大監獄『コキュートス』
――当初の目的である、シュラディンへの電信を打ち終えて。
「さて、帰るか」
「そうしましょう! ウフフ……、今日は寝かせませんよ?」
「一人で起きてろ」
「にゃふふ……、ならボクと一緒に」
「一人で寝な」
妙にしなを作る二人を無視して宿へ帰ろうとした、その時であった。
「た、た、た、大変です!!」
一人の治安局員が、全身ずぶ濡れになりながら、血相を変えて駆け込んできた。
入るや否や床に手をついて肩で息をする辺り、全力で走ってきたのだろう。
この酷い豪雨の中、雨具も羽織らず走ってくるなど、何かとてつもない事件が起きたに違いない。
「一体どうしたんですか?」
ビャクヤが、さっとタオルをその局員に手渡しながら、何が起きたのかを訊く。
「ぜぇ、ぜぇ……、か、か、監獄、が……!!」
「監獄? コキュートスのこと? それがどした?」
「あ、貴方は……ステイリィ上官!?」
自分の顔を覗いてきたのが伝説的な英雄であるためか、その局員は驚きの余り、声が裏返っていた。
「ど、どうして上官がここに!?」
「私のことはいいから、何があったか言え」
「そ、そうでした。大監獄『コキュートス』がテロリストに襲撃されたのです!! 私はコキュートス周辺で警護を担当しており、近隣住民へ外出禁止令を叫んで回っていました!!」
「なぬうううううう!? コキュートスがああああああ!? テロリストにいいいいいいいい!?」
「外出禁止令が出たってことは……状況はかなり切羽詰まっているみたいですね……!!」
――大監獄『コキュートス』。
アレクアテナ大陸にて犯罪を犯した者が収監される施設であり、ここを監視・警護するために治安局本部が置かれているといっても過言ではないほどの、治安上超重要施設である。
偶然にも先程ウェイル達が訪れていたあの場所が、今はテロリストの標的になっている。
巻き込まれ体質のウェイルのこと、嫌な予感しか覚えない。
「たった今、本部より電信が入りました!!」
支部の局員が、電信のメッセージを持って走ってきた。
「本部より詳しい情報が入りました! 読み上げます! 本日午後十一時半、大監獄『コキュートス』にテロリストが侵入しました! 現在の被害者は十二人。そして敵の数は――五人!?」
読み上げていた局員も、テロリストの人数の少なさに、驚きのあまり声がうわずった。
「テロリストはすでに監獄内の『更生門』を突破した模様! 現在『懲罰門』に侵入しているとのこと! テロリストは神器を所持しているようですが、詳細はまだ何も判っておりません!」
「もう『更生門』を突破しているのですか……。敵は生半可な戦力ではないのでしょうね。5人という人数から考えても、相当強力な神器を持っているに違いありません」
「ねぇ、ウェイル。『こうせいもん』って何?」
「『更生門』というのはだな――」
ウェイルは監獄のことを、フレスに詳しく説明してやった。
――大監獄『コキュートス』には、主に三つの機関が存在する。
一つ目は『更生門』。
比較的軽い罪により投獄された犯罪者に対して、社会復帰を促すために設けられた更生施設である。
人権や倫理を学び、労働に就くことで、一般社会への復帰を支援しているのだ。
多くの囚人は、無事刑期を終えた後、更生して社会の中に溶け込んでいく。
この監獄において、囚人達が最も大切に扱われている機関なのである。
それに対して二つ目は『懲罰門』と呼ばれている。
ここに投獄されているのは、世間を恐怖で震撼させた凶悪犯罪者達であり、『不完全』に所属していた者も、基本的にはここに入れられている。
目安としては刑期が二十年以上とされているが、上は死刑クラスであるため、凶悪さは一長一短である。
囚人同士のいがみ合いも多く、そのために独房になっているほど治安が悪い。
表向きは更生施設の一つといえるのだが、実際には更生を目的とするよりは、社会に出すことの方が危険なため、ここで拘束しているという状況だ。
エリクはここに収容されていたので、フレスもエリア内の雰囲気は大体判っているつもりだ。
「『更生門』と『懲罰門』。まだあるの? ボクの勝手なイメージだけど、『懲罰門』って相当厳しそうなところだと思うけど」
「そりゃ犯罪者に懲罰を課す場所だからな。厳しいのは当然だ。だがな、コキュートスにはもっと厳しい機関がある。その名も『封印門』という」
――『封印門』。
大監獄『コキュートス』は、表向きには『更生門』を、言い方を変えれば売りにしているところがある。
犯罪者を更生させ、社会復帰させるための場所。そう宣伝しているからである。
だが実情でいえば、最もコキュートスが役割を果たしているのが、この『封印門』である。
その名の通り完全に外部との接触を断ち、一度入ったら一生コキュートスの住人になるような場所だ。
ここへ収監されるのは、アレクアテナ大陸全土を脅かしかねないほどの超凶悪犯罪者だ。
例として挙げるなら、部族都市クルパーカーを脅し、壊滅的被害まで与えた『不完全』過激派のトップであったイングがここに収監されていた。
イングは既に処刑が執行されているので、すでにここにはいないが、それクラスの犯罪者が、収監されている。
しかしながら、どれほど危険とはいえ所詮は人間(およびエルフ等の神獣)である。
『封印門』と名前のニュアンスは少し大袈裟に聞こえるかもしれない。
だが、実際には全く大袈裟ではない。
何故ならここ『封印門』は人間や神獣の犯罪者よりも、凶悪な魔力を持つ神器を封印するという役割の方が重要であるからだ。
ここは凶悪な神器を永久に封印するための機関なのだ。
扱いを間違えばアレクアテナ大陸に甚大な被害をもたらす、神の如き魔力を持つ神器を、厳重に管理している。
「それで、今は『更正門』が突破されちゃったってことだよね。テロリスト達の目的って何なのかな」
「判らんな。多くの場合は仲間の解放であったりするが。しかしこの五人という少人数が気になる。大監獄を襲う人数にしては少なすぎる。嫌な予感がする」
大監獄という治安自治の総本山たるこの場所を、わずか五人で襲ってくるなど正気の沙汰ではない。このテロリスト達は狂っているとしか言いようがない。
だがそんな狂った連中に、二人は心当たりがある。
嫌な予感というのは、まさにその心当たりの連中が関わっているのではないかという予感だ。
そして、それはもはや必然とでも言わんばかりに、次の局員の報告によって嫌な予感は的中してしまう事になった。
「テロリスト達の外見の情報が届きました! 判ったのは五人中三人です! 一人はエルフの女、一人はゴシックロリータドレスの女、そして最後の一人は――金色の髪をなびかせた、少女だったそうです!」
「――金色の髪……!? もしかして……!!」
「やはりそう来たか……!!」
大監獄を、たった五人で襲うという狂った連中。
そしてこの目撃情報を示し合わせれば、自ずと答えは明白だった。




