地獄絵図の大監獄
――『懲罰門』 地下一階。
「うわぁ……、酷いね、これ……!!」
フレスは口を押え、控えめに感想を述べた。
壁や床は血に染まり、看守達の亡骸が、そこら中に散乱している。
いくつか牢屋も破壊されており、その中に囚人達の姿はなかった。
「……逃げたのかな?」
「いや、ここに来る途中では見なかった。とすると、先に行ったネクストの連中が捕まえたんじゃないか?」
「ウェイル、それは違うみたいよ」
逃げ出そうとした囚人を捕まえて、破壊されていない牢屋へ入れた可能性もある。
だが、どうやら現実はそうではなかったらしい。
「これ見て」
下半身だけとなった死体が、いくつか転がっている。
アムステリアはそのうち一つの傍へ寄り、下半身を指摘した。
「囚人服よね、これ」
「……だな」
「うげぇ、気持ち悪い……!」
下半身は囚人服をはいたままである。
上半身だけ、綺麗さっぱりなくなっていることになる。
「この傷口、斬られたってわけじゃなさそうね。何かで溶かされたみたい」
「……スメラギの仕業ね」
エリクとアムステリアは、顔を見合わせ頷いた。
「あの娘、見た目は可愛らしいくせに性格は容赦ないから、気をつけておいた方がいいわ」
見れば廊下のあちらこちらに溶けた痕跡がある。
「ステイリィがスメラギと出くわしたらまずいわ。あの馬鹿娘、スメラギにケンカ売りそうだもの……!!」
「誰彼構わず売るのがあいつの特徴だからな……!!」
「近道を案内するわ、急ぐわよ」
エリク先導で、ウェイル達は先を急ぐ。
――●○●○●○――
「ラクサール、お止めなさい」
「え? ああ、ごめんよ、アルセット。君には少し残酷すぎたかな?」
エリート集団『ネクスト』の一人、茶髪のポニーテールをした男局員ラクサールは、掴んでいた囚人の胸ぐらを突き放した。
その囚人の顔は、見るも無残にも腫れ上がっており、意識はすでにない。
「やりすぎよ」
「いいんだよ。彼はここに収監される前は、もっと卑劣な犯罪をしていたんだから。これくらいの罰は当然だ。ここは懲罰門だ」
「……上に知られたら面倒ごとになるわ」
「上に知られる? 大丈夫だよ。部下達は絶対に喋らないからね、そうだよね?」
ラクサールは、ちらりと背後の部下達を一瞥。
「「「…………」」」
皆無言で、目を背けている。
「ほら、みんな喋る気はないってさ。後は君達が喋らなければ問題ないよね」
「それは脅しですか? 貴方の部下とは違い、同じ『ネクスト』である我々には脅しは通用しませんよ」
憮然とした態度で臨むアルセット。
ピリピリとした空気が、この場を支配していく。
「まあまあ、二人とも! その辺にしておこうぜ!」
そんな空気の中、二人に割って入ったのはネイカム。
『ネクスト』の一人で、二人とは違い爽やかスポーツ系の男である。
「どのみち俺達は皆、将来十六人会議に入るんだからさ! 今回はその順番を決めるだけと、そう思ったらいいじゃねーか。それよりも任務に集中しようぜ」
「ですがネイカム、ラクサールのやり方は人道に反します!」
「それも含めて、後で議論すればいいさ。今はテロリストの確保が先だ。――そうだろ? 英雄のステイリィ殿?」
「ふぇええ!? 私!?」
実は今のやりとりを、こっそりと後ろで見ていたステイリィとその部下達。
突然名前を呼ばれたので、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ステイリィ殿も、テロリストの確保が先だと思うだろ?」
「え、えっと、……ハイソウデスネ」
別にどうでもいいなんて言っていい空気ではない。
「ほらほら、英雄殿もそう言っているんだし、ここで仲間割れは止そうぜ。ラクサール、お前も余計なことはしなくていいからさ!」
「余計なことではないよ。敵の情報を聞いていただけだから」
「もう少し穏便に出来ないのですか、全く……!!」
「ま、全部後回しと言うことで! ステイリィ殿も今のやりとりは見なかったことにしてくれ!」
ラクサールが、鋭い視線でステイリィを睨んでくる。
話したら殺すと言わんばかりの視線だった。
「上官、私はあのラクサールという男が許せません……!! 本部へ報告した方がよいと思います!!」
――ステイリィの部下達は、どうも正義感が溢れている。
その気持ちはステイリィも応援したいし、筋が通っていて自分好みだが、部下達の今後を考えれば支持はしがたい。
「いや、何も言わなくていい」
「しかし上官!!」
「私に考えがある。だから君達は黙っていてくれないか。君らの言わんとすること、君らの熱い気持ちは理解している。私だって同じ気持ちだ。だが今はテロリストの確保を優先してはくれないか」
「上官……!!」
――ステイリィの部下達は、どうも涙が溢れている。
妙に正義感のある連中ばかりが、ステイリィの部下になっている。
こうした部下運が良いことも、自分の昇進に一役買っていることに、ステイリィは薄々感じていた。
……ちなみに。
(やべー、こんなこと言っちゃったけど、何も考えてねー!!)
口だけは達者なステイリィであった。




