裏切り
――それから一ヶ月。
絵画は、無事に完成した。
作品は会心の仕上がりで、金賞は難しくとも銀賞や銅賞であれば十分狙えるレベルの作品であった。
銅賞でも五十万ハクロアというまとまった金が手に入る。
喜ぶリーダーの顔が見たくて、また予想できて、アノエは少しだけ心を弾ませながら、完成の余韻に浸りつつ眠りについた。
――●○●○●○――
朝、目覚めると目の前にリーダーの顔があった。
その顔は、最近の彼にしては少し柔和で、初めて出会った時の雰囲気に似ていて、少しだけ照れてしまう。
だがこれでは絵画を描いていたことがばれてしまう。
昨日完成したばかりの作品を隠そうと思ったが、すでにここに彼がいる以上、隠すのも不可能なので、とりあえず作品を見せようと作品を探した。
しかし、どこにも作品は見当たらない。昨日間違いなく置いていたはずなのに。
どこに行ったのか探そうと立ち上がったとき、アノエの肩に男の手が置かれた。
彼は、開口一番「ありがとう」と口にした。
そして彼は「君が我が傭兵団の為に、絵をコンクールに出してくれようとしたことは知っている」と、そう続けた。
彼にはとっくにばれていたようで、恥ずかしさから赤面してしまうが、彼は笑ってアノエに「ありがとう」と口にし続けた。
彼が言うに、コンクールには早く出した方が有利になるとのことで、実は昨日の深夜にこっそりと、絵画をヴェクトルビアへ応募しにいったとのこと。
疲れているアノエに負担を掛けたくなかった、勝手な事をして済まないと頭を下げてくれたので、アノエも別にいいと笑って返した。
結果が出るのは一ヶ月後。
そこで彼の笑顔をもう一度見ることが出来れば、アノエにはもう何も要らなかった。
この時、すでにアノエの心は、人を斬る楽しみ以上に楽しいことを覚えていたのだった。
――●○●○●○――
一ヶ月後、結果が発表された。
王都ヴェクトルビアにあるルミエール美術館に、結果と共に作品が張り出された。
傭兵団の皆は、先にヴェクトルビアに向かったとのことで、アノエは一足遅れてルミエール美術館へと赴いた。
汽車の遅れもあり、アノエがルミエール美術館へたどり着いたのは、結果告知から三時間が経過した時であった。
ルミエール美術館へ入り、自分の作品があるか急いで探す。
「あ……!!」
そして――見つけた。
自分の描いた作品が、なんと金賞の所にあった。
嬉しすぎて涙が止まらない。
これでまたリーダーや仲間達の笑顔を見ることが出来る。
そう思い、一歩前へ出て作品を見た瞬間――とある異変に気がついた。
作品の下にある作者の名前が――アノエではなかったのだ。
そこにあった名前は、リーダーの本名であった。
――場内に歓声が上がる。
見ると、今まさに表彰式が執り行われていた。
金賞のトロフィーと、そして賞金を受け取り、ホクホク笑顔のリーダーがそこにいた。
見たいと思っていた笑顔がそこにあったのにも関わらず、アノエはペタンとその場で腰を落としてしまった。
世界の全てが、一気に色褪せて、灰色に染まっていく。
なんだか家族親戚を一気に失った、あの教会戦争の時に戻ったかのようだった。
――●○●○●○――
アノエはフラフラとした足取りで、ルーテルストンのアジトへ戻っていた。
もう何も考えられない。何も信じたくない。
そんな気持ちが心を支配して、目に映った全てのものが腹立たしく思えてしまう。
大切に使っていた筆やパレット、絵具や画材を、全て壊して捨てた。
このアジトも全て破壊しようと、ふらりとリーダーの部屋に入った。
そこで、ふと部屋の奥にある巨大な金庫が目に付いた。
確かこの金庫は、リーダーが敵から手に入れた戦利品の中でも、希少な品を保管している金庫だったはず。
部屋を物色すると、机の中にある隠し引き出しから鍵が見つかった。
錠に鍵を刺して回すと、カチリと開く音がした。
金庫を開けてみる。
そこにはいくつも神器が保管されてあったが、アノエの目に留まったのは、その中でも一際巨大な剣であった。
グッと掴んでもビクとも動かない。
動かすことすら出来ない大剣だったが、不思議とこの剣が気になって仕方なかった。
そんなところに、笑顔が収まらない様子のリーダーが帰ってきた。
リーダーとアノエの視線が、ぴたりと交差した。
「……アノエ。お前は一体ここで何をしている?」
「それはこっちのセリフ。リーダー、どうして私の名前で応募しなかった」
「どっちでも同じことだろう? 結局賞金は俺の元に来るんだからな。ならばついでに金賞という名誉も頂いておきたかった。今後の飯の種になる可能性があるからな。どうせお前は名誉なんて必要ないだろう? 勿体ないから俺が利用した。それだけのことだ」
「……いけしゃあしゃあと、よくもそんな事を……!!」
「お前は最初から俺に賞金をくれるつもりだったんだろう!? ならいいじゃねえか!! ……それよりお前こそ、俺の部屋で何をしている。その金庫を何故開けている?」
「……この大剣が気になっただけ。それだけだ」
アノエは、生まれて初めて頭の芯から熱くなるような怒りを覚えていた。
自分でも最初は気づかなかったが、全身にギンギンに魔力が漲っていた。
ピクリともしなかった大剣が、少しだけ軽くなった気がした。
「出て行け、全てを置いてな。賞金は手に入った。もうお前に用はない」
「……どうして私をこの傭兵団に誘った!?」
「お前の狂い壊れた心は金になると踏んだからだ。この業界、世間から異端という烙印を押された者ほど、活躍できるんだからな。事実お前は戦争中、本当によく稼いでくれた。それでいてお前にはちんけな小銭を渡せばいいだけなんだから、これほど都合の良い使いっ走りはいない。最後だってこうして大金を俺の元に持ってきてくれたんだからなぁ!!」
「……そうか。……そうだろうな、……私は、一体何を期待していたんだろうな……」
そうだ。考えても見れば傭兵という生き物は、全て金を中心に生きている。
少しばかり彼らに暖かくされ、ちやほやされ、自分は少し勘違いをしてしまっていたようだ。
この瞬間、アノエの心にあった楽しみの全てが無に帰っていった。
それと同時に、とある衝動が心を支配していく。
アノエは思い出した。
自分が傭兵になったのは『人を斬りたい』という願望からであったことを。




