命に代えても。
「ねぇ、ウェイル。この封筒に何が入っているか判るかい?」
「『インペリアル手稿』の解読メモだな?」
「正解。流石だね」
「え!? あのインペリアル手稿を解読したの!?!?」
しれっと二人は流したが、これにはアムステリアやフロリア、あのエリクまでもが口をあんぐりとさせていた。
「この娘、一体何者なの!?」
「想像を遥かに超える天才がここにいるよ!?」
「嘘でしょ……?」
本人を目の前にして、そんな感想を言いたくなる気持ちはよく判る。
なにせアレクアテナ大陸最大の謎とされる代物が、こんなにあっさり解読されているのだ。
ウェイルだって最初聞いた時は驚いたものだ。
そんな皆の驚く反応など一切気にせず、テメレイアは続ける。
「セルクはインペリアルに全てを託すと最後に書いている。だからウェイル達がエリクさんを連れに行っている最中は、このメモとブログを照らし合わせていたんだ。そうしたら一つ判ったことがある」
「……何が判ったんだ?」
「……これはね、正直僕も解読していてショックだったんだけどね……。信じられなかったけど、エリクさんの証言を聞いて理解したよ。思えば『不完全』はこのことを知っていたんだね。彼らの解読力も凄まじいものがあるよ」
「レイア、もったいぶらずに早く言ってくれ」
「判った。フレスちゃん、『セルク・ブログ』にはこうあったね。神たる龍を糧にして、と」
「……うん」
「この意味わかるかい?」
「……なんとなく判る気がするよ」
――糧。
以前これを読んだ時も妙に気になった一文字だ。
「インペリアル手稿にはこうあった。フェルタクスの操作にはカラーコインと、そして龍が必要不可欠だと。龍の持つ無限の生命力を、フェルタクスに用いた時、フェルタクスは初めて真の姿を現すと。そしてこうもあった。フェルタクスを完全に制御するためには、龍を――永遠の眠りにつかせる必要があると」
「えい、えん……?」
ウェイルは、その言葉の示す意味を、一瞬で理解する。
「つまりそれって……」
「判らない。これだけではね」
「だがもっとも判りやすく表現するなら――死ってことだろう?」
「判らない。直接的な表現ではないから。もしかしたらとても長い封印ということかも知れない。無論、永遠というのだから、数年、数十年どころの騒ぎではないと考えられる」
「……待てよ、『不完全』は龍を欲していたよな……。それにエリク、お前は噂で龍を集めるのは何かを制御する為と、そう聞いたんだな……?」
「……ええ、そうね」
すでにこの場の皆は予想できている。
どうして『不完全』が龍を集めていたのかを。
「『不完全』は、龍の魔力を使ってフェルタクスを制御するつもりだったんだ……!! ――龍を犠牲にしてでも……!!」
――龍を犠牲に。それはすなわちフレスを犠牲にするということ。
チラリとフレスの方を見る。
ほんの少しではあるが、フレスの顔には不安の色が差していた。
フレスを犠牲になんて、絶対にさせない。
「『異端児』はフェルタクスを操るつもりなんだな、フロリア!?」
「わ、わからないよ! イドゥは何も教えてくれなかったんだからさ!」
「だが、『異端児』とかいう連中がケルキューレを手に入れたということは、つまりそういうことなのだろうさ。……となると、そろそろ僕も危ないのかな……!!」
テメレイアは今『アテナ』を操る鍵となる神器を持っている。
もしフェルタクスの起動に『アテナ』が必要であるならば、テメレイアも非常に危険な状況にある。
「ははは……、変だな、命を狙われることは初めてじゃないのに、今回ばかりは寒気がするよ……」
今回の敵は、あまりにも得体の知れない連中だ。
いくらテメレイアが、これまでにも危険な状況を経験してきたとはいえ、決して恐怖を超越しているわけではない。
全てに気付き、命を狙われていると自覚した時、彼女の身体は少し震えていた。
「大丈夫じゃ。レイアはわらわが守る」
そんなテメレイアの身体を、ミルが後ろからギュッと抱いた。
「わらわはレイアに守ってもらった。次はわらわが守る番じゃ。命に代えても、必ず守り通す」
「…………」
――命に代えても。
その一文に、妙な不安を覚えたテメレイアは、震えは止まったものの、素直に首を縦に振ることが出来なかった。
――そんな時。
少し乱暴なノックがしたかと思うと、これまた乱暴に扉が開かれた。
「おい、ウェイル、いるか?」
「ウェイルにぃ! フレス! 例のブツ持ってきたよーーーー!! ……あれ? なんだか人がたくさんいる……?」
緊張感の張り詰めた部屋に、ギルパーニャの呑気な声が響き渡ったのだった。




