心の強さ
――滅亡都市フェルタリア、王宮前広場。
ついにウェイルは、『異端児』のアジトと化したフェルタリア王宮の目前にある広場まで辿り着いていた。
共に行動していたテメレイアとシュラディンを除くと、他のメンバーはまだ誰も到着していないようだ。
「どうやら一番乗りのようだね。ウェイル」
「ああ。とりあえず師匠を無事連れてくることが出来てホッとしたよ」
「お前達のおかげだ。優秀な弟子を持てて嬉しい限りだ」
「後は全員が揃うのを待つだけだね。……皆無事ならいいんだけれど」
フェルタリアへ入都した直後、スメラギの生み出した酸の壁によって、ウェイル達はバラバラに分断させられた。
アムステリアにはスメラギ、ウェイル達にはダンケルクが対峙してきたように、他のメンバーにもそれぞれ刺客が差し向けられたはずだ。
もしこの場に来ない者がいたとすると、それは敵にやられたということ。
最悪のケースを想定し、覚悟して待たねばならないこの時間は、三人にとって苦しい時間だった。
広場に到着して五分が経った。
ふとテメレイアが空を見上げていた。
「どうした?」
「……声が聞こえるのさ。空から賑やかな声がする!」
ギャーギャ喚く甲高い――もとい聞き慣れた声が、ウェイルの耳にも入ってきた。
「ウェイルーーーー!!」
「フレス、無事だったか!!」
「ミルもいる!」
「レイアー!!」
輝く翼をはためかせ、猛スピードで空を翔ける二人の少女。
ウェイルの姿を発見したフレスが、はしゃぎながら急降下してきた。
「ウェイル!! 無事だと信じていたよ!!」
「ちょっとフレス!? 止まれ!!」
この時ウェイルは、次に自分の身に起こることを完全に予測できていた。
フレスは間違いなく、喜びのあまり抱き着こうと突っ込んでくる。
しかもいつも狙ったかのように、鳩尾にだ。
「会いたかったよ、ウェイルーーーーー!!」
手を伸ばして抱きつこうとするフレスに対して、ウェイルのとった行動はというと。
「――――……ぐほおっ!?」
直立不動で受け止めてやることであった。
「あーあ、ウェイルったらお人好しなんだから。そんなところも好きだけど」
テメレイアの生暖かい視線を浴びながら、ウェイルは溜まらず崩れ落ちた。
「会いたかったよ、ウェイル~、すりすり……」
「……この馬鹿フレス……」
そう言い残して、ガクッと意識を失うウェイルであった。
「すりすり……あれ? ウェイルから反応がない!? ちょっとウェイル!? しっかりして!!」
「フレスちゃんもやり過ぎだってば。ミル、ウェイルを助けてあげて」
「全く、仕方の無い男じゃな」
フレスと違って、すっと静かに広場に降り立ったミルは、緑色の癒しの光をウェイルに送る。
「う、う~ん、……ど、どうやら無事だったみたいだな……。死ぬかと思った……」
「うわーん、ウェイル、ごめんよー!!」
「ごめんで済むか、馬鹿。次は止めてくれよ」
なんて叱りながらもフレスの頭を撫でるウェイルに、テメレイアとシュラディンは呆れて顔を見合わせた。
「避けられたのに、わざと受け止めた癖にね」
「弟子に甘く接するのはワシに似たのかも知れんな……」
口々に感想を述べて、深く嘆息したのであった。
――●○●○●○――
「お待たせしました」
続いて広場にやってきたのは、まさかのイルアリルマ一人であった。
「リル!? 一人なのか!?」
「ええ。一人です。あ、その声はもしやウェイルさん? ウェイルさんってこんな顔をしていたんですね! 想像していた顔より格好良くてびっくりです!」
「無事で安心したよ。……ん? 顔?」
言葉の端々に違和感。
「もしかしてフレスさん!? おおー、本当に色鮮やかな蒼い髪をしているんですね! ちょっと触ってみてもいいですか!? ……うわあ! とってもさらさら! 気持ちイイです!」
