決着とお約束
「ここにいる理由か? 簡単なことだ。あそこで気持ちよくおねんねしている馬鹿連中を逮捕するためだ」
サグマールが指差した先には、アムステリアに蹴り飛ばされて気絶しているオークション参加者で山が出来ていた。
「い、一体何が起こった……? オークションはどうなった……?」
「オークションは終わりました。ついでに貴方のシャバでの暮らしも終わりですよ」
「ひぃ!? 治安局!?」
目を覚ました者から順に違法品競売の容疑で逮捕され、続々と連行されていく。
逮捕者の中には、赤髪の男ルシャブテの姿もある。
奴だけは治安局も危険だと判断したのか、一般客とは違い気絶したまま全身を拘束され、連行されていった
「エリクよ。お前さんが『不完全』と繋がりを持っているということは、秘書として採用した翌日には知っていたよ。今までわざと放置して泳がせていただけだ」
「な、なんですって……?」
「少し考えれば判るだろう? お前さんが我々から手に入れたい情報とは即ち、『不完全』にとって手に入れたい情報であるわけだからな。奴らの行動を監視・把握するのに、お前さんの存在は丁度良かったのだ。無論、普段の仕事振りもしっかりしていて、ワシ個人としては結構気に入っていたんだがな。今日だって朝からずっとお前さんに監視をつけていたんだぞ?」
「私を尾行していたというの!? そんな気配は一切なかったわ!?」
「プロ鑑定士協会を甘く見すぎだ。遠隔情報収集できる神器があれば、そのくらいは容易いこと。ここでの一部始終はしっかりと見させてもらった。プロ鑑定士全員をベガディアル氏のオークションハウスへと導こうと画策したようだが、それは失策だったな。あまりにも囮だと判りやすかったおかげで、裏オークションの開催を事前に察知することが出来たよ」
「そ、そんな……、全て見抜かれていたなんて……!!」
「プロ鑑定士の相手をするには、お前さんじゃまだ未熟だったな」
行動全てが筒抜けであり、それどころかサグマールによって泳がされていた。
この事実にエリクはショックを隠しきれず、顔面を蒼白にして膝を床につけてうなだれてしまった。
「連れ出せ」
冷酷に響くサグマールの指示で、治安局員はエリクを囲むと、手錠を掛け全身を縄で拘束した。
エリクの抵抗は一切ない。精神的ダメージでそれどころではないのだろう。
連行される際、目を真っ赤にさせてウェイルとサグマールを恨みたっぷりに睨みつけると、その後は素直に連行されていった。
「よくやったな、ウェイル。……と言いたいところがな。エリクはさっき『不完全』がどうとか、気になることを言っていただろう。それについて尋ねたい」
サグマールは、イレイズとサラーの方へ視線を送った。
「それはあの二人組のことか? あの二人は一体何者なんだ?」
サグマールの目が妖しく光る。
確かにイレイズ達は贋作士であり、『不完全』に属していた。
しかし今はもう違う。民を心から想う王だ。
「あいつらは、俺の大切な――――仲間だよ」
サグマールと視線を交差させる。
真剣な眼差しで、たった数秒ではあるが互いの腹を探り合った。
「……そうか。ならばワシは残りの収束作業に戻ろう。真珠胎児はお前が責任を持って協会まで持ち帰ってくれ」
「ああ、任せろよ」
サグマールの顔に笑顔が灯る。
そして去り際に――。
「――仲間、か。お前にしては中々粋なことを言うじゃないか」
と、皮肉を言って去って行った。
「サグマールめ、一部始終見ていた癖によく言ったもんだ。まったく、粋なのはどっちだよ」
やはりサグマールには、いつまで経っても頭が上がらない。
「ウェイル、この事件、これで全部終ったの?」
「ああ、全部終わったよ」
サグマールや治安局が撤収したところで、アムステリアやイレイズ達がこちらへ集まってきた。
やって来て早々イレイズが頭を下げる。
「ウェイルさん、フレスちゃん、そしてお美しい貴女も、この度は助けていただいて本当にありがとうございました」
「……ありがと」
いつの間にか歩けるようになったサラーも、つられてぎこちなく頭を下げた。
「頭を上げてくれ。俺達は礼を言われるようなことはしてない。これは取引だって最初に言っただろ。報酬はしっかりといただくからな。そんなことよりも身体の方は大丈夫なのか?」
