核心
――夜。
宿泊客もそろそろ就寝しようと、欠伸一つしてのんびりする、そのような時間帯に。
ここウェイル達の部屋では、『不完全』が関係する一連の事件の核心に迫る、緊張感の漂う尋問が始まっていた。
「どうして龍を集めていた?」
「その質問に答える前に、最初に一つ断っておくわ。貴方との契約に従って私は一切の嘘をつかない。知っていることは全て話す。だから逆に知らない事については全く話せない。どうして知らない、知っているはずだと、声を荒げても無駄だってことを頭に入れておいて」
「言われなくても承知している。これでも俺はお前の事を結構信用しているよ」
「一度命を狙われた敵に対してよくそんなことを言えたものね。まあいいわ。話してあげる」
エリクは組んでいた足を逆に組み替えて、一度深呼吸をした後に語り始めた。
「確かに私は上からの命令で龍を集めていた。貴方達と初めて対峙したときも、あの王子様から炎の龍を奪うことが目的だったの。正直偶然なのよ。真珠胎児の裏オークションが重なったのは。あれは穏健派がしたことではないから」
王子様というのはイレイズのことで、炎の龍というのはサラーのことだ。
真珠胎児の裏オークションは、過激派によって催されたイベントであったそうだ。
「炎の龍については、元々『不完全』に属していたのだから、情報は沢山あった。上からは王子様が裏切り行為を見せた瞬間、炎の龍を奪うように指示されていたの。氷の龍がその場にいたというのは本当に偶然で、正直最初は焦ったのよ?」
フレスをちらりと一瞥するエリク。
対するフレスは、無表情のままエリクの方を見つめ返した。
「どうして上が龍を欲していたのか、詳しく知らないわ。私だって知りたかったわよ。でも末端構成員の私に、そんな重要なことを話すわけないわよね。ま、それでも噂程度には聞いた話がある」
「なんだ、その噂ってのは?」
「『三種の神器』の一つ、『フェルタクス』が関わっているという噂。そしてそれを制御するには、龍の魔力が必要ということ」
「『フェルタクス』に、龍の魔力……?」
「ええ。その神器自体は、龍がなくても使用可能らしいのだけど」
「龍がなくてもいいのに集める理由はなんだ?」
「判らないわね。ただ龍を集めることは、穏健派の最重要課題であったのも事実」
未だ判らぬ点は多いが、フェルタクスと龍が何らかの関係があったという事実は確認できた。
「『フェルタクス』について知っていることは?」
「『三種の神器』と呼ばれる最強クラスの神器であること、そしてその神器は転移系神器であること。これくらいかしら」
「転移系……?」
転移系神器というのは、その名の通り空間転移を行う神器であり、この大陸ではもっぱら競売品の転送手段として用いられている。
転移できるサイズも限られ、範囲も狭い。
人間が移動目的に利用できるほどの強力な転移系神器の数は、指で数えるほどしか存在しない。
ウェイルとて最近利用したのは、アムステリアと共に世界競売協会へ潜入した時が最後だ。
アレクアテナ大陸内の移動手段は、基本的には汽車が主となっている。
大規模転移を行える転移系神器は、その大半は教会が所有しており、おいそれと利用できる代物ではない。
「普通の転移系神器とは、当然違うんだよな」
「知らないわよ。でも『三種の神器』の一つというくらいなのだから、当然凄まじい能力なのでしょうね。都市一つを丸々転移できるかも知れないわ。ま、流石にそれはないでしょうけど」
「都市一つを、丸々…………!?」
冗談めかしてエリクはそう例えたが、ウェイルはその例えを聞いた瞬間、背中に冷たい物を感じていた。
「ま、まさか…………!?」
脳裏に蘇った、あの時の光景。
全ての音が消え去った、あの日の故郷の光景だ。
「転移したというのか……!? あれはフェルタクスが……!?」
