日頃の行いは大切です。
「しかし疲れたな……」
「ウェイルってば、本当に巻き込まれ体質だよね! もう勘弁してよ!」
「あのなぁ、俺だって好きで巻き込まれているわけじゃないんだって」
グチグチブツブツ文句を垂れながら、ようやくマリアステルへと帰ってきたウェイル達御一行。
寄り道することもなく、真っ直ぐにプロ鑑定士協会本部へと戻ってきた。
「さて、実はシュラディンへ電信を送った時、ついでにテメレイアにも電信を送っておいたから、おそらく色々と判明しているはずだ」
エリクより得た情報を、かいつまんで電信に載せて送ってある。
「そうだね、レイアさんのことだもんね」
「それと師匠にはプロ鑑定士協会本部に来てもらうように電信を送っていたんだ。今日中には合流できるはずだ」
「シュラディンさん、今日ここに来るの!? ならギルも来るかな?」
「ああ、一緒に来るように頼んでおいた。何せ鑑定にはカラーコインのレプリカが必要だからな。それにあいつもフレスと会いたがっていたしな。まあ、再会を楽しむのもいいが、仕事優先で頼むぞ」
「もちろんだよ! ボク、プロだもん。公私混同はしないよ! さ、部屋に入ろーよ」
フレスがガチャリと、ウェイルの部屋の扉を開いた。
そこにあった光景とは――
「うう~ん、やっぱりウェイルの臭いは最高だなぁ……。一生こうしていたくなるね。ミルもする?」
「するわけないのじゃ! レイア、そろそろベッドから離れろ!」
「嫌だー! もっとウェイルの臭いを堪能させてくれ!」
「……な、なんなんだ、この状況は……」
「れ、レイアさんが壊れてる……!?」
ウェイルのベッドの上で、枕を抱きしめゴロゴロと転がるテメレイアと、それを止めようとするミルの姿がそこにあった。
――●○●○●○――
「いやぁ、お見苦しいところを見せてしまったね」
「この子、変態ね」
「ボクも変態だと思うなぁ」
「わらわも変態だと思うのじゃ」
「いやぁ、照れるね」
テヘヘと小さく舌を出して照れるテメレイアは、さも愛らしくはあるが、いかんせん直前までの行動を知っているせいで、どうにも言葉が出ない。
「変態っていうけど、フレスちゃんもアムステリアさんも、僕と同じ状況なら臭いを嗅いでるでしょ? こう、クンカクンカとさ」
「嗅いでるわね」
「うん、嗅いでる」
「……変態しかいないのじゃ……」
さも当然とばかりに言う二人に、またしても言葉が出ない。
「なら普通ってことさ。つまりこの場合、逆に臭いを嗅がない方が変態ってことさ。そう考えると、ミルは変態ってことだね?」
「ええ!? どうしてそうなるのじゃ!?」
ぶんぶんと手を振って、自分は変態じゃないと叫ぶミルをテメレイア達は大笑いしていた。
「ねぇ、ウェイル? 貴方の仲間って、馬鹿しかいないの?」
「あいつは大陸屈指の天才のはずなんだが……いや、どうにもそうらしい」
エリクの冷ややかな意見に思わず頷いてしまったウェイルである。
――●○●○●○――
「君がウェイルの言っていた元『不完全』メンバーのエリクだね。僕の名前はテメレイア。よろしく」
「ええ、よろしく、変態さん」
変態と呼ばれて「困ったなぁ」と頭を掻きつつも、テメレイアはすぐさま鑑定に必要な道具を用意し始める。
「さて、ウェイルからの電信である程度は聞いたけど、一応僕の耳でも直接聞いておきたい。『不完全』の目的は龍を集めることだった。それに違いはないね?」
「ええ。確かに龍を集めていたわ。だからこそニーズヘッグやサラマンドラを手元に置いていたんだもの」
「その理由は?」
「私には判らない。ただ噂で聞いたのは、龍が鍵なんだって。何かを制御する鍵だと、そう聞いたわ」
「鍵か。ナイスな表現だね。これでまた一つジグソーピース埋まったよ。では次。これを見たことはあるかい?」
そう言ってテメレイアが机の上に置いたのは、フロリアが描いた贋作の『セルク・ラグナロク』。
「これ、偽物でしょ? 誰が描いたの?」
「フロリアだ」
