影の正体
フレスとイレイズのやり取りの間、ウェイルはエリクの注意を引く為、一人クランポールへと立ち向かっていた。
口から吐き出す真珠色の体液に毒性は無いものの、非常に強い粘着性がある。
直撃を受ければ、その粘着力により身体の自由を奪われるので、とにかく避けるしかない厄介な代物だ。
また頭と尾が鞭のようにしなりながら襲ってくるので、それらの直撃も避けなければならない。
あれだけの巨体から放たれる重い一撃だ。一発一発が致命傷になりかねない。
まさに一撃必殺な威力の攻撃を、ウェイル全て紙一重のところで避け、また隙を見つけては氷の刃で斬りつけ、反撃を加えていた。
「くっ……、あまり手ごたえを感じない……! やはり頭か尾、どちらかをぶった切らないと……!!」
威力の大きいクランポールの一撃だが、その分隙も大きい。
頭部の攻撃を避けた直後、それがしなりを上げて帰ってくるまでに隙がある。
ここが奴のクビを飛ばすチャンスだ。
「いい加減、くたばりやがれ!!」
喉元晒したクランポールへ、ウェイルは氷の刃で一閃。頭部の切断に成功した。
しかしクランポールは切断面から体液を吹き出すだけで、その動きは止まらなかった。
「……頭と身体が離れて、まだ生きているのか……!!」
頭と尾、二つの脳を持つクランポールは、片方を切断されただけでは息絶えない。
苦痛で大暴れするクランポールの尾を切り裂くのは困難。
巻き込まれないように距離をとりつつ、尾の口から飲み込まれたサラーを救出する方法を考えながら、状況を窺っていた。
――だが、ウェイルは一つ失念していた。
クランポールの方ばかりへ意識を向ける余り、その召喚者であるエリクへの警戒を怠ってしまっていたのだ。
「――さあ、完成よ! おいでなさい、クランポール!!」
エリクの声を耳にして、ハッと気づく。
「召喚術の魔力光!? まさか……もう一体召喚するのか!?」
「気づくのが遅すぎるわ、ウェイル。そのまさかよ!」
エリクはウェイルがクランポールと戦闘している最中、こっそりと新たに召喚陣を描いていた。
召喚陣が完成し、術式を発動。
神獣クランポールの二体目が召喚されていた。
「くっ、流石に二体目の召喚は堪えたわね……! これでもう魔力は空っぽよ。でもこれでチェックメイトね!!」
自分に残る全ての魔力を術式に注いだエリクは、二体目の召喚術に成功したのだった。
――●○●○●○――
――フレスが確認できた状況はここからになる。
「あははははははは!! いかに貴方が強いからって、クランポール二体を同時に相手は出来ないでしょう?」
「この状況で召喚術とは、やってくれるな……!!」
新たに召喚されたクランポールは、敵と定めたウェイルに対し、大きく咆哮した。
サラーを飲み込んでいる方を含めた二体のクランポールが、止め処なく尾を鞭のようにして攻撃を重ねてくる。
「……ちっ、いくらなんでも二体同時はキツすぎる……!!」
氷の剣で必死で攻撃を受け流すが、それだけで精一杯。
何せ今まで一体のクランポールでもギリギリの戦いだったのだ。
それが倍ともなると、反撃する余裕すらもない。
必死に防御に回るも、それでも尾が頬を掠めて血が流れた。
(生半可な反撃は意味がない……! だがさっきみたいに喉元へ潜り込む隙もない……!!)
クランポールの皮膚は、それこそ精錬された鋼鉄並みの強度がある。
並みの攻撃では傷一つつくことはなく、ダメージだってほとんどない。
やるとしたら喉のような比較的柔らかい部分を狙うことだが、さっきの二倍の手数を出してくる相手に、そんな隙が生まれるはずもない。
ましてやクランポールの片方には飲み込まれたサラーがいる。
上手く隙を狙ったとしても、サラーのことを配慮して攻撃を加えなければならないが、この状況ではそれもまた難しい。
「ウェイル! 危ない! 後ろ!!」
「何……!?」
フレスの忠告で後ろを振り返ると、クランポールの尾が目前へと迫っていた。
二体の撃を受け流すウェイルには、どうしたって隙が出来てしまう。そこを狙われた形だ。
不運なのはその時、攻撃を受け止めたばかりの体勢でバランスを崩しており、避けるどころか動くことさえ出来なかったことだ。
「クソッ!! ――――」
――激しい打撃音が、地下会場に響き渡った。
「あはははは!! バカな人! クランポールを二体同時に相手して、なんとかなると思ったの!?」
エリクの高笑いが耳に障ったが、その笑いはすぐに虚空へと消え失せた。
「――怪我はないかしら、ウェイル?」
「アムステリア!?」
何故なら、間一髪のところでアムステリアが間に入り、しなる尾を蹴り飛ばしていたからだ。
「何とか間に合ったようね」
「た、助かったよ……!」
「危ないところだったわね、ウェイル。もう大丈夫よ。この私に任せなさい?」
「むぐ!」
ひしっとアムステリアに抱きつかれ、その豊満な胸に顔を埋められた。
一瞬だけ心地の良い柔らかさに包まれたが、その感触をじっくり味わう前に呼吸困難に。
せっかく助かったというのに、今度は命の恩人の胸に殺されそうだ。
「テリアさん、無事だったんだね!」
「私があんな雑魚にやられるわけないでしょ、と言いたいけどね。無傷じゃないの」
アムステリアの服はベットリと鮮血で染まっていた。
「テリアさん、怪我したの!? その血!?」
「これ? ま、ちょっと油断しちゃって血塗れにはなったけどね」
「どうしてピンピンしてるの!? なんで無傷なの!?」
「さて、どうしてかしらね。それに無傷じゃないわ? 見なさいよ、このドレス! 結構高かったのに、血に染まるし切り刻まれるし!」
「え? そこ?」
思わず目が点になるフレスである。
「アムステリア……! 赤髪の悪趣味男は何をやっているのかしら!?」
「あんな軟弱な男を私に仕向けるだなんて、ちょっと見くびっているんじゃなくて?」
「ちっ、ルシャブテ。ほんと使えない男」
「それは同意してあげる」
先程フレスが見た素早い影の正体は、アムステリアであったわけだ。
「いい加減、離れろ、アムステリア!!」
窒息する寸前でどうにか胸から脱出したウェイル。
「はぁはぁ、殺されるところだった……」
「……ねぇ、ウェイル。貴方の顔、傷があるけれど……。もしかしてやつに?」
「あ、ああ、油断した」
「……あの女……!! 私の大切なウェイルの顔に傷を……!! 絶対に許さないわよ……!!」
アムステリアは、全身から殺意を放ちながら、鬼のような形相でエリクを睨みつけた。