イレイズは全身火傷を負い、サラーは身体中ズタボロの状態。
今すぐ治療に専念させた方がいいんじゃないかと心配にもなる。
「火傷もかなり酷そうだが、それ以上にそのダイヤ化した皮膚のことだ。それ、元に戻るのか?」
「ええ。戻りますよ。腕のダイヤ化は今回が初めてではありませんからね。サラーの癒しの能力を使えば、火傷も腕も元通りです。もっとも、時間と魔力は相当掛かりますから、サラーが完全復活してからじゃないと治療は不可能ですけどね」
「そうか、サラーの力か」
考えてみれば、サラーにもフレスと同じような治癒能力があっても何らおかしくはない。
しかし皮膚の性質すら変わっている状態なのに治癒させることができるだなんて、龍の生命力、おそるべし。
「サラー、大丈夫なの? ボクがサラーを癒してあげれば、その分イレイズさんは早く治るよね」
「必要ないと言ったはずだ、フレス。これくらいのダメージ、二時間もあれば回復する」
「そうかも知れないけど……サラーが凍傷を負ったのはボクのせいなのに……申し訳ないよ」
「戦いなんだ。気にするな。だが次やる時は全身火傷にしてやるからな」
「ムムム……。ボクはもうサラーと戦いたくはないんだけど……。でも、そこまで言われたらボクだって負けないもんね」
そんな言い争いを龍の娘達がしている間にも、サラーの傷は見る見る治っていく。
改めて龍の生命力というのは凄まじい。
「ウェイルは礼は要らないと言ったけど、私には礼をしなさいよね。名前すら知らない赤の他人の為にここまでしてあげたんだからね。たっぷりとお礼してもらわないと釣り合わないわよ」
アムステリアは腰に手を当てながら、やれやれとぶつくさ文句を垂れていた。
「まず手始めとして、この破れたドレスに代わる新しいドレスを買ってもらいましょうか」
「あははは、判りました。必ず買ってお返しいたしますよ。私の趣味になりますけどいいですか?」
「……ねぇ、赤い娘。この男の服のセンスってどうなの?」
「……私は気に食わないことが多い」
「あー、ちょっと待って。ドレス以外にしようかしら」
「お好きなもので結構ですよ。気長にお待ちしますから」
「ええ、そうしてもらえると助かるわ」
何故かアムステリアが妥協するような格好になりながらも、名も知らない二人は互いに握手を交わす。
これで一件落着かと思われたのだが――。
「あーっ!!」
――と、フレスが何かを思い出したように素っ頓狂な声を上げた。
「忘れていたよ! ボクもウェイルに服を買ってもらう約束だった!! ねー、ウェイル。ボクにも買ってよ~!」
(……そう言えばそんな約束もしていたような)
先程話したことであるのに、その間にあった出来事の内容が濃過ぎて、そんな約束などすっかり忘れてしまっていた。
「そうだったな。フレスの活躍のおかげで事件は解決出来たんだ。ちゃんと買ってやるよ」
「ほんと!? やったー!」
思えばわずか数時間の間に、これでもかと言うほど色々なことがあった。
ウェイルの過去にフレスの過去、そしてフェルタリアの過去を知った。
(フレスを守る、か)
今更だがこの新しい弟子フレスを、何が何でも守ってやりたいと思った。
『不完全』がフレスを狙っているという点でもそうだが、それ以上に自分はフェルタリアの意思を引き継ぐ者だ。
フェルタリアの王、人々、そしてフレスの親友が、全てを懸けて守ったフレスという存在。
彼らの願いを叶えるのは、自分の役目だ。
(今度は俺が命を懸けて守る番だ)
そう心に刻み付けるように、フレスの頭を力強く撫でてやった。
「ちょっと、ウェイル!? 髪がボサボサになっちゃうよ!? どうかしたの!?」
「別に何でもないさ。よし、こんな陰鬱な場所からはさっさと退散しよう」
「何でもないのにボサボサにしないでよ……」
「一段落着いたら、何だか腹が減ったな。どこか食べに行くか。フレス、お前は何が食べたい? 好きなものを食わせてやるよ」
「ボクの好きなものでいいの!? なら――」
フレスから出てくる料理名はこれしかない。
「――くまのまるやき!」
「それは無理」
それはもうお約束になりつつある。




