ステイリィだってステイリィなりに苦労している。
「……なんなんだ、あの連中は……」
一足先に大監獄に到着し、入口にある巨大な門の前で雨宿りをしていたウェイルの前に、妙にむさ苦しい筋肉質な連中が姿を現した。
「ステイリィ上官! 大監獄に到着いたしました!!」
「こらー! いい加減、降ろせー!!」
「おお! 上官は今すぐに馬車から降りて現場に突入したいと、そう仰るわけですな!? なんと勇気溢れるお方! まさに英雄だ!!」
「ステイリィ上官! 我々は一生、貴女についていきます! どうかお導きください!!」
「知るか!! ついてくんな!!」
「単身一人で乗り込む覚悟だと、そう言いたいのですか!? 何という勇ましいお言葉!!」
「そうじゃない! 早く家に帰りたいだけだー!!」
土砂降りの雨音にすら勝る騒々しい連中だ。
普段ならば監獄の警備員が注意しに来るレベルだろう。
「このアホな声はステイリィか……」
騒がしい集団の中心にある馬車の中から、聞き慣れた声。
バンッと勢いよくドアが開いて、ステイリィが飛び降りてきた。
「どうして私がこんな危なっかしいところに来なければならないんだ!! 早く帰ってウェイルさん抱き枕を作ろうと思ってたのに!!」
「なら今からでも帰った方がいいぞ。足手まといは必要ないからな。……それと俺の抱き枕を勝手に作るな。肖像権の侵害だ」
「ちっ、やっぱりウェイルさんがいる」
「舌打ちすんな。お前にしては珍しいな」
顔を合わせただけで嫌な顔をされるのは、長く鑑定士をやっていればよくある話だが、まさかステイリィからされるとは思いもしなかった。
「ウェイルさん、本当に監獄に入るつもりですか?」
「さっきそう言っただろうに」
「ふん、そうですか。私には貴方を止める権限はありません! 勝手にすればいいです!!」
「何故怒っているんだよ……」
「そりゃ怒るでしょうよ!! いいですか!? 別にウェイルさんの邪魔をする気は一切ないので、これ以上は何も言いませんが、一つだけ言っておくことがあります!」
「言わないのか言うのか、はっきりしろよ」
「やかましい! 一つだけ言っておく! 耳の穴かっぽじってよく聞けぇいっ!!」
「な、なんなんだ?」
ずびしっと力強い指差しに、少しだけ後ずさりしたウェイル。
あまりいい助言を聞ける気はしない。
「いいですか!? 自分で立てた手柄は、きっちり責任を持って自分の手柄にしてくださいね! 決して手柄を私に押し付けるようなことはしないでください!」
「……いや、お前の言っている意味が全く判らんが」
「判らなくてもいいんです!! とにかく! これ以上私を出世させる真似はしないでください!! 迷惑なんです!!」
「……あ、ああ。なるほどな……」
ステイリィの言わんとしていることが、ようやく見えてきた。
「全く、本部直々の命令だから仕方なく監獄へ突入するっていうのに、手柄の塊であるウェイルさんが一緒だなんて……!! 実に迷惑な話だ!!」
「お前って、結構不幸な星の下で生まれているのな……」
出世することが不幸である人間も、この世の中には少なからずいるということである。
ブツブツと口を3の形にしながら文句を呟くステイリィの背後から、突如として声が掛かる。
「おやおや? これは治安局が誇る英雄、ステイリィさんではありませんか?」
「ん? 誰だ!? 私を出世させようとしても、そうはいかんぞ!!」
「……また変な奴らが来ているな。フレス達、早く来てくれ……」
ステイリィとは気迫も眼つきも全く違う、妙にかしこまった三人が現れていた。
三人から感じる、見下す様な視線。正直あまり関わりたくない連中だ。
ウェイルは、さっさとフレス達が来てくれることを祈るのみであった。
「流石はステイリィさん、もう到着しているとは、実にお耳が早い」
「今回の事件は互いに名を上げるチャンスですな。英雄殿、お手柔らかに!」
「ネイカム、テロ事件をチャンスだなんて、不謹慎ですわ」
「――ゲゲッ!? 『ネクスト』の連中!?」
現れたのは治安局員であるラクサール、ネイカム、アルセットの三人。
いずれも『ネクスト』所属で、時期十六人会議のメンバー候補でもある。
(……へぇ、こいつらが噂に聞く『ネクスト』か)
話は聞いたことがあったが、実際に見るのは初めてであった。
ウェイルは口元に手を当てて、一人ひとりを舐めまわすように観察する。
(……どいつもこいつも、ステイリィと比べて遙かに優秀そうだな)
ステイリィには悪いが、出世するならこの三人の方が治安局の為だ。
「ステイリィさん、私達は先に監獄へ入らせてもらいますよ。テロリストの暴力行為は、すぐに制圧せねばなりません。こんなところで遊んでいる暇はありませんからね」
「ま、そうだな。ステイリィ殿! 悪いが先に行かせてもらう!」
「貴方はここで留守番をしてくださって構いません。どの道テロリストは私達に捕まるのですから」
性格は違えど、三人とも揃って自信家なようだ。
敵意剥き出しのセリフをステイリィに浴びせながら、部下を引き連れて監獄へと進んでいった。
「あーーーー、めんどーーーーーー」
「だな。俺は今初めてお前の気持ちが判ったような気がする」
心の底からの声とは、今のステイリィの叫びを差す言葉なのだろうと、ウェイルは苦笑する。
『ネクスト』の連中は、勝手にステイリィに対してライバル心を燃やしているが、当の本人は心底どうでもいいと思っている。
三人とステイリィの温度差は、フレスの氷とサラーの炎くらいあると断言できる。
――しかし、ここにはサラーの炎くらい熱い連中もいた。
「ステイリィ上官! 自分は非常に、猛烈に腹が立っております!」
「……え? 何言ってんの、君」
ネクスト三人の姿が見えなくなったところで、ステイリィの背後に控えていた部下達は、雨にずぶ濡れになりながら拳を握りしめ、歯を食いしばり、涙を流しながら悔しんでいた。
「尊敬する英雄、ステイリィ上官に対してあの態度! 我々は、やはりネクストの連中のことは好きにはなれません!」
「あ、そ」
「上官! 貴方は悔しくはないのですか!?」
「うん」
「そうでしょう! 悔しいに決まっています! ただちょっと頭が良いというだけで、あそこまで調子に乗るなんて! 証明しましょう! 十六人会議にふさわしいのは、上官しかいないと!」
「あのー、聞いてる?」
「皆の者! 我々もこれより監獄へと向かおう! ステイリィ上官は我々がお守りするのだ! いいな!?」
「「「「おおーーーーッ!!!!!」」」」
「そろそろパターンが読めてきたんですけどーーー!! ウェイルさん、ヘルプ!! ヘルプミー!!」
またもやひょいと屈強な男性局員に担ぎ上げられたステイリィは、まるで神輿にでも乗せられたかのように連れ去られていった。
「あいつも苦労が絶えないんだな」
ステイリィにもステイリィなりの苦労があるのだなと、嘆息したのだった。




