帰郷
「そういえば、フロリアとニーズヘッグはどうしたんだ?」
「あの二人はちょっと用があるとかで、昨日の夜にこっそり出て行ったのさ。でも心配は入らないよ。彼女達にも何か抱えているものがあるみたいだったからさ。いざとなれば、きっと来てくれるよ」
「レイア、随分とあの二人を買っているんだな」
「まあね。なんだかんだ言って、フロリアって子は才能に溢れている。あの『セルク・ラグナロク』の模写を見れば誰だってそれを痛感するさ。『セルク・ラグナロク』は、ルミエール美術館で見たことがあったのだけど、本当に細部までそっくりだったよ。この僕が思わず驚いちゃったくらいだ」
「お前がそこまで褒めるなんて珍しいな」
「実力者なのは間違いない。ただ裏切る可能性だってあることは考慮しておかないとね。でも今回に限ってはその可能性も薄いと思う。もし裏切る気なら、最初から向こう側についているよ。彼女がこちら側に一瞬でもつくメリットって、なに一つないからね」
「確かにな」
ウェイルも、ここに来てフロリアが裏切ることはないと思っている。
フロリアの行動原理の根本には、とある人物の存在があるからだ。
王都ヴェクトルビアの王――アレス公。
リベア社による王都ヴェクトルビア買収事件以後、フロリアはアレスの元へいたというし、実際アレスの為だけに色々と暗躍していた。
――アレスの為。それが今のフロリアの心の根底にある。
ならば信頼してもいい。そう結論付けていた。
「ウェイル、目的を再確認しておこう。僕らの最終目的はフェルタクスの起動を阻止すること。その為には何をすればいいか、理解しているかい?」
「ああ。フェルタクスの起動には四つの要素が必要だ。カラーコイン、ピアノ奏者、三種の神器、そして龍。これら全てを俺達が掌握する」
「その通り。シュラディンさんの話だと、その中でもカラーコインとピアノ奏者は必須のようだね。フェルタクスはピアノを弾くようにして操作すると言ってたからね」
「そうだ」
自分の名前が出てきたということで、シュラディンも話に割って入って来た。
「ウェイルにテメレイアよ、そういう話は皆にもしないとならんぞ」
見れば汽車に乗っている全員が、二人にジーッと視線を送っていることに気づいた。
フレスとアムステリアにいたっては、呆れたような白けた目線だった。
「むぅぅぅ、ウェイルってば、昨日からずっとレイアさんとばっかりお話してる……」
「ほんとそれよねー。なんだか除け者にされている気分。ここに来て隠し事というのはいただけないわねぇ」
チクチクと刺すような視線と嫌味。
微妙に縮こまるウェイルに苦笑しながら、テメレイアがフォローに回った。
「ごめんね、別に皆に隠していたわけではないのさ。話をある程度まとめてから伝えようと思っていたんだよ。そうだね、いい感じに話もまとまったし、皆、聞いてくれるかい?」
テメレイアはぺこりと頭を下げて謝ると、皆を周囲に集めた。
「僕らの目的は、イレイズさんを救出することも勿論あるけれど、それ以上に重要なのが三種の神器の一つ『フェルタクス』の起動阻止だ。フェルタクスの起動を阻止さえすればイレイズさんだって助かる。だから何を置いても最優先にフェルタクスの起動阻止に向かって動いて欲しい」
「フェルタクスの起動には四つの要素がある。ピアノ奏者、三種の神器、カラーコイン、そして龍だ。もっとも、龍についてはどこまでが必要な要素なのかは定かではない。敵が龍について集めていることは知っていると思うが、エリクの情報だと起動すること自体には龍は必要ないという。エリクは制御といっていたからな」
「無論『セルク・ラグナロク』にも龍は描かれているから、何かに必要なのは間違いない。一番考えられる線は、フェルタクスに必要な魔力源かな? まあこれは仮説だからね。可能性を考え始めたらキリがない。実際に詳しい情報は何一つないんだからね」
ウェイル達の持っている情報は、あくまで大昔に書かれたインペリアル手稿の内容と、エリクの証言だけだ。確実なことは何一つない。
