロリアを抱きしめていた。
「ニーちゃん、力はどう? 戻った?」
「……うん。戻ったの。もう大丈夫なの」
少々ふらついてはいるが、ニーズヘッグは立ち上がれるほどに回復した。
「後はルミナスの姉ちゃんが、龍殺しを倒してくれさえすれば……!!」
一同、固唾を呑んで、アムステリアとイレイズの戦闘を見守った。




