サラー救出作戦
「そろそろ相談は終ったのかしら?」
「そっちこそ、蹴飛ばしてやったワニちゃんの調子はいかがかしら?」
「ええ、おかげさまでピンピンしてるわ。これでようやく貴方達のつまらない顔を見なくて済む」
「捕まって牢屋にぶち込まれるんだから、見られるはずもないだろ」
クランポールの上に立つ余裕しゃくしゃくなエリクに、ウェイルとアムステリアは皮肉を返してやる。
それにムッとしたようで、エリクの語気が少しだけ荒くなった。
「皮肉だけは超一流ね、二流鑑定士さん? もう終わらせましょう。いい加減、言葉を交わすのも不快になってきた」
「終わらせるのには賛成だ。しかし果たして終るのはどっちだろうな?」
「はったりかしら? 貴方達にこの子らを倒す術なんてないでしょう?」
「さてな。倒す術があるのかないのか、その目でしっかり確かめてみたらいい。 偽者とはいえ鑑定士の秘書だったんだからな。いくぞ、フレス!」
「うん! ……あだっ!」
目を瞑り、フレスと唇を重ねる。
サラーの命が掛かっているという状況と、二回目ということもあって、緊張なく接吻を交わせた。
ただ二人とも勢いがあったものだから、歯と歯がぶつかって少し痛かったというところが誤算である。
口付けが交わされた瞬間から、フレスの身体からは膨大な魔力が噴出し、蒼い光が周囲を包んでいく。
蒼い光の後に現れたのは、雪のように輝く翼持つ神龍、フレスベルグであった。
『師匠よ。接吻はもう少し優しくするものだ』
「こっちだって痛かったんだ。文句を言うな」
『人間の雄は、雌に対して配慮が足りん』
「慣れてないんだよ! もういいだろ!?」
キスの仕方について口うるさいドラゴンの姿に、イレイズはフフフと笑い、アムステリアは何が起きたか理解出来ず、ポカンと口を開けて唖然としていた。
対してエリクは冷静だった。
エリクはフレスが龍であることを知っていたし、この状況になることを予想していたのかも知れない。
「あらあら、龍が出てきちゃったわね。厄介だわ」
「驚かないんだな?」
「青い娘が龍であることは知っていたから」
「龍が相手なのに、随分と余裕だな」
「いいの? 龍の攻撃が炸裂したら、お腹の中の彼女、ひとたまりもないわよ?」
「要らない心配だな。その心配は是非自分に向けるべきだ」
氷の刃を展開すると、すぐさまウェイルはクランポールの周囲を走り始めた。
尻尾の先端からクランポールの上に乗ると、頭部に立つエリクの方へ剣を構えて向かっていく。
「神獣は神獣、人間は人間同士、直接やりあわないか?」
「いいわね、そうしましょうか」
ウェイルは氷の剣、エリクは鋼鉄の鞭を武器に、クランポールの背中で激しい攻防を始めた。
「ねぇ、ウェイル。何を狙ってるの? 食べられた子を助けるんじゃないの?」
「それもあるが、俺は鑑定士だぞ? 当然『不完全』の逮捕を最優先に狙っている。今はお前のことだがな」
「あら、怖い。ならここで貴方をぶちのめして逃げるしかないわねぇ」
エリクは鞭を巧みに操って、ウェイルの剣と互角に渡り合っていた。
ウェイルの狙いはエリクの注意を惹くこと。
とにかくこちらに注意を向けさせ、イレイズ達の邪魔をさせないようにしなければならない。
激しい戦いは続く。
襲い掛かる鞭は、全身に蚯蚓腫れを負わせ、ダメージを蓄積させていくが、ウェイルは一切ひるむことなくエリクとの距離を縮めていく。
半ば捨て身な戦法が功を制し、エリクを端まで追い詰めていく。
「もう、しつこい男ね!! 女性に嫌われるわよ?」
「黙れ。お前みたいな腹黒い女には嫌われた方がマシだ」
「失礼な男……!! こうしてくれるわ!!」
エリクが大きく振りかぶった鞭を、ウェイルは避けなかった。
むしろダメージ覚悟で突っ込んで、鞭を握る手を掴み、エリクを押し倒す。
「なっ!? 貴方、どれほど失礼なの!?」
「失礼で結構。だがこうすればもう鞭は使えないだろ」
手首を握り締めて、エリクから鞭を落とさせようと試みた。
「く……!! いい加減そこからどきなさい!!」
「いづっ……!?」
エリクの頭突きがウェイルの鼻の頭に直撃。
ウェイルのひるんだ隙に、エリクは立ち上がった。
