まだ自分に出来ること
しばらく喚き叫んでいたティアであったが、突如として黙り込んだ。
気絶したのかと確認したが、どうやらそういうわけではなさそうだ。
「ぐぐぐ…………!!」
「……何……!?」
ティアは歯を食いしばり、必死で痛みに耐えていた。
顔が燃えることも厭わず、サラーの方へ振り向いた。
悔しそうに、そして痛みに耐えるように目に涙を浮かべながらも、キッと睨みつけてくる。
「てぃ、ティアは、負けないもん……!! イドゥは、メルフィナは、ティアをもっと楽しませてくれるって、そう言ったんだもん……!!」
左肩を掴むサラーの燃え盛る腕を、ティアは火傷覚悟で掴んだ。
「あ、熱い……!! でも、ティアはサラーになんか負けない……!! サラーもフレスと同じように、ブッ飛ばしてやる……!!」
「なに……!?」
肉の焦げる匂いが立ち込める。
あまりにも痛々しい光景だが、ティアは決して手を離さなかった。
「は、離せ!!」
「そっちから掴んだ癖に……! ティア、もう遊びは終わりにする。これ以上熱いのも痛いのも、もう嫌だもん!! サラー、捕まえた!!」
「くっ、何をする気だ……!?」
重度の火傷を負っているはず。
それでもティアの握力は、想像以上に強かった。
「ティアだけ痛いのは不公平……!! サラーにも相応の痛みを受けてもらう……!!」
パアァと、ティアの周囲には、光のリングが大量に生み出された。
そのリングの数は百以上を超え、この部屋全体を眩く照らした。
「なんだ、これは……?」
不穏な雰囲気に、サラーはティアから手を離して距離を取った。
「やっと離してくれた。次はティアの番だよ!!」
ティアが光り輝く翼を展開し、龍である証を見せつける。
その翼からは、膨大な魔力が溢れ出ていた。
「サラー、敵の能力はあまりにも未知数です! 一旦逃げましょう!!」
イレイズはそう叫んだが、サラーは一歩も動けずにいた。
この光のリングが、グルグルと部屋中を回転し始めたからだ。
不思議なことに、このリングはイレイズの身体に触れても、何も起こらない。
サラーだけを取り囲むように、グルグルと回っていく。
「サラー、逃げてください!」
「そうしたいのは山々だけど……!!」
「逃がさないよ。またさっきみたいにサラーを縛ってあげる! でも今回は一味違うよ。だって今度のはティア特製! サラーの魔力では、絶対に防げないんだから!!」
グルグルと回る光のリングのスピードは、徐々に緩やかとなっていく。
やがてリングは動きを止めると、今度はサラーの方へ向かって一気に向かってきた。
「捕まえちゃうよ!」
「ただ黙って捕まえられるわけがないだろう!!」
光のリングに対抗すべく、サラーは身体を炎で包み込んだ。
周囲を漂う光のリングと、轟炎が激しく衝突した。
「サラー!!」
イレイズの叫び声は、光と炎の衝突音に掻き消される。
「ティア、久々に怒ってるから! サラーなんて、封印されちゃえばいいんだ!!」
「クッ……!!」
炎の力が、少しずつだが光のリングに押されている。
それもそのはず、そもそも魔力同士の力比べでは、ティアの方が圧倒的に上回っているのだ。
巨大な炎の龍を小さな光球で打ち消していることからも、その差は歴然だ。
激しい光と熱を放ちながらも、徐々に収束していく二つの力。
「サラー、無事ですか!? 返事をしてください!!」
今度はイレイズの悲鳴に近い声もよく響いた。
だが、その声に返ってくる言葉はない。
返って来たのは甲高い嘲笑だけだ。
「……あは、あははは! あははははは!! サラー、いい気味! ティアをいじめるからこうなるんだ! あはははははは!!」
「サラー……!?」
光と炎の対決、それは光の方に軍配が上がった。
収束した両者の攻撃の後に残ったのは、微かに残る魔力と、光のリングに全身を包まれて、ピクリとも動かないサラーの姿があった。
「サラー、封印完了! これでイドゥの計画も一歩前進。ティア、褒めてもらえるかなぁ!」
くいっと人差し指を曲げると、光のリングに封印されたサラーの身体が持ち上がり、ティアの隣へと移動した。
「サラーをどうするつもりですか!?」
「どうするって、ティアわかんない。でも、龍が必要なんだって! じゃ、ティアは帰るから」
もう用はないと言わんばかりに、ティアは背を向けサラーを連れて行こうとする。
「ま、待ちなさい!! 貴方達は、私を拘束したいのでしょう! どうしてサラーを!!」
目の前の龍には到底敵わない。自分にはサラーを救う力などありはしない。
その事実が重すぎて、悔しすぎて、思わずティアの背中にそう叫んでいた。
だがそのイレイズの慟哭にすら近いその叫びを、ティアは鼻で笑って振り向きもせずに答えた。
「別に君になんて興味ないから。最初からサラーが狙いだったんだ。だから君は逃げても死んでも、もうどっちだっていいんだ」
「な――」
自分が誘拐されれば、それを助けに来ようとするサラーを敵は狙っていた。
最初から全て罠だったのだ。
龍を捕まえるのは困難だからこそ、簡単に捕まえられるイレイズの方を狙って餌に使う。
ただ敵に利用され、罠の餌にされ、挙句の果てにサラーを奪われてしまった。
そのことが悔しくて悔しくて、堪らなく悔しく、目からは涙が溢れて止まらなかったが――
(……まだです……!! ……まだチャンスはある……!!)
イレイズは怒りに震える身体を抑え、黙ってサラーを連れて行くティアの背中を見送った。
「……ここで挫けるわけにはいきません……!! サラーは今までずっと命を賭けて私を救ってくれた。だから、今度は私が……!!」
とはいえ純粋な力勝負では、ティアやルシャブテには敵わないだろう。
だが、一人でなければ。
心から信頼できる仲間の力を借りることが出来れば。
「サラーがここに来てくれたということは、ウェイルさん達が来ているはず……!!」
自分に何かあれば、すぐにウェイルを頼れ。
サラーにはずっとこう言い聞かせてあったから。
「やっぱり、ウェイルさんは親切過ぎます……!!」
ウェイル達の狙いも、おそらくこの城に関係することだろう。
そう、ここは滅亡都市フェルタリア。
イレイズは直接聞いている。
フレスの告白と、そしてウェイルの過去を。
「ウェイルさんがこの城に来るというのならば……!!」
そうならば自分にも出来ることはまだあるはず。
イレイズは涙を拭って立ち上がる。
敵はもう自分への興味を失っている。
ティアが無視して部屋から出て行ったことと、見張りのルシャブテがいなくなったことからも、これは間違いない。
今なら自分はノーマーク。自由に動ける身体となった。
ならば今自分に出来ることは、ただ一つ。
「絶対に助け出しますから……ッ!! 待っていてください、サラー!!」
そう言葉にして誓い、イレイズはすぐさま部屋を飛び出したのだった。




