ティアの慟哭
「うぐぐ……痛い……!! 棘が突き刺さってる……!! フレスもミルも、どうしてティアをこんなにいじめるの……!!」
ティアの金色の瞳から涙が溢れている。
「わらわだって、しとうてしているわけじゃない! 貴様がその槍を下げ、素直にフレスの話を聞いていれば、こんなことにはなってなかったのじゃ!」
「知らないよぉ! だってティア、ずっとつまんなかったんだよ!? 一人閉じ込められててさ! そこへメルフィナ達が来てくれたんだ! もっと楽しい事をしようって! ティア、とっても楽しかったんだよ!」
ティアの境遇を二人は知らないが、彼女が流した涙と、彼女にとってのメルフィナがどういう存在かは、何となくだが理解できた。
ティアは心が壊れたその時から、周囲から白い目を向けられて、一歩引かれる存在となっていた。
ティアの内心は、誰にも判らない。
でも寂しかったというのは本当なのだろう。
「ティアは封印から解かれても、世界は全然楽しくなかった! ずっと隔離されて、ひとりぼっちだった! そんな時メルフィナやイドゥが来てくれたんだ! ティア、本当に嬉しかったんだよ!! だからティアは、メルフィナのやりたいことを叶えてあげたい! それだけなんだよ!! フレスとミルと、そしてティアの何が違うの!? サラーだって、ニーちゃんだって! ティアだってみんなみたいに楽しくやってもいいじゃない!! どうしてティアだけこんなことされなきゃいけないの!?」
「「…………」」
ティアの慟哭に、二人は静かに耳を傾けていた。
そして一つ、フレスとミルにあって、ティアにはなかった、たった一つの事に気がついた。
「……ティア、君はパートナーに恵まれなかった。心から信頼できるパートナーに出会えなかったんだよ。ボク達の違いは、ここだけなんだと思う」
「わらわにはレイア、フレスにはウェイル。心から信頼できるパートナーに出会えたおかげで、わらわ達は変わることが出来た。少なくとも、ティアがやっていることを楽しいとは思えないくらいにな」
そう考えれば悲しいことだ。
だってフレスにしてもミルにしても、一歩間違ってティアと同じ立場や境遇となった場合、ティアと同じ事をしている可能性は大いにあった。
フレスも、ライラやウェイルと出会わなければ、ミルなんてテメレイアがいなければ、今も人間を恨んでいただろうし、このアレクアテナ大陸を滅ぼそうとする連中に手を貸していたかも知れない。
「ティア、もう止めよう。『神除き』を引っ込めて」
「…………」
フレスが優しくそう語ると、ティアはうなだれ無言になった。
ティアは説得に応じてくれたのかも知れない。
そう二人が微かに期待した、次の瞬間である。
「……そんな目で見ないで……!!」
「……ティア……!?」
「そんな目で見ないで!! そんな同情するような目でティアを見ないでよ!!」
「べ、別にボク達はそんな風に君を見たわけじゃ――」
「見るなあああああああああああああああああああああッッ!!!!」
一瞬魔力が弱まっていた『神除き』が、再び輝きを増していく。
すでに膨大な魔力が費やされている。あれが発動可能になるのは、もうそう遠くない未来のはずだ。
「フレス! こうなったらやるしかない!! ティアの奴、身体は動けない癖に魔力だけは異常に放出しておる! わらわが気を抜けば、あの植物たちは一気に焼け飛んでしまう! そうなる前にやってしまえ!!」
「…………うん。判った……!!」
もうティアに言葉は届かないだろう。
ならばフレス達に出来ることをするだけだ。
「ミル、ちょっと飛んでいて!!」
フレスの指示でミルが飛翔すると同時に、フレスはスッと右手を上げる。
「…………全部、凍り付かせてあげる……!! 演目は『氷河期』だよ!!」
そしてフレスは、とある曲を口ずさみ始めた。
記憶の奥底に眠っていた、あの日のライラのピアノ曲。
その曲に乗って、フレスは踊る。
フレスが足を着いたところは全て凍り付いていた。
床を凍らせ、その上を滑りながら、フレスは踊り続ける。
周囲の空気が、一気に冷たくなっていくのをミルは感じた。
フレスは、スイスイとティアを捕えた巨大植物の周囲を、クルクルと回りながら滑っていく。
次第にフレスの囲んだ付近では、絶対零度の冷気が集まっていった。
冷気は壁と床と植物をティアごと包み、そして完全に凍らせた。
「すごいのじゃ……!!」
すっと飛んでいたミルが降りてくる。
目の前に完成した巨大な氷のオブジェに、ミルも感嘆の声を上げていた
「ティアも凍り付いたのか……?」
「そうだと良かったんだけどね。でも、そうもいかないみたい」
見上げるは氷のオブジェの頭上。
爛々と光り輝く槍が、まだそこにはある。
ピシッと、氷が割れる音がし、一部分が砕けた。
その部分からティアが顔だけを覗かせる。
「……それで終わり? ならティア、もうこれ使うよ!!」
「やはりティアを止めるのは無理なのか!?」
「でもミル、見てよ、あの『神除き』を! さっきまでに比べてかなり魔力が弱まってる! これなら打ち消せるよ!」
ラインレピアで見た光の槍と比べ、今回のこれはかなり弱々しい。
フレスとミル、二人の魔力をぶつければ、十分に相殺可能だ。
「まだティアをそんな目で見る!! 許さない! ゆるさなあああああああああああああいッ!!」
光の槍『神除き』が、ズズズと動き始めた。
「ミル、ボクと同時に魔力をぶつけるんだ! そうしたらあれは打ち消せる!」
「判ったのじゃ! タイミングは任せる!」
「うん!!」
「――うああああああああああああああああああああああああああ!!」
――ティアの慟哭と共に光の槍が放たれて、そして。
「――ミル、今だ!! うらあああああああああああああ!!」
「――いくのじゃあああああああああああああああああああ!!」
光の槍と、二人の魔力がぶつかり合う。
力は少しばかりフレス達の方が上。
このまま行けば、『神除き』を吹き飛ばすことも可能だろう。
あと少し。
そう思ってフレスが踏ん張った、その時である。
(……あれ……?)
ふいに床が光った様に見えた。
最初は勘違いかと思ったが、光はドンドンと強くなっている。
しかもただの光ではない。
どこかで見たことのあるような模様を描いていた。
(…………まさか…………!!)
心当たりが脳裏にかすめた瞬間である。
一気に身体の力が抜けていく感覚があった。
見ればそれはミルも同じようで、かなり苦しげに魔力を放っている。
「あっ……!!」
遠くなりそうな意識を取り戻そうと気力を振り絞った時、一瞬だがフレスの魔力が途切れた。
均衡していた力のバランスが崩壊したのだ。
殆どの魔力を相殺していたとはいえ、残った魔力だけでも膨大と言える量だ。
――瞬時、魔力同士の爆発が発生する。
その爆発に巻き込まれ、三人の龍の少女はそれぞれ吹き飛ばされた。