「ウェイル? どうしたの?」
突如態度が豹変したウェイルを心配して、フレスが顔を覗き込んでくる。
「ウェイル? 大丈夫?」
「あ、ああ…………」
フレスの顔を見て、何とか落ち着くことが出来たが、今のは正直危ないところだった。
あの時の事を思いだし、冷汗が止まらず吐き気すら覚えていた。
「『フェルタリア』と『フェルタクス』。そして『セルク・ブログ』の内容を考えれば一致する点は多い……!!」
全ての音が消え去ったあの日、ウェイルは確かに見た。
フェルタリア全域を包み込む光の柱を。
もしあれがフェルタクスによるものであったならば。
『セルク・ブログ』の内容とも、全てつじつまが合う。
「……繋がった。完璧ではないが、大抵のことはな。エリク、礼を言う」
「え? え、ええ」
「私、何か言ったかしら?」と、エリクは呟いて、自分のセリフの内容に疑問符をつけていた。
だがエリクの冗談のおかげで、ウェイルは核心へ辿り着いた気がしていた。
「ウェイル、何が判ったのか、ちゃんと話して」
ずっと黙って話を聞いていたアムステリアも、流石にしびれを切らしたのか、ぐいっとウェイルに迫る。
「顔が近いよ!」と、フレスは突っ込もうとしたのだが、二人の雰囲気を見るに水を差さない方が良さそうだと思い、控えることにした。
「二つ判ったことがある。一つは『フェルタクス』の能力だ」
「『フェルタクス』の能力……。話の流れから察して、何かを転移させる能力よね?」
「ああ。そうだ。だが『フェルタクス』はとんでもない能力を持っている。何せ都市を丸々一つ消し去ることが出来るのだから」
「それは私が冗談で言ったことでしょ? バカね、なに真に受けてんの――」
「――黙って」
エリクが口を挟むが、それをアムステリアが制す。
「本当なのね?」
「ああ、間違いないさ。俺は自分の目で見たんだからな。『フェルタクス』の力を――――フェルタリアでな……!!」
ウェイルがそう言った瞬間、事情を知る者の中に緊張が走る。
ウェイルが滅亡都市フェルタリア出身で、フェルタリア王子の影武者であったことを知っているのは、フレスとアムステリアと、そしてイルアリルマ。
わずか一夜にして、突然住人が消えたとされるフェルタリア。
王家の圧政から人々が逃げ出したとか、突如現れた龍に焼き尽くされたとか、まことしやかに噂が囁かれているが、誰もその真相を知らなかった。
その真相が、今ここで明らかになった。
それもウェイル達が最も恐れていた過去として。
「フェルタリアは、『フェルタクス』によって滅ぼされたんだ……!!」
握る拳にも力が籠る。
これから自分達が関わっていかなければならない神器は、自分の故郷を消し去った神器であるのだ。
「そんな……なら、もしかして……」
ウェイルと同様に、フレスも動揺していた。
フレスはもっと正確な当時の状況を、最近思い出したばかりである。
まだ一部覚えていないところもあるが、今ある記憶だけでもかなりのことを推測できる。
(ライラは、フェルタクスを制御する曲を作っていたんだ……!! でもどうしてボクは、その後の事を覚えていないんだろう……?)
目の前でライラを失って、そしてボクは。
思い出したと思っていた記憶であるのに、その部分の記憶だけがない。
「ウェイル、二つ目の判ったことは?」
アムステリアもフレスの表情の変化には気づいていたが、とりあえず話を進めることにする。
問われたウェイルはというと、動揺中のフレスをちらりと後、告げた。
「全てを知っている人物の心当たりだ。そしてその人物は、おそらく過去にフレスと会っている」
「……それは誰なの?」
ウェイルとフレスは顔を見合わせる。
お互いに浮かんだ人物に確信が持てたのか、深く頷き合い、そして名を告げた。
「俺の師匠――――シュラディンだ」




