私の全てを捧げて
アノエは床を蹴って高く飛翔すると、それを見たアムステリアも同様に高く飛んだ。
そして空中にて、二人の力が激突する。
「……み、見えない……!!」
「なんだか花火みたい……!!」
下でその戦闘を眺めていたギルパーニャが、何とも呑気な感想を述べていたが、事実その感想通りに空中では激しい衝撃音が響き、大量に火花を散らしていた。
一般人では目で追いきれないほどの高速の蹴りと斬撃が、何度も何度も交差していたのだった。
「あら、貴方の実力はこの程度かしら?」
「そんなわけない! 私は今、かなり手を抜いている! そっちこそきついんじゃない?」
「お生憎様。今のは小手調べよ。次はギアを一段階あげるわ!!」
一度床に降り立った二人は、今度は真っ直ぐ正面からぶつかった。
残像しか見えぬほど早い蹴りと剣の応酬。
二人が衝突する度に、床は砕け散り、壁には巨大な穴が開き、天井すらも揺れ、埃が――時にはシャンデリアすらも――落ちてくる有様であった。
無限にも続くように見えた二人の戦い。
だが、それもそろそろ終わりを迎えつつあった。
「久しぶりに本気を出せて、結構楽しかったわ。後は貴方を殺せば終り」
「……はぁ、はぁ、なんでお前はそんなに強いの……!!」
ルシャブテから吸い取った魔力も枯渇してきて、アノエの力もそろそろ限界になってきた。
もう周囲には魔力を補給できる者はない。この時点で勝負は着いていた。
「貴方の負けよ。貴方は今ここで死ぬ。心配しないで。一撃で楽にしてあげるわ……!!」
「まだ、だ……!! まだ終わってない!! 言ったはず、奥の手があるって……!!」
「それ、ルシャブテの魔力を奪うって、そういうことじゃなかったの?」
「あんな奴の魔力なんて、最初から大して期待はしてなかった。人間、最後の最後に頼れるのは、やっぱり自分だけ」
「……貴方、まさか……!!」
「『死神半月』!! 私の命、その全てを貴方にあげる!!」
そしてアノエは、剣を床に突き刺すと、その刀身を思いっきり抱きしめた。
アノエの身体から鮮血が噴き出す。
それと同時に剣に膨大な魔力が溢れはじめた。
「あの子、最初からこうするつもりだったのね……!!」
――オオオオオオオオオォォォォォォォン……ッ!!
月の紋章が刻まれた死神の大剣は、巨大なうめき声を上げて、アノエの魔力を貪り食っていった。
「あの剣を抑えないと、あの子だけじゃなくこの王宮全体が崩壊する……!!」
吹き荒ぶ魔力の嵐は、このまま放っておくと、暴走して周囲を破壊しつくすだろう。この王宮程度ならものの数分で木っ端微塵かも知れない。それだけは避けなければならない。
この状況を打破できるのは、もはや自分の胸にある神器の能力以外にない。
だがこれをすれば、アムステリアもただでは済まない。最悪、死に至る恐れもある。
しかし、もはや四の五の言っている時間はない。
だからアムステリアも、最後の覚悟を決めた。
「イレイズ、ギルパーニャ、下がってなさい!! ここは私が全て引き受ける!! だから私にもしものことがあったら、貴方達がウェイルを支えるのよ!」
「え……? な、何言ってるんですか!? アムステリアさん!?」
「そうだよ!! 皆でウェイルにぃのところに行かなくちゃ!!」
「いいから聞きなさい! 特にギルパーニャ、貴方はウェイルの妹でしょ!! なら兄を全力で支える覚悟くらい持ちなさい! イレイズ、貴方はウェイルに命と故郷を救ってもらったんでしょ!! 必ず恩は返しなさい!! 離れていて!! もう時間がないわ!!」
あのアムステリアが、必死になって叫んでいる。
その覚悟が二人に届かないわけがなかった。
「判りました。ギルパーニャさん、下がりましょう」
「うん……っ!! アムステリアさんなら大丈夫だよね……!! 何せフレスが言ってたもん。龍の自分よりも強い女の人がいるんだって……!!」
