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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
最終部 最終章 滅亡都市フェルタリア編『龍と鑑定士の、旅の終わり』
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泥棒猫 VS 強酸大蛇

「さーて、ウェイル達は無事逃げることが出来たみたいね」


 三人の足音が遠のいていった事を確認した後、アムステリアは改めてスメラギと向き直った。


「いいわ、私が相手をしてあげる」

「泥棒猫の癖に、偉そうに……!」

「だーかーらー、その泥棒猫ってのは、止めてもらえるかしら? 別に貴方から何も奪ってはないじゃない?」

「奪った! お前はるーしゃの心を奪った! るーしゃの心は私だけのものなのに! 許せない!!」


 ギリギリと歯ぎしりしながらスカートを握るスメラギ。

 対してアムステリアは、呆れたように嘆息した。


「あのねぇ、あの子の心はあの子だけのものでしょうよ。決してアンタのものじゃないわ。それにね、私はルシャブテのことなんて、これっぽっちも想っちゃいない。それなのに勝手に好かれて、勝手に嫉妬されて、もううんざりなのよ。私からすればいい迷惑なんだから」

「ふん! 盗人猛々しい!」

「言葉の意味、判って使ってんのかしら……?」


 ちらりとアムステリアが背後を確認したが、味方は誰一人いない。

 自分一人、完全に酸の壁に閉じ込められたらしい。

 スメラギは本気で一対一の勝負がしたかったようだ。


「邪魔者はいない。前みたいに攻撃を読まれることもない。チャンス!」


 確かにイルアリルマが傍にいない以上、攻撃を避けるのは困難だ。


「本当にチャンスかどうか、その身で確かめてみることね!」


 直後、アムステリアは力の限り地面を蹴る。

 石畳の床にひびが入るのと同時に、アムステリアは凄まじい勢いで跳躍した。

 このまま一気に、スメラギへと接近して蹴りを放つ。


「へへん、直線すぎ!」


 目にも止まらぬ速さの跳躍であったが、スメラギの動体視力も超人級だ。

 直線的な蹴りは、軽く躱され空を切る。 


「もう泥棒猫の蹴りのリーチは見切った。余裕」

「随分舐めたことを言ってくれるじゃない……!」


 今度は連続して蹴りを浴びせた。


「これならどう!?」

「何度やっても同じ!」


 わずか十秒間に百発近くの蹴りを放ったが、ヒットしたのはその一割だけ。

 その一割すらも、スメラギはきっちりガードしていた。


「ほんっと、憎ったらしいほど肉弾戦も強いのね……!」

「今度はこっちの番!」


 スメラギは両手の手袋から、ジワリと緑色の酸を生み出した。

 魔力を込めると、酸はすぐさま滝のように溢れ出す。


「全部、ぜーんぶ、溶かしてあげる!!」

「く……!!」


 大量の酸は、一気にアムステリアに向かって流れ込んでくる。

 すぐさま地面を蹴って酸を避けたが、スメラギは矢継ぎ早に次の一撃を放ってきた。


「まるで隙がないわね……!!」


 出来る限りギリギリまで引きつけて避けなければ、スメラギは避けた先を狙ってくるはず。

 無論アムステリアの動体視力があれば、ギリギリで避けるくらいは余裕で可能だ。

 だが避けることに集中することになるので、反撃に転じることは難しい。

 イルアリルマがいない以上、回避と攻撃を同時に行うのは不可能だ。


「ちょこちょこ避けて面倒! さっさと当たって死んじゃって!」

「ああもう、埒が明かないわね!」


 スメラギとしても、いつまでもアムステリアが避け続ける為、魔力を放出し続ける羽目になっている。

 互いに好転しない歯がゆい展開に、ストレスだけが募っていった。

 周囲から酸で溶けた影響で発生した煙が立ち込める。

 煙で視界はどんどん悪くなり、互いに姿が見えにくくなっていく。


 こうして煙が周囲を包み込んで、五分ほど経過した頃だろうか。


「アハハ、そろそろかな!?」


 じれったそうに攻撃を続けていたスメラギの手が、ようやく止まった。


「あら、何がかしら?」


 アムステリアは余裕そうな笑顔を返したが、突然の攻撃ストップに、嫌な予感は拭えない。


「何って、この戦いもそろそろ終わりってこと! 泥棒猫、死亡! アハハハ!」

