ギルパーニャと裸の戦姫
「うわぁ、ぷにぷにです!!」
イルアリルマは視覚だけでなく触覚も奪われていた。
だからフレスのほっぺたの柔らかさに感動し、しばし頬ずりを続けていた。
「ふぅ。久しぶりの触感、堪能しました!」
「ふみゃ~……、リルさん容赦ない……」
フレスの感触を十分に味わい満足したのか、イルアリルマは服装を整えて、改めて皆と向き合った。
「あれ? そういえば、ギルさんは来ていないのですか?」
「ああ、ギルはまだ来ていない」
「おかしいですね……。ルシカとの戦いを避けてもらうために、先に逃げてもらったんですけど」
イルアリルマの話では、二人は共に行動していたのだが、ルシカと遭遇し戦闘になったため、ギルパーニャの身の安全を考慮して、先に逃げてもらったという。
だからイルアリルマは、てっきりすでにギルパーニャはここへ来ているものだと思っていたらしい。
「ギルさん、どこへ行ったのでしょう……?」
「……師匠、もしかしてギルは……!」
「……まさかな……」
「どこかで敵に遭遇したということか……?」
「そうだとしたらマズイよね。君の妹弟子さんは『異端児』に勝てるほど強くはないよね」
「ああ……!」
テメレイアの指摘通り、ギルパーニャに戦闘の才能はない。
イルアリルマより先に逃げたはずのギルが、ここに来ていないという事実。
この事実が指し示す現実は――つまり。
皆の脳裏に、最悪のケースが過ぎる。
「ウェイル! ボク、ギルを探しに行くよ!!」
「待て、闇雲に探し回る気か!? 敵がどこに潜んでいるかも判らないんだぞ!?」
「でも、ギルが、ギルが!!」
フレスにとって、ギルパーニャは大親友だ。
もしものことを考えるだけで、フレスの心は押し潰されそうになる。
我慢できないと言わんばかりに、フレスが翼を広げた――その時であった。
「み~ん~な~、お~待~た~せ~…………お、重い…………」
遠くから聞こえてくる、のんびりとした大声に、全員が声のする方を見た。
なにやらサイドストリートの方から、のっそのっそと動くものがこちらへ近づいてくる。
「ちょ、ちょっとみんな~、手伝ってよ~!! 重いー!!」
「……えっと、ひょっとしてあれ、ギルなんじゃない……!?」
そのシルエットは、よくよく見てみればギルパーニャ本人の様。
聞き慣れた声からして間違いなさそうだ。
「ギルに間違いない。しかし何か背負っている……? 人?」
のっそりゆっくりと歩いてくるギルパーニャは、誰かを背負っている。
この都市にこっそりと住んでいた者が、先程のゾンビ軍団によって負傷したのだろうか。
「フレス、とりあえず手伝いに行くぞ」
「うん!」
皆もウェイル達に続き、ギルパーニャへと駆け寄った。
そして気づいた、ギルパーニャが背負っていた者の正体。
「あ、アムステリア!? しかも裸!?」
その正体は、何故か一糸まとわぬ姿のアムステリアであった。
「な、何があったんだ!?」
戦闘能力でいえば、全人類最強クラスのアムステリアが、このような状況になっている。
確かアムステリアは、スメラギという女と戦っていたはずだ。
「アムステリア! 起きろ!」
アムステリアの身体を揺さぶろうとウェイルが近づいた時、テメレイアが手を上げて遮った。
「ウェイル。あまりレディの身体をジロジロ見てはいけないよ? いくらアムステリアが君に好意を抱いているとはいえ、無断で身体を触られることを手放しに喜ぶと思うかい? 大丈夫、呼吸はしているようだから生きてはいるさ。ここは僕達に任せてもらいたい」
「あ、ああ、配慮に欠けたな。すまなかった」
この場にいる男――ウェイルとシュラディンは、バツが悪そうにアムステリアから視線を逸らした。
「妹弟子さん? 彼女を一体どこで見つけたの?」
「えっと、私が見つけた時には、すでに裸だったんだ。裸で倒れているところを発見したってわけだよ。頬っぺたをつねっても目を覚まさないから、背負って連れてきたの」
「確か相手は強酸使いだったよね、なるほど。ミル、連続で悪いけど、治癒をお願いできないだろうか?」
「もちろん、お安い御用じゃ!」
すでに用意していたのか、ミルの両手には緑色をした目に優しそうな色の光が集まっていた。
光は小さな粉となって、アムステリアの身体へと降り注いでいく。
「さて、僕はその辺の廃墟から何か着られるものを探してくるとするよ」
「私も行きます!」
「ならあっちの家から行こうか」
テメレイアとイルアリルマは、廃墟と化した住宅へ衣服を詮索しに行った。
「しかしアムステリアが意識を失うほどの戦いだったのか……」
このメンバー内でも、龍達を除けば戦闘能力は断トツのアムステリアだ。
そんなアムステリアが気を失うほどの実力を、スメラギという少女は持っていたということだ。
ウェイルが戦ったダンケルクも、もしあの場にウェイル一人しかいなければ、殺されていたのはこちらだっただろう。
そんな実力者揃いの『異端児』は、このフェルタリアで全ての決着をつけるつもりでいるはず。
もはや力を出し惜しみする必要はない。全力で来るはずだ。
見上げるはフェルタリア王宮。
そこにはメルフィナと、最後の龍であるティアが待ち構えている。
果たしてこの場にいる全員が、無事に帰ることは出来るのだろうか。
――いや、もし自分達が失敗すれば、アレクアテナ大陸全土が無事では済まない。
「……絶対に、奴らを止める……!!」
「うん……!!」
改めてウェイルとフレスは、そう胸に誓ったのだった。