――アムステリア。
彼女はこのアレクアテナ大陸で誰よりも美しく、そして強い女性だ。
イレイズは心の底から、そう思っている。
――●○●○●○――
二人が離れ、一人魔力が渦巻く中心に残ったアムステリア。
大剣を抱きしめ絶命したアノエの頬を、アムステリアはそっと撫でた。
「散々この剣で人を殺して、最後は自分もこの剣で死ぬのね……。アノエ、貴方は本当に異端な子。でも、私は貴方の事、嫌いじゃなかったわ」
アノエの頬を撫でた手を、今度は自分の心臓の上を当てた。
「さて、この魔力をどこまで飲みこめるか、やってみましょうか……!! 『無限龍心』!!」
アムステリアの心臓部分にある神器『無限龍心』が、目も開けていられぬほど眩く輝いていく。
そして『無限龍心』は、アムステリアの身体を魔力回路として扱い、剣の魔力を一気に飲み込み始めた。
「ぐぐ……!! き、きついってもんじゃないわね、これ……!!」
生身の身体を魔力回路にしているのだ。
身体中の血管に、血液でなくマグマを流されているような感覚。
「あ、あああああ、ああああああああああああああああ!!」
身体が熱くて熱くて焼け焦げそうだ。
少しでも気を抜けば、そのまま失神してしまうだろうし、一言でも弱音を吐けば、自分は剣の魔力を吸い取ることを止めてしまうだろう。
だからアムステリアは、マグマに浸かるような熱を感じる中、一瞬たりとも意識を大剣から離さなかった。
――●○●○●○――
「……て……さい……!!」
「起……て……さい……!!」
「起きてください!! アムステリアさん!!」
「…………ん…………?」
ぼんやりと瞼を開いたアムステリア。
視界に映っていたのは、目に涙を浮かべて顔を覗きこんでくるイレイズとギルパーニャだった。
「よかった、目を覚ましてくれました!!」
「やったよ、イレイズさん!!」
耳元で大声で叫びながら抱き合う二人は、寝起きのアムステリアにとっては相当耳障りではあったが、今はそれに文句を言う余力もない。
「……ああ、私、なんとか上手く出来たみたいね……!!」
『無限龍心』の様子を確かめたが、きちんと正常に動作している。
顔を横に向けると、光を失った剣と、それを抱き絶命したアノエの姿があった。
「……とりあえず、ここは終わったのね」
「はい。ですがまだ全部じゃありません」
「ウェイルにぃを助けにいかないとね!」
そう、まだ終わりではない。
むしろここからが本番だ。
だが、ひとまず身体を動かせるくらいには回復しないと、ウェイル達の元へ行っても邪魔になるだけだ。
「少しだけ休みましょう。貴方達も怪我の治療が必要でしょうし」
「ですね……。実は私、さっきから脇腹の傷が痛すぎて意識が飛びそうでして」
「う、うわあ! イレイズさん、寝ちゃだめだ! 死ぬよ!! アムステリアさん、どうしよう!?」
「心配しないで。さっき飲みこんだ魔力を使えば、私もフレスくらいの治癒能力は使えるから。すぐに傷を塞いであげるわ」
「ホント!?」
「え、ええ、本当よ。だからお願い、少し離れて。顔が近すぎ」
「あ! ご、ごめんなさい」
超ドアップの涙目ギルパーニャ(鼻水も少し)の顔に、軽く引いてしまうアムステリア。
そして大きくため息を吐いた。
「ど、どしたの!? アムステリアさん?」
「目を覚ました時に、顔を覗き込んでいたのがウェイルだったら最高だったなって、そう思っただけ。ほんと残念、いやむしろ最悪かも。どうでもいい王子様の顔のドアップだなんて、気持ち悪いだけだわ。そうは思わない?」
「……そ、そうだね……(本人の前で……イレイズさん、可哀そう過ぎる……)」
「アハ、アハハ……。早く治してください……」
どこまでもアムステリアはアムステリアであった。




