天才ピアニスト、ライラ
「ライラ……。その名前はフレスからよく聞いているよ」
「そうか。彼女はフレスの親友だ」
「違うよ! 親友じゃなくて、大親友なんだよ!」
「そうだな。ライラはワシにとっても娘の様な存在だった。彼女は飛びぬけた才能を持つ天才ピアニストだったのだ。おそらくアレクアテナ史において、彼女と渡り合えるピアニストは数えるくらいしかいない」
「ライラってば、本当にピアノが上手なんだよ。それにピアノだけじゃなくて、作曲の方も天才的でさ! ボク、ライラの作った曲が大好きだったんだ!!」
しみじみとライラのことを語るフレスは、本当に幸せそうだ。
「『フェルタリアピアノコンクール』で金賞を受賞したんだよ!」
「あの『フェルタリアピアノコンクール』の優勝!? ……へぇ、そりゃ本物だね」
テメレイアは、そのコンクールの存在を知っていたのか、驚きながら感心していた。
「そんなに凄いコンクールなのか? 俺も名前だけは聞いたことがあるんだが」
「音楽について語る上では欠かせないコンクールさ。現在プロとして活動している年配ピアニストの大半は、このコンクールの表彰者さ。音楽家の登竜門的存在だったのだよ。フェルタリアが消え、コンクールの開催が無くなったと知り、多くの音楽家が悲しんだものさ」
「ライラは『フェルタリアピアノコンクール』最後の金賞受賞者だ。ワシはそれまで何度もコンクールに足を運んだが、その中でもライラの才能はぶっちぎりだった」
「師匠がそこまで評価するとは、よほどなんだろうな」
「そりゃそうだ。何せライラは、即興で弾いた曲で金賞を獲ったんだからな」
「アドリブだったってこと!? ……ちょっと想像できないレベルだね……。一体どれほどの曲だったんだろう……?」
「彼女の奏でる旋律を聞けば、金賞は誰もが納得だった。会場中が音を耳に入れることのみに集中し、感動のあまり意識を失う者まで現れる始末だった。それに彼女のルーツを考えれば元々素質はあったんだ」
「ルーツ?」
「驚くなよ? ライラはあの天才音楽家『ゴルディア』の血を継いでいる」
「……はぁ!? ゴルディアだとっ!?」
いくら音楽に疎いウェイルでも、その名前を聴けば驚かざるを得ない。
これにはテメレイアも口をあんぐりさせるしかなかった。
「ゴルディアかぁ。そう来ましたか……」
「天才のルーツには同じく天才がいたということか」
「あのね、ウェイル、レイアさん。勘違いして欲しくないから言うけど、ライラはゴルディアって人の孫だから凄いってわけじゃなかったんだよ? そんな事は一切関係なく天才だったんだよ。ね、おじさん!」
「ああ。ライラの才能に、ゴルディアはあまり関係ないだろう。ライラだって、時代が時代なら歴史に名を残す音楽家になっていたはずだ」
ゴルディアの血を継ぐ天才ピアニスト。
もし彼女が今も健在であったなら、シュラディンの言う通りアレクアテナ大陸の歴史に名を残す逸材だったのかも知れない。
「……だからこそ、ライラは殺されたのだ。天才すぎたが故にな」
「…………」
これから先はフレスにとっても辛い話になる。
でも、それでもフレスは顔を上げて、口を開いた。
「ボクがフェルタリアで封印から解放された時にね。ボクはライラの大切な手を傷つけてしまったんだ。ピアニストとして命とも言えるその手をね。当時のボクは人間なんて大嫌いだったから。でも、ライラは痛みに耐えて、笑いながらさ、「友達になろう」って、そう言ってくれたんだ。その時からね、ボクは人を傷つけることは止めようと、そう誓ったんだよ。ボクはライラをずっと守ると決めたんだ。だけど結局ボクはライラを守ることは出来なかった……」
「嫉妬とは怖いものだと、その時ワシは痛感したものよ。ライラの才能を嫉んだフェルタリアの貴族が、ライラを殺したのだ」
「ニーズヘッグが殺したのではないか?」
フレスとウェイルが初めて出会った夜、フレスは復讐をしたい者がいると、そう言っていた。
今までの話から、ライラという少女はニーズヘッグに殺されたものだと思っていた。
「ニーズヘッグが直接手を下したわけじゃないよ。でもニーズヘッグは、ボクがライラを助けるのを邪魔したんだ! ニーズヘッグが殺したようなものなんだよ!!」
バサァと翼が現れる。
フレスの握る拳が、フルフルと震えていた。
「殺したのはアイリーンという貴族の娘だ。アイリーンはライラの楽曲を盗み出しただけでなく、彼女の命を直接奪った。貴族のプライドを殴り捨てて、『不完全』を後ろ盾にしてな」
「『不完全』……!!」
ついに名前が登場したウェイルの故郷の仇、『不完全』。
「『不完全』がどうしてそんな貴族の娘を!? 貴族という資金と後ろ盾が欲しかったのか!?」
「違う。あの事件は一応『不完全』が関わってはいたのだが、それはとある者が『不完全』を利用していただけだ」
「とある者?」
「そうだ。これを話すには、先にウェイル、お前さんのことを話さねばならない」
「……それは俺が王家の影武者だということか?」
「な――ッ!?」
――どうしてお前がそれを知っている!?
シュラディンの驚く顔と目はそう告げていた。
「師匠、俺はすでに自分のことをある程度知っている。だからもう何も隠さないでくれ。頼む」
「……そうか。全て知ってしまったのか……。しかしどうして……!? ウェイルのことを知る人物は、もうワシ以外には……」
「いるだろう。――俺の本物がな」
「メルフィナのことまで知っているのか!?」
「知っているも何も、奴から全てを聞いたのさ」
「メルフィナが生きているだと……!! ……そうか、お前が唐突にフェルタリアのことを訊きたいと言い出したのは、そういうことか」
「正直に言えば三種の神器のことを訊きたかったんだ。そしてその三種の神器を追った先に、メルフィナはいる」
「お前の故郷フェルタリアを滅ぼしたのは、他ならぬそのメルフィナだ。奴は三種の神器『フェルタクス』を起動させた。天才ライラの作りし楽曲を用いてな。だがライラの曲だけでは『フェルタクス』の起動には不十分だった。フェルタリア王は、最後の最後に『フェルタクス』の起動に必要な神器を奪い、それをワシに託したのだ。メルフィナはそのことを知らず、また魔力不足の状態で『フェルタクス』を中途半端に起動させた。それが仇となり、結果があの光景だ。フェルタリア全土を包んだあの光の柱は、フェルタリアの全ての音を奪い去った。フェルタリアは滅びたのだ。全てはフェルタリアの王子であるメルフィナのしでかしたことだ!!」
全てはメルフィナという王子様のしでかした、一都市の消滅。
ウェイルはフェルタリア王家の影であった。
だが、自分自身が育った故郷ということに変わりは無い。
「メルフィナ……!! 到底許すことは出来ない……!!」
「ボクも同じ気持ちだよ……!!」
故郷の仇を憎む気持ち。
それはフレスにとっても同じこと。
大切な親友と共に過ごした思い出の場所を、たった一人の無責任な行動によって奪われたのだから。




