自分の目で見る世界は、こんなにも魅力的で、残酷だ。
「うっはああああああああああああっ!! 全てを感じるうううううううううっ!! リルの全てを奪う感覚があああああああああああっ!! さいっこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ルシカの『絶対感覚』が発動した、その瞬間。
イルアリルマの耳から音が消え去り、機能が停止する。
口の中の味覚も消え去り、嗅覚も鼻が潰れたかのように臭いを感じることが出来なくなった。
「どう、リル? 何にも感じない、深遠なる闇の世界は!! ……と言っても聞こえていないか!」
ルシカはレイピアを掲げて、闇に囚われているイルアリルマの前に立った。
「リル、さようなら。そしてありがとう。貴方から奪ったこの視力で、私はこれからも生きていくわ。イドゥさんやリーダー達と、新しい世界でね!」
ただ突っ立っているだけのイルアリルマに、ルシカはレイピアを正面から大きく振りかぶった。
「――バイバイ、リル!!」
「――ええ、バイバイです、ルシカ!!」
「――え……?」
突如として、ルシカの身体は鉛のように重くなった。
震える身体を抑えながら、その原因を探る。
「な、なぜ……!?」
原因は一目瞭然。
そのか細いお腹に、何故か剣が突き刺さっていたのだ。
「ど、どうして……!? どうして私が刺されて……ゴブッ……!?」
胃から血が逆流し、もはや喋る事すらままならなくなる。
「な、何故……!? さっきの女が戻ってきて……!?」
「いいえ、違いますよ、ルシカ。私がやったんです」
「そ、そんな……、何も感じないはずなのに……!?」
「ルシカの神器は、五感を奪う神器なんですよね。言ったでしょう? 私は普通のエルフ以上に、エルフの感覚を強く持つハーフエルフなんですって。私は察覚と、そしてもう一つの感覚――魅覚を使った。ただそれだけのことです」
「み、みかく……!?」
察覚と魅覚。
どちらもエルフ族が持つ感覚で、魅覚というのは人や物の持つ魅力を、具体的な気配として感じることの出来る感覚だ。
「貴方の神器は、人間の五感を奪うことが出来る。ですが私はハーフエルフですから、感覚は七つ持っています。ルシカは今までその神器を、エルフを相手に使ったことはないんじゃないですか? だから七感を使う相手に慣れていなかった。私の察覚を奪うことは考えたのでしょうけど、魅覚については考えもしなかった。そうじゃないですか?」
「…………!!」
本来、魅覚とはこういう場面で用いられる感覚ではない。
対象物に魅力を感じてこそ、その魅力を具体的に知り、語ることが出来るという感覚。
「ルシカは私の親友です。親友のことを魅力的に思わない人はいません。ルシカ、貴方は私に魅力を感じなかった。私は貴方に魅力を感じていた。その違いが勝敗を決したのだと思います」
「……な、……なる、ほど……! 私は、貴方にとって、魅力的、って……こと……!! ……ゴフッ……!!」
逆流する血に溺れそうになりながらも、ルシカは力強くイルアリルマの方を睨んだ。
「……親友、かぁ……」
そして、その一言が最後となる。
ルシカは座ったまま、イルアリルマの方を睨み、そして次の瞬間。
イルアリルマは、彼女の身体から命を感じ取ることが出来なくなっていた。
ルシカが絶命した瞬間、神器内の薄羽が壊れ、ペンダントは機能を失った。
「…………!!」
ペンダントが壊れた瞬間、イルアリルマの瞼に光が宿る。
「これって……!? い、痛い!?」
直後にやってくる、肌から感じる細かい切り傷の痛み。
「痛い!? もしかして、肌に感覚が……。あ……!!」
瞼の裏に光が弾けて、そして。
イルアリルマはゆっくりと瞼を開けた。
「……ま、眩しい!?」
光が目に飛び込んできて、世界が一気に広がっていく。
「目が、見えます……!! 私、目が……!!」
イルアリルマの瞳は、光を取り戻した。
涙が溢れ、世界が歪む。
すぐに涙を拭って、求めるように世界を見る。
――そして見つけた。
「ルシカ!!」
今まさに、自分が殺めた大切な親友。
地面を血に染めて、力なく突っ伏しているルシカの姿。
「ルシカぁ!!」
その遺体を、取り戻したばかりの視力で捉えたイルアリルマは、すぐさま遺体に抱きつくと、大声で泣きじゃくった。
「ルシカぁあああああああああ!!」
未だ温もりの残るその遺体の表情は。
「……ルシカ……!!」
思い出の中にある、あの優しかった頃のルシカと同じ笑顔をしていたのだった。
「……私はあの贋作士を許しません……!! 優しいルシカをそそのかした、イドゥという贋作士を……!!」
涙を拭い、ルシカの遺体をそっと地面に置くと、イルアリルマはフェルタリア王宮に向かって、歩き始めた。
――自分の目でしっかりと、前だけを見据えて。




