心からの師弟関係
――滅亡都市フェルタリア。
その都市こそ、ウェイルが『不完全』を恨むことになった理由。
エリクからフェルタリアの名前を聞いた瞬間から、全身が滾るのを感じた。
それは溶岩のように熱く、同時に氷のように冷たくて暗い、形容しがたい感情であった。
「フェルタリアをご存知ですよね? そちらの青いドラゴンさん?」
エリクは、何故かフレスに問いかける。
「どういうことだ……?」
ウェイルは、背後で俯いているフレスへ視線を送った。
「一体フレスがフェルタリアの何に関わっていると言うんだ!?」
「あらあら、ウェイルったら、何も知らないのねぇ。……ま、そうよね。仮に知っていれば、その龍を弟子にするなんて発想が出てくるはずないものね」
「……どういうことなんだ……!?」
「氷の龍のせいで、フェルタリアは滅びたと言うのに……。ああ、なんて可哀想なウェイル……」
よよよ、とエリクがわざとらしく泣き真似をした。
「フレス、教えてくれ! お前は一体何を知っている!?」
「ボクも今思い出したんだ! こいつらだったんだよ! ボクの大切な親友を殺した犯人は……!!」
「『不完全』が……? ちょっと待て! お前の親友と『不完全』が、どうしてフェルタリアに関わってくるんだ!?」
「ウェイルったら、案外察しが悪いのねぇ。簡単な話、その子の友達はフェルタリアの人間だったってことでしょう?」
「――な……っ!?」
フレスが頷くのを見て、ウェイルは驚きを隠せなかった。
しかしよくよく思い返せば、思い当たる節はある。
封印が解けた直後のフレスの行動は、少しおかしかったからだ。
なにかに怯え、警戒し、目に涙さえ浮かべていた。
それなのにフェルタリアの名を聞いた瞬間、一気に相好を崩し、懐いてきた。
「心配しないで? その子はあくまで関わっているってだけで、貴方が知っての通り、フェルタリアを滅ぼしたの我々『不完全』だから。当時から『不完全』は龍を集めていてね。フェルタリアに龍を渡せと要求したのだけれど、彼らは渡してくれなかった。それが原因。ま、二十年以上前のことだから私はあまり詳しくはないのだけど」
「龍――フレスのことか……!」
「目的は他にもあったみたいだけどね。私もこれ以上は知らないわ」
「くそ……、一体どうなってんだ……!?」
混乱するウェイルに、フレスは自分の知る限りを説明していく。
「奴等はボクを狙っていたんだ。龍を集めること。それを聞いて思い出したよ。あの時『ニーズヘッグ』も同じことを言っていた。ボクのせいで『ライラ』も、フェルタリアも――」
「フェルタリアを滅ぼしたのは『不完全』なんだろ? お前のせいって、どういうことなんだ!?」
「ラルガ教会の事件の後、二人でお話したよね。魔獣ダイダロスとの戦闘中、ボクが何を考えていたかを。そしてウェイルがボクに何を隠しているのかを。ボクさ、実はあの時、判っちゃったんだ。ウェイルがフェルタリア王家の人だってこと。そしてフェルタリアが滅亡したことも。だってその事件には、ボクが関わっていたんだから……!!」
――ウェイルが『不完全』を恨む理由。
それは『不完全』がウェイルの故郷、フェルタリアを滅ぼしたからだ。
そしてウェイルは、フェルタリア王家の跡継ぎ。つまりフェルタリア王になるはずだったのだ。
「お前、ほとんど記憶がないって――」
「随分と思い出したんだよ。ウェイルの持つ神器を見てね」
「この『氷龍王の牙』のことか……?」
「うん」
ウェイルの右手についている神器『氷龍王の牙』。
幼い頃に鑑定士としての師匠からもらった神器で、肌身離さず持っていた神器だ。
「ウェイルがフェルタリアって名乗った時、嬉しくて舞い上がっちゃった。ボクの大好きなフェルタリアの人だって判ったから。でもそれだけなら王族だなんて判んない。でもラルガ教会の事件で『氷龍王の牙』をウェイルが持っているのを見て分かったんだ。だってそれは、昔ボクが創造してフェルタリア王にあげたものなんだから!!」
「これを、フレスが……!?」
「ボクは二十年前に一度封印を解かれたことがあるんだ。封印を解いてくれたのがフェルタリア王。とても良い人だった。ボクをフェルタリアに住まわせてくれて、色々お世話してくれたんだよ。フェルタリアの人達も良い人ばかりで楽しかった。そして初めて人間の親友も出来たんだ。でもさ。ある時、その親友が襲われちゃったんだよ。ボクは必死で守ろうとした。その時だよ。敵の目的が龍だと聞いたのは。ボクは敵わなかったんだ。だから……ボクの目の前でライラは……!!」