「それでも僕はこの説を推すよ。僕は神器について書かれているインペリアル手稿を読み解いたけど、そこには龍は糧とするとあった。糧とは、おそらくフェルタクスを使用する際の魔力のことだろうね。だけど魔力が必要になるのは起動した後に、維持をするためだ。起動すら出来ない神器に、糧など必要ないからね」
「シュラディンの昔話を聞いても、起動という行為自体はピアノ奏者だけで行われた可能性が高い」
「そうさなぁ。確かにあの場に糧となった龍はいない。あの場で見たのは、狂ったようにピアノを弾く奏者だけだ。それと陛下がこっそりとコインを抜いていたことは知っている」
それを譲り受けたシュラディンは、もう二度と八枚が揃わぬよう、バラバラにして市場に流した。
「だから当面はピアノ奏者とカラーコインの確保に努めればいい。勿論カラーコインは敵が一括して持っているだろうから、戦闘になるのは避けられないと思うけど」
戦闘になるのは百も承知の上。
皆そう思っているのか、深く頷いていた。
「ここにフェルタリアの地図を用意したんだ。昨日のうちに用意できなくてごめんね。探すのに結構手間取ってさ」
バッと古びた地図を、床に広げた。
「この地図は古いけど、二十年放置されているフェルタリアのことだから、朽ちて崩壊することはあっても新しい建物が建つことはない。つまり地形はほとんど変わっていないはず。だから皆、この地図を頭に叩き込んでおいて。シュラディンさん、フェルタクスはフェルタリア王宮内にあるんだよね?」
「そうだ。王宮の、それも王専用書斎内の隠し扉の先にある。当時のままであれば案内も可能だ」
「えっと、ボクもその場所、知ってるよ! ライラとおじさんと行ったもんね!」
「そんな場所があったのか……。記憶にないな」
「そりゃ陛下は、実の息子であるメルフィナにすら秘密にしていたのだからな。お前さんが知らなくて当然だ」
「判った。なら王宮内の案内はシュラディンさんとフレスちゃんにお任せしよう」
王宮内は広く。素人ならば迷いかねないくらいに。
道案内役が二人もいるのは、成功確率を上げる意味でも非常にありがたい。
「フェルタリア駅から王宮まではそこそこ距離がある。住人達は一人としていないが、どこぞのならず者や逃げた犯罪者が住み着いている可能性はあるし、『異端児』が見す見す俺達を王城に入れるとは考えにくい。何か罠があると考えた方がいい」
「同感だね。だからこそ王宮内の事を知っているシュラディンさんとフレスちゃんを中心として、二つの班に分けたいと思う。どちらかに何かあっても、もう片方が無事なら王宮内は案内可能だ」
「どちらも無事であることを祈るだけだ」
その後も詳しい潜入ルートを、テメレイアとシュラディン主導で決めていく。
「よし、班はこれで決まったね。現地ではこの班で動こう。もっとも戦闘になればバラバラになる可能性はある。そうなった時はシュラディンさん、フレスちゃんを最優先に逃がして欲しい」
皆一様に頷き、反論意見も出なかった。
これからしばらく、戦闘が続いていくはずだ。
道に迷うなんて初歩的なことで、余計な体力と時間を浪費するのは以ての外だ。
だから皆熱心に自分達の役割を考え、移動ルートを頭にたたき込んでいく。
「――見えてきたね」
汽車がマリアステル出発して、そろそろ五時間。
窓の先から、滅亡都市フェルタリアの姿が、少しずつ見えてきた。
山間部に隠れるようにしてひっそりと佇む、懐かしき我が故郷。
焦る気持ちと、トラウマからくる嫌悪感。
そのどちらに挟まれながらも、ウェイルはじっくりと故郷の姿を見据えていた。
――汽車は間もなく巨大な城門を通過する。
フェルタリアを守っていた巨大で分厚い城壁だ。
城壁を背中にしたところで、大きく汽笛がなった。
ついにウェイル達を乗せた特別列車は、滅亡都市フェルタリアへ突入を果たした。
「皆、もう着くぞ……!!」
「いよいよだね」
「……なんだか変な気分だよ。懐かしいような、悲しいような、ね」
汽車がスピードを緩め、そして止まった。
ウェイルを先頭に、テメレイアとフレスが続いて汽車から降りる。
そして全員が静寂に支配された雑草生い茂るフェルタリア駅ホームへと降り立ったのだった。