「え、えっと、リルさん!? 突然どうしたの!?」
今までにないイルアリルマの反応に、一同面食らってしまう。
「もしかして、視覚と触覚を取り戻したのか……?」
イルアリルマの反応や態度を見るに、それしか考えられない。
そしてその解答として、イルアリルマはウェイルの手を握りしめてきた。
「皆さんのおかげで、こうして全てを取り戻すことが出来ました……!! 本当に感謝しています……!!」
「そうか。良かった――と言っていいのかな……?」
見ればフレスも複雑な顔をしていた。
イルアリルマに奪われていた感覚が戻った。
ということは、すなわちイルアリルマの感覚を奪った者は、すでに息絶えたということだ。
その者は彼女にとって親友だったはず。
親友を失って良かったと、そう言ってもいいのかと躊躇ってしまう。
だがそんなウェイルの躊躇いを悟ったのか、イルアリルマはフフッと微笑むと、ウェイルに抱きついた。
「ななっ!?」
「え!?」
突然の抱擁にウェイルは面食らい、フレスは口をあんぐりとしていたが、構わずイルアリルマは続けた。
「良かったと、そう言ってください、ウェイルさん。ルシカは私の親友でした。ですが、それと同時に敵だったんです。プロ鑑定士として、敵である『異端児』の一人をやっつけたんです」
ギュッと、抱きしめる腕に力が籠る。
イルアリルマの身体は、少し震えていた。
「……私はプロ鑑定士としての責務を果たしたと、そう思っています。……ですけど、やっぱり寂しいと思ってしまうのは、私の心が弱いからでしょうか……?」
心の底から大切に思っていた親友を、この手で葬った。
たとえそれがイルアリルマの使命だったとしても、とても辛い出来事だったはずだ。
「寂しい? 当然じゃないか。誰だって大切な人を失くせば寂しいし悲しいさ。だからリル、君は決して弱くはない」
親友を失くすこと。
それを辛くないと断言できる者など、いるわけがない。
「よくやったな。リルはもう立派なプロ鑑定士だ。もっと自分を誇れ。ただ辛くなったときは、そっと周りを見たらいい。お前にはもう仲間がいる。その仲間達はずっとお前を見守ってくれるから」
キザな台詞だな、とは思いつつも、ウェイルは優しくイルアリルマを諭して肩に手を置いた。
しばらくするとイルアリルマの身体の震えが収まる。
ゆっくりとウェイルから離れ、そして顔を上げた。
その表情は、目元こそ赤くなってはいたものの、とてもすっきりとした晴れ晴れとした顔だった。
「ウェイルさん、背中がむず痒くなるほど臭い台詞でしたよ?」
「……実は俺も少し背筋が痒くなった」
「でも、良いお言葉でした。フレスさんには悪いですけど、惚れてしまいそうです。私好みのイケメンですし!」
「なぬぁ!? ちょ、リルさん!? 冗談でしょ!?」
「冗談、だと思いますか?」
いつも通りのニコニコ顔からは、真意は見えず、むしろ少し怖くもある。
「うううう、ウェイルのバカ!」
「どうして俺が責められるんだよ……」
「ごめんね、フレスさん。冗談ですってば。そんなに落ち込まないで? 貴方の大切なものを横取りなんてしませんから」
「べ、別にボクは落ち込んでなんか! それにウェイルはボクのものじゃないから、いいもん!」
「ホント、フレスさんって可愛い!」
「うわあ、抱きつかないで!? ちょっとリルさん変わった!?」
イルアリルマに感覚が戻った。
その影響か、少し彼女の性格は明るくなった気がする。
もしかしたらこの性格こそが、イルアリルマ本来の性格だったのかも知れない。
全てを取り戻した今のイルアリルマには、堂々とした自信が窺える。
これから先、彼女もまたアレクアテナ大陸最高の鑑定士となっていくのだろうと、ウェイルとテメレイアは確信したのだった。