「何故だ!? お前は龍だろ!?」
「敵にも龍がいたんだ!! その龍にボクは力を封じられて、その間に――親友を失った……!!」
――フレスですら敵わなかった。
そんな連中を相手にしたフェルタリアが、滅びの道を辿ったのは、当然の結果だったのかも知れない。
「ライラを失ったボクは自暴自棄になって、持てる魔力を全て放出したんだ。……その後の事は何も覚えていないんだ。多分誰かがボクを封印してくれたんだと思う。封印は龍を再生する手段でもあるから。誰かがボクを絵画に変えたんだよ」
だからフレスは封印された。再び絵を濡らしてもらえる、その時まで。
「ボクのせいなんだ……。敵の目的はボクだったんだから、あの時素直に奴らに捕まっていれば……!! ライラは死なずに済んで、フェルタリアも滅亡せずに済んだんだ! ボクさえ捕まっていれば!!」
フレスは震えながら全てを語ってくれた。
にわかには信じられない話だ。
でも、それは全て真実なのだろう。
右手にあるこの神器が何よりの証拠だ。
「あの時の敵が『不完全』だってことを、ボクは今初めて知ったよ……!!」
「そう……か……!」
ウェイルは感情は、動揺と怒りが入り混じった複雑なものであった。
確かにフレスは、フェルタリア滅亡を招いた原因なのかも知れない。フレスが直接加担していたわけではないにしてもだ。
だからこそ、フレスに問いたい。
「フレス、聞かせてくれ。俺がフェルタリア王家の人間だと気付いた時、どう思った?」
「…………っ!」
フレスは答えない。
『不完全』への怒りと自らの罪の意識に苛まれ、服を掴み震えるフレス。
「俺の弟子になった時、どう思った……?」
「……嬉しかった……!! 本当に嬉しかったんだよ……ッ!!」
長い沈黙を破り、フレスが答えた。
一度崩れた堰は、もう止められない。
フレスの心の叫びが洪水のように流れ出る。
「またフェルタリアの人に再会できて、あの暖かさに、あの優しさに、また触れることが出来て!」
「……そうか」
――激怒、憎悪、悲哀。
そういった負の感情が、ウェイルの心の中でとぐろを巻いて蠢いていた。
それでも、それらの感情を全て打ち消し、心の底から自然に沸いたこの言葉。
ウェイルはフレスにこう言った。
「――俺も嬉しかったよ……フレス」
これがウェイルの答えだった。
フェルタリアが滅亡した原因の一つには、フレスのことがあったのかも知れない。
でもフェルタリアの人々は皆フレスのことが大好きだったはずだ。
「お前が俺の弟子になるって言った時、最初は少し面倒だと思ったけどな」
「……え? ウェイル……?」
「お前が食いすぎて財布が空になった時はゲンナリしたさ。でも嬉しそうに食べるお前を見るのは楽しかった」
「……いいの……? ボク、ウェイルと一緒にいていいの……?」
フレスの目から涙が溢れ出す。
フレスはそれを手で拭こうともせず、ただ潤んだ目でウェイルだけを見つめていた。
「誰がダメだって言ったんだよ。俺は嬉しかったんだ。俺は今までずっと一人でいたからな。誰かと一緒の旅ってのがこれほど楽しいだなんて知らなかった。お前が勝手に布団に入ってきた時、お前が翼で服を破った時、お前が俺に腕を組んできた時。その全てが嬉しかったんだよ」
「……ウェイル……!!」
フレスの叫びを全て受け入れ、俺の心から溢れ出す言葉を全てぶつけてやった。
「だから俺がお前を恨むなんてこと、絶対にない。そもそもお前は謝る必要が無いんだよ」
ウェイルの告白に近い言葉は、ついに最後を迎える。
「だからさ。これからも、俺と一緒に、旅をしないか?」
「……うん!!」
フレスは涙を浮かべながらも笑顔で大きく頷いた。
その顔は先程までの暗い表情は全て消え、ただ清清しく、生き生きとした表情だ。
フレスもフェルタリアのことで、今まで心を縛られていたのだろう。
やはりフレスは笑顔が一番だ。
この笑顔を、フェルタリアの人々は命を掛けて守ろうとした。
俺はフェルタリアの王族として、その意思を継がなくてはならない。
「フレス。二十年前とは違う。今は俺がいる。お前は今、戦える! そうだろ、愛弟子!」
「うん! 最高の師匠が出来た今、ボクは誰とでも戦える!!」
この瞬間、二人は心から信頼し合える理想の師弟関係を結んだのだった。