「ああ、あの子ね。彼女は生きているの?」
「生きている。……そう言えばフロリアはどこ行った?」
「実は彼女にはヴェクトルビアに行ってもらっている。どうしても『セルク・ラグナロク』の本物が見たいと僕が頼んだのさ。おそらくもうじき帰ってくる――」
「――帰ったよー!」
窓からメイド姿の――頭に唐草模様の風呂敷を被り、鼻の前で結び目を作っている辺り泥棒にしか見えないが――フロリアがタイミングよく帰ってきた。
「あら、皆さんもご一緒で」
フロリアに続いてニーズヘッグも入ってくる。
「あれ? エリク? なんでここに?」
「それはこっちの台詞よ……っ!!」
エリクの目の色が深い怒りに染まっていく。
「よくも組織を裏切ってくれたわね……!! 今ここで私が殺してあげるわ……!!」
何処からともなく鞭を取り出すエリク。
「ちょっと待ちなさい!」
そんなエリクを、アムステリアが背後から羽交い絞めにした。
「何するのよ! こいつが今のうのうと生きているということは、組織を裏切った連中の仲間ってことでしょ!? 許せるわけがないわ!!」
「あのね、このフロリアは確かに裏切りばかりしているけど、『不完全』を潰したことには一切関わっていないわ! そうでしょ、フロリア!?」
ギロリと二人の視線に刺されて、ビクッと肩を震わせたフロリア。
「え、えっと、私は関わっていないかなぁ……。確かに私の仲間が潰したってのは事実だけど、丁度その時は組織から離れて個人行動してたからね」
フロリアはあの事件には一切参加していない。
無論誘われはしたが、あまり気が乗らずに参加を見送っていたのだ。
「フロリアはその『異端児』とかいう仲間も裏切ってここにいる。一応俺達に協力してくれている」
「……くっ……!!」
ふっと、エリクから力が抜ける。
「……判ったわ。彼女は無関係ということでいいのね」
「ああ。無関係というわけではないが、今は敵ではない。無論味方でもないが」
「え!? 味方じゃないの!?」
結構ショックだと言わんばかりに、床に「の」の字を書くフロリアを、ぽんぽんと頭を叩いてニーズヘッグが慰めていた。
「フロリア、『セルク・ラグナロク』は持ってきてくれた?」
話を進めようと、テメレイアがそうフロリアに手を出したのだが。
「ごめん、無かった」
「そうかい、後でアレス王にもお礼を言っておかないといけないね――――……え?」
ピタリとテメレイアの動きが止まる。
「いやー、結構難しいところに隠したつもりだったんだけどねー。盗られちゃってたよ~」
アハハと悪びれもなく笑うフロリアに、皆からの視線は鋭い。
「フロリア、またお前が盗んだのか?」
「え!? 違うって、私じゃないよ!?」
「信頼できん。どこかへ隠したんじゃないのか?」
「信頼してってば! 本当に誰かに持っていかれてたんだから!!」
何処にどう保管していて、どれほど厳重に隠していて、それなのに無くなっていたという今の現状を力説して――
「アレス王の目から隠すことがどれだけ大変だったことか!! その苦労知らないでしょ!? 聞くも涙、語るも涙の大長編小説が出来上がるくらい苦労したんだから!!」
――と、どれほど彼女が熱弁したところで、反応は非常に冷ややかである。
「信頼できんな」
「できないね」
「……できない、なの」
「ちょ!? ここまで説明したのに!? ……って、なんでニーちゃんも冷たい目線をこっちに送ってるの!? ニーちゃんだって見てたでしょ!?」
誰からも信頼されずに、涙を洪水のように流しながら床に手をつくフロリアに、フレスが優しく肩を叩いた。
「日頃の行いって重要なんだよ。勉強になったね」
「ううう、どうして私、龍に人間の常識を教えられているんだろ……」
(お前に常識が無いからだろ……)
なんてツッコミは、不憫にすら思えてきたフロリアにトドメを刺すようなもので、さすがに控えておくことに。
「常識がないからだよ!」
「はうっ!?」
トドメはきっちりフレスが刺したのだった。




