つけあがった心の報い
「やはり君は若い。若いが故に未熟だ。しかし残念だ。君はこれ以上成長することはないだろう。一生を未熟のまま終えることになる」
「ど、どこにいる!?」
「ラクサール、上に奴の姿が!!」
「上!?」
ラクサールがすぐさま天井を見上げた時。
「下だよ。本当に見るべきはな」
その声と共に、彼の足下には巨大な水の渦が発生していた。
「敵の姿なんて、いつでも確認できる。それこそ味方から教えてもらえばいいだけだ。本当の危機に気づくこともなく、無駄に俺の姿を探した。そこがお前の未熟なところだ」
「う、うわああああああああ!?」
水の渦はラクサールを刃の鎧ごと包んでいく。
やがて水は球体となって、すっぽりとラクサールを包み込んだ。
「いくらその刃が鋭かろうと、水を切ることは出来ないだろう? むしろ鎧が仇となったな。重すぎて水の中を泳げまい」
ボコボコと、ラクサールから空気の泡が立ち上る。
このままでは数分と経たないうちに溺死してしまうだろう。
「ネイカム、ラクサールを助けないと!! ……ネイカム!?」
そういえば先程からネイカムの声が聞こえない。
「あ、ある、せっと……!!」
「あららー、ばれちゃったね!」
「ネイカム!?」
ネイカムの姿は、空中にあった。
翼を持つ金髪の女の子に胸ぐらを捕まれて、力なくうなだれている。
それだけではない。
彼の身体はすでにボロボロだ。
何があったかはよくは判らないが、彼の着ている衣服は真っ黒に焦げている。
全身に大火傷を負っているのは間違いなさそうだ。
「ダンケルクもそろそろトドメを刺しちゃうみたいだし、こっちもやっちゃおうかな!!」
「や、止めなさい!! もう止めて!!」
「やだよー!」
アルセットの制止を求める叫びも、ティアの軽い口調で拒否された。
溺死が間近に迫ったラクサールと、墜落死の危機のネイカム。
この時、アルセットはようやく身に染みて痛感した。
英雄と呼ばれるステイリィの、心からの忠告の意味を。
(ステイリィさん、ごめんなさい……!!)
もはや為す術も無く、何もできないアルセットの膝と心は、無意識のうちに折れていた。
「……助けて……誰か……」
ラクサールもネイカムも、あまり好きではなかった同僚だけど。
数年間、同じ時間を歩んだ二人。
常に近くにいた二人の死が、こんなに簡単に訪れるだなんて、考えるだけで震えが止まらない。
「助けて……、二人を助けて……!!」
忠告を無視した報い。
それが今形となって襲いかかってきている。
だから誰も助けに来るはずもない。
でも、それを知っても、アルセットは二人の為に叫んでいた。
「――二人を助けて! ステイリィさん!!」
「――うおおおおお! 助けに来たぞおおおおお!!」
突如響いてきた幻聴。
「ステイリィさんの声……!?」
「ウェイルさん、フレス、お願い!」
「ああ」
「お任せあれ!」
アルセットの横を、一気に冷たい風が通り抜ける。
その冷気はラクサールを包む水球を一気に凍らせた。
「うりゃああああああ!!」
フレスは水球へ向かって飛ぶと、腕に精製した氷の剣を、氷の塊となった水球に突き立てた。
ピキッと亀裂が走り、そして氷は一気に砕け散る。
残ったのは鎧が解除され、意識を失っているラクサールの姿だけだった。
「ら、ラクサール!?」
「ステさん!!」
フレスはラクサールの身体を持ち上げて、ステイリィの元へ。
「よし、皆の衆! すぐさま倒れている連中を外へ運べ!」
「「「イエッサー!!」」」
「ステイリィ、剣を借りるぞ。アムステリア! 頼んだ!」
「はいな!!」
丸腰のウェイルは、ステイリィから剣を借りて、いつかのようにアムステリアの足の上に手を掛けた。
アムステリアはそれをカタパルトの様に蹴り上げる。
「そいつを返して貰うぞ、ティア!」
蹴りの勢いを利用して、ウェイルはティアを叩き斬らんと突っ込んだ。
「ひゃん! 危ない!? ……あ」
ティアは突っ込んできたウェイルをひょいっと避けた時、手が滑ったのかポロっとネイカムを落とした。
「テリア!!」
「うん、やっぱりその呼び方、いいわぁ!」
がしっと落下したネイカムをキャッチしたアムステリアも、彼をステイリィの元へ持って行く。
「ありがとうございます。よし、お前ら、急げ!」
ステイリィの部下達は次々と負傷者を運び出していく。
その様子を見送りながら、ステイリィはアルセットの元へとやってきた。
「……幻覚じゃない……!? ステイリィさん……!!」
「アルセットって言ったっけ? さぁ、逃げるよ。後はこの鑑定士さん達にお任せしよう」
「……はい……」
ステイリィに肩を借りて、アルセットは立ち上がる。
「ウェイルさん、後はお任せします!」
「ああ、任せてくれ。そいつらを上まで運んだ後は、ビャクヤへ連絡を取れ。囚人達の確保に努めろ」
「判りました!!」
テロリストは全てウェイル達が引き受けてくれたので、比較的安全にステイリィ達は逃げ出すことが出来た。
地下三階まで上がり、ようやく一呼吸ついたとき。
「申し訳ありませんでした……」
崩れるように涙を流しながら、アルセットがステイリィの肩で泣く。
「……気にするな。同僚じゃないか」
ステイリィはアルセットをゆっくりと抱きしめて、涙が止まるのを待つことにした。
その様子を見た部下達は、ステイリィという上官を持ったことを誇りの思い、彼女の後をついて行ったのであった。