「もう許さないわよ、ウェイル……!!」
「許さなくて結構だ。俺もお前を許すつもりはない」
氷の剣を携えて、ウェイルはまたも一気に距離を詰めていく。
「……一旦下がって体勢を立て直した方が良さそうね」
剣と鞭の接近戦では鞭の方が分が悪い。
それにまた押し倒されるのは御免だと判断したエリクは、クランポールから降りるために跳躍した。
それこそが、ウェイルが身体を張ってまで待ち望んだ絶好のチャンス。
エリクの身体が空中にある間、その間だけは動くことが出来ず満足に鞭も振るえない。
つまりこれ以上の勝機はない。
「今だ、アムステリア!!」
ウェイルは叫んだ。
その合図は確実にスタンバイしていた三人へと届いたのだった。
フレスベルグの目の前には二体のクランポール。
不気味に動き、ネチョネチョと体液を周囲に撒き散らしていた。
『気持ちの悪い下衆な生物共が……!!』
ウェイルの合図を聞いて、フレスは先程から溜めていた魔力を一気に放出していく。
その際、ちらりとアムステリアと顔を合わせると、任せてと頷いてきた。
蒼い光が、まるで爆発したかのように、一気に解き放たれた。
『――無に帰れ!!』
「さて、行くわよ! うらぁああああああああ!!」
先程クランポールを吹き飛ばした蹴り以上の力を込めて、アムステリアは足に掴まったイレイズを蹴り飛ばした。
「サラー、今助けます!!」
イレイズの覚悟。
その想いをダイヤの拳に握りしめた。
蒼い光が輝き、クランポールの身体は氷初め、そして――。
――イレイズはダイヤの拳を握りしめ、凍ったクランポールへと突っ込んだのだった。
「な、何なの……!?」
宙に浮くエリクが驚愕していた。
その目に映った光景。
それは完全に凍結したクランポールと、それに隕石の様に突っ込むイレイズの姿であった。
周囲には砕かれたクランポールの皮膚が散らばっていく。
「これは……!? 貴方達、一体何をしたの!?」
エリクが着地した時、クランポール達は原型を留めることなく、その全てが粉々に砕かれていたのだ。
「何をって。決まっているだろ? サラーを助けたんだよ」
「炎の龍を? ハッ、馬鹿じゃないの!? あんなやり方したら中の龍まで!」
「心配するなよ、エリク。あれを見ろよ」
ウェイルが指差した先。
そこにはダイヤの腕でサラーを抱きかかえるイレイズがいた。
サラーの胸は微かに上下していた。サラーは生きている。
「どうやら成功したみたいだな」
「そ、そんな馬鹿な……」
エリクは唖然として、鞭を落としていた。
「お前はフレスやサラーを恐れていたんだろ? その気持ちは判る。どれほどの狂人だって、龍という存在が敵に回ると恐怖する。だからこそ身の安全を守るための人質にするためサラーを飲み込んだ。だがたった今それは破綻した。お前、いや、『不完全』の負けだ」
「くっ……!!」
ウェイルの話が終る前にエリクは駆け出していた。
「とにかくここから逃げないと……‼」
エリクは今までサグマールの信頼を取り続けてきた。サグマールは自分の話を信じるに違いない。
自分に都合のいい説明をして、全ての罪をウェイルとイレイズ、ルシャブテに全て被せればいい。そう考えていた。
『無駄なあがきは見苦しい』
「えっ? ――ひゃうっ!!」
フレスベルグは、エリクを巨大なツララで取り囲んだ。
それはさながら氷の牢。
「もう逃げられん。諦めろ、エリク」
ウェイルが静かにそう言うと、エリクは狂ったように笑い始めた。
「あははははははははっ!! 諦めろですって? 冗談じゃない! 私は何もしてないわ! ウェイル、貴方の方が問題ではなくって? 『不完全』の贋作士を助けて、更には逃がそうとまでしていたじゃない! 逮捕されるべきは貴方の方なのよ? サグマールがこの事を聞いたら、貴方、もうプロ鑑定士としては終わりよ!!」
「――終わりなのはお前の方だ、エリク」
「――え?」
その声を聞いた瞬間、エリクは今まで見たことが無いほど青ざめていた。
「――どうして!? 何故ここに!?」
エリクの発狂に近い問い。
それはこの男――サグマールへと向けられたものだ。




