失う痛みは同じ
意気消沈していたフレスは完全に復活を遂げた。
その様子を忌々しげに見ている者がいる。
――そう、エリクだ。
フレスが過去を告白している最中、エリクは一切手を出してこなかった。
おそらくフレスが過去の事を語ることでウェイルを動揺させ、あわよくば仲間割れさせることを目論んでいたのだろう。わざわざフェルタリアに関する情報を漏らしたのもそのためだ。
だが、その作戦は完全に失敗した。
そもそもそんな手に踊らされるウェイルではない。
確かにフレスの告白は衝撃が大きかった。
しかしそのことでフレスを憎むようになるなんてことは絶対に無い。
まだほんの数日の付き合いではあるが、ウェイルはフレスを心底信頼している。それでなければ、たとえあの場で言い間違えたとて絶対に弟子にはしない。
仲間割れどころか、逆に二人の絆を深める結果となった。
「ちぃっ、仲間割れすると思ってわざわざ放置していたのに……!!」
そんな愚痴を吐くエリクを、ウェイルは鼻で笑ってやった。
「俺達が仲間割れなんてするわけないだろ? なぁ、フレス!」
「もちろんだよ!」
寄り添うようにウェイルへと寄ったフレスも相槌を打つ。
「だってウェイルは、ボクの最高の師匠だもん」
「ああ、お前も最高の弟子だ。食いすぎるところ以外はな」
「ここでそれを言う!?」
計算が狂ったのが相当腹立たしいのか、エリクはその整った顔を酷く歪めた。
「どうしたエリク。いつもの冷静沈着な顔が、随分とブサイクな顔になってるじゃないか。いつもみたいに得意げに眼鏡の位置を直せよ。時間ならやるぞ?」
「滅亡した王家の生き残りの癖に、いい気になりやがってええええっ!!」
挑発するウェイルに対し、鬼の形相となって怒鳴り散らしたエリク。
「奴等を轢き殺せ!!」
興奮気味にエリクは魔獣クランポールに命令を下した。
怒り心頭のエリクを乗せて、クランポールがウェイルに向かって突っ込んでくる。
「奴は俺が引き付ける。フレス、イレイズを頼む」
「判ったよ!」
ウェイルの指示で、フレスはすぐさま倒れているイレイズを助けに向かった。
――●○●○●○――
「イレイズさん、大丈夫? 今、安全な場所に……イレイズさん!?」
フレスは倒れていたイレイズに肩を貸そうとしたが、差し伸べた手は払われてしまった。
まさかの拒否に驚いて、目を丸くしたフレス。
「ど、どうしたの!? 早く安全な場所に逃げないと!!」
「ありがとうございます。でも、それは要らない心配ですよ」
腕にも足にも力が入らないのか、ガクガクと震えているイレイズ。
それでも懸命に身体を起こそうとするその姿に、また手を差し伸べようかとも思ったが、イレイズの瞳は拒否の色を示していた。
「私達は『不完全』と決別したとはいえ、扱いはまだ犯罪者です。立場上、鑑定士であるウェイルさんやフレスさんと、これ以上馴れ合うわけにはいきません。それにサラーは私の大切なパートナー。今も、そしてこれからも私自身が守らねばならない!」
イレイズはクランポールに飲み込まれたサラーを取り戻すことをしか考えていない。
ダメージを負ったその身体で、命を賭してまでサラーを助けるつもりだ。
イレイズの激しい剣幕に気圧されて、フレスはもう彼に手を差し伸べることは出来なかった。
「判ったよ、イレイズさん。ボクはもう貴方を助けない。でも絶対に死なないでね。龍だって、パートナーを失ってまで生きていられるほど、強くはないから……!!」
世界最強の神獣とされる龍ですら、大切な人を失う気持ちは人間と同じだ。
フレスはそのことを痛いほど知っている。
二十年前にも、そして今も。
そんな心配を払拭するようにイレイズが言った。
「大丈夫です。私にはまだ、サラーと共に成すべきことがありますから。こんなところで倒れる訳にはいきません」
うん、と互いに頷きあった、その時。
ウェイルがいる方から、エリクの狂気交じりの笑い声が聞こえてきた。
「あははははははは、これでどう? いかに貴方が強いからって、クランポール二体を同時には相手出来ないでしょう?」
フレスの目には、ウェイルの前に立ち塞がる二体のクランポールが映し出されていた。
「ウェイル! 危ない!」
ウェイルの死角からクランポールの尾が迫っている。
それを止めるべくフレスは走った。
「……え……!?」
その時フレスは、隣から自分よりも素早い影が動くのを見た。




