アホだらけの酒場にて
「うわあああああああああああああん、ビャクヤああああああ!! 聞いてよおおおおおお!! 私、出世しちゃうよおおおおおおおおおおおおおお!! うわあああああああああああああん!!」
「よしよし、いい子だから泣かないで! 上官は絶対に出世しません! 貴方みたいなお馬鹿さんが上に立ったら組織は終わりです!」
「だよね、終わりだよねぇ! なんで頭のお堅い老人らはそれが判んないかなぁ!!」
「みんなボケているんですよ! 上官の無能っぷりが見抜けないなんて! そうだ、代わりに私が出世してあげますよ! だから泣き止んでください!」
「ううう、……ほんと?」
「ええ。いつか必ず、私のことをビャクヤ上官と呼ぶ日が来ますから!」
「やったぁ! 早く出世して私を見下してね!」
「出世しなくても見下してはいますよ! でも、上官のために一肌脱いじゃいます!」
「えへへ、ビャクヤは優しいなぁ!」
「……一体どういう励まし方なんだよ……」
「……ねぇ、ステイリィさんって、一度病院に行った方がいいんじゃないかな……。勿論、頭のだよ」
「あの秘書、腹黒過ぎない?」
裁判所での予定を終えて、予約していた宿屋へ向かった御一行。
その宿は一階が酒場になっているのだが、何故かそこでステイリィが大声あげて泣いていたのであった。
それをビャクヤがいつものように慰めているのが、今の状況。
「ステイリィ! 何故ここにいるんだ!?」
「いやー、私ってほら、ほんのちょっぴりストーカー体質じゃないですか。だからウェイルさんがこの都市に来ていることが判った後、すぐに部下に宿を調べさせてですね。今に至るわけです」
「今に至るわけです、じゃねーだろ!? お前、まさかここに泊まる気か?」
「勿論じゃないですか! 夫婦が同じ屋根の下、同じ部屋、同じベッドで寝るのは当たり前のことです!」
「誰が夫婦だ誰が! ――はっ……!?」
突如、この場の重力が二倍になったように感じた。
全身が押し潰されそうなほどの殺気と、凍えそうな寒気が周囲を包んでいく。
これは何も比喩でなく、本当に空気が冷たくなっていた。
「ねぇ、ウェイル? このお馬鹿さんは、そろそろ殺していいかしら?」
「あ、テリアさんもそう思う? 実はボクも似たような事考えていたんだよねぇ。別に殺す気はないんだけどさぁ、なんだか急に凍りづけにしたくなっちゃって」
アムステリアだけでなくフレスまでもが、冷たいオーラでウェイルを震え上がらせた。
「お、おい、二人とも、落ち着け! ……いや、アムステリアはいつも通りだが、フレスは一体どうしたってんだ!?」
「あれ? お二人も泊まるんですか? なら私の部屋を使ってもいいですよ? 遠慮しないでくださいね? あ、夜は部屋に入ってこないでくださいね? いくら私でも恥ずかしいので///」
何を想像しているのか、ステイリィの顔は火の如く真っ赤に染まっている。
むしろ今の発言は、火に油を注ぐ結果――いやこの場合は氷に塩を撒くといった感じか。
アムステリアとフレスの目は、極寒の星空の如く暗く冷え切っていた。
「さ、寒くないか、この部屋……!?」
「お、おい、天井から氷柱が……!?」
酒場は冷え切り、宿全体が凍り付いていた。
酔っ払っていた客達も、この寒さで一気に酔いが覚める。
静かに怒る二人の殺気に当てられて、皆凍ったように動けないでいた。
「お前ら、いい加減にしろ! フレスもさっさと魔力を止めろ!」
「うみゃっ!?」
フレスの脳天にチョップを食らわせ、冷気の発生を止めさせた。
「な、なにすんのさ、ウェイル!」
「やりすぎだ、お前」
「仕方ないでしょ! ステさんが変なこと言うんだから!」
「ステさんって変な呼び方するな!? 人生で初めて呼ばれたよ!?」
「別にいいじゃない。ね、テリアさん!」
「……一度認めたとはいえ、やっぱりその呼び方されると腹立つわね……」
「どうして!? ウェイルには呼ばせているのに! ボクだって呼びたい!」
女が三人寄ると姦しい。
そんな格言に則って騒ぎ立てる三人に、いい加減宿の店主の堪忍袋も限界だったようで、ピキピキと額に青筋を浮かべていた。
「やかましい! これから仕事だろ、いい加減静かにしろ!」
店主の爆発を寸前で止めるべく、三人を静かにさせたのは良かったのだが。
「これを」
怒りの笑顔を浮かべる店主からウェイルが受け取ったのは、一枚の紙切れである。
「え、えーと、弁償代として……八千ハクロア!?」
ニコニコと静かに怒る店主が指を指したのは、店の食器棚。
「あ……、こりゃまずいよな」
一気に伸びた氷柱のせいで、粉々に砕けたグラスの山がそこにあった。
「弁償、してもらいますからね」
「……あ、ああ、申し訳ない……」
(どうして俺なんだ……)
弁償代に少し色をつけてから店主へ渡し、――そして。
「フレス、弁償代としてお前は晩飯抜きだ」
「うぇえええええええええええええええ、ごめんなさいいいいいいいい!!」
――号泣。
「ステイリィ、帰れ」
「うぇえええええええええええええええ、ごめんなさいいいいいいいい!!」
――号泣。
「アムステリア」
「?」
「いや、別にいい」
「何もないの!? ねえ、何かあるでしょ!? ねえってば! ちょっとウェイル、何か言ってよ! 私も泣けばいいの!? お望みなら泣くわ!! だから何か言って!!」
――号泣(演技)。
「はぁ……」
もう勘弁してくれと、ウェイルは項垂れるように椅子に座った。
正面に座っていたエリクと視線が合う。
「頭の悪い、騒がしい連中ね。こんな連中に逮捕されただなんて、自分自身に嫌気が差すわ」
「今ならお前の気持ちが判るかも知れないな……」
ただただ白い目で見ていたウェイルとエリクは、揃って大きな嘆息をしたのだった。