「だから泥棒猫って呼び方は止めてよね。それに勝手に殺さないでくれる?」

「死んだも同然ってこと! だって、次の攻撃は絶対に避けられないから!」

「あら、どうしてかしら?」

「それは喰らってみたら判るよ!」

「だから喰らいたくないんですってば」


 次の攻撃に備えて身構えるアムステリア。

 スメラギのモーションは、先程と同じように手袋から酸を生み出して――


「……さっきと違う……!?」


 ――ここでスメラギの動きが変わった。


「この神器『強酸手袋(アッシドハンド)』の本当の恐ろしさ、見せてあげる!」


 スメラギは祈る様に両手をパンと重ねると、その手を天へと突き上げた。


「私だって龍を使える。こうやって!」


 間欠泉の様に空へと打ち上げられた強酸は、空中で集まり一つの塊となる。

 そしてその塊は、徐々に形を蛇の様な姿へと変えていった。


「蛇みたいな形……!?」

「蛇じゃない! 龍!」


 緑色の液体で出来た蛇のような龍が、アムステリアを食らわんと、空から大きく口を開けて落下してきた。


「名付けて『強酸大蛇(アッシド・ヒュドラ)』! どう? かっこいいでしょ!?」

「そのまんまの名前じゃない……!!」


 そう皮肉を垂れてはみるが、このままでは非常にマズイ。

 この酸の龍の恐ろしさは、その迫力と経験則でよく伝わってくる。

 少しでも接触すれば、その部分は一瞬で溶けてしまうだろうし、その前に質量で押し潰されてしまう。

 これだけ巨大な技だ。避けるのは至難の業だろう。

 ギリギリまで引きつける時間は一切無い。

 だから全力で逃げようとアムステリアが周囲を確認した瞬間である。


「……あらら、そう言うことね……!!」


 スメラギが言い放った『次は避けられない』という意味が、今ようやく理解出来た。


「なるほど、最初からこれを狙っていたのね……!!」


 スメラギが何度も何度も撃ち放っていた強酸は、それら一つ一つに全て意味があったようだ。

 煙で視界が悪くて気づかなかったが、放たれた酸は巨大な壁となって、いつの間にかアムステリアの移動可能な範囲を少しずつ狭めていたのだ。

 酸の壁が邪魔となり、この大技を避けるためのスペースは完全に無くなっていた。


「く……!! 避けようがないわ……!!」

「アハハハハハハ!! ついに泥棒猫を! どろっどろのヘドロにする時が来た! アッハハハハハハ!! 溶けちゃええええええええええええええ!!」


 背後や周囲には酸の壁。

 そして目の前に迫りくる、大蛇の形を象った強酸の塊。

 絶体絶命とは、まさにこのことなのだと、アムステリアは苦笑する。


(……久しぶりね、この感覚)


 己の死を、恐怖として感じたのはいつ振りだろう。

 走馬灯というのはまさにこのこと。

 様々な過去の思い出が駆け巡る感覚。


 咄嗟に思い浮かんだのは、初めてウェイルと出会った、あの日のこと。

 『不完全』が操る、敵の神器の魔力を弱める神器の影響で、身体から力が抜けて、敵に成す術なくやられていた時のこと。

 あの時、ウェイルが助けてくれなければ、今ここに自分はいない。


(そういえばイドゥ達も持っているのよね、あの神器……!!)


 ラインレピアにて不意打ちを食らったことを思い出す。

 アムステリアが心臓の代わりに埋め込まれた神器『無限龍心(ドラゴン・ハート)』は、イドゥを前にした時、一気に魔力を弱められた。

 ウェイルやフレスベルグを守ることが出来ず、歯を食いしばるような思いをしたものだ。


(……あの時に比べたら、身体が動くだけましね……!! 幸いスメラギは例の神器を持っていないようだし……!!)


「アッハハハハハハハハ!! みんな、み~んな、溶かしてあげる!!」


 勝利を確信して高笑いを上げるスメラギに対し、アムステリアは誰にも聞こえないほどの小さな声で、ボソっと呟いた。


「本気、出しましょうか……!!」


 ――その瞬間、アムステリアの胸元に、溢れんばかりの光が集まっていく。


「……魔力光? でも関係ない!!」


 一瞬、魔力光がアムステリアを包んだので、ドキッとしたが、すでにアムステリアが何をしようが避けられない位置に酸の大蛇はいる。


 ――そのわずか0.1秒後。


 酸の龍は、アムステリアの身体を飲みこみ、そのまま地面に叩きつけた。


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