裏切り
「フフ、逃がしませんわよ?」
宙を浮くサラーの足に、長い鞭が巻きついた。
「誰だ……?」
「任務を放って逃げだすとは、本部も黙ってはいませんわよ、イレイズさん?」
その声を聞いた時、ウェイルは背筋が冷たくなるのを感じた。
この声を、ウェイル達は知っている。
「――――エリク!?」
サラーの足に巻きつけた鞭を操っていたのは、サグマールの秘書であるエリクであった。
「あらあら、ウェイルさん。ダメですよ。プロ鑑定士が贋作士を逃すような真似をしては」
エリクは怪しく微笑む。
その表情も今のセリフも、何もかも違和感だらけ。
これは何か裏がある顔だ。
「何をしに来たのですか、エリク!」
イレイズが堪らず叫ぶ。
「何って、もちろん監視です。貴方達がいつ裏切るかを見ていたんです」
「エリク! これはどういうことだ!? ……まさかお前、『不完全』なのか!?」
会話の流れから、これはもう確定的だ。
だからこそウェイルは驚きを隠せなかった。
何せエリクは、長年サグマールの秘書としてプロ鑑定士教会本部に所属していたのだ。
もし彼女が『不完全』に属しているのであるならば、本部は長年『不完全』に情報を漏洩し続けたことになる。
「ええ、その通り。私は『不完全』に属する贋作士なんです。プロ鑑定士協会に所属したつもりなんて、毛頭なくってよ。このことに今頃気づくだなんて、プロ鑑定士ってのはマヌケの集まりね。特にサグマール様――おっと、もう様付けは必要ないわね。サグマールったら、ずっと私と一緒にいながら全く気が付かないのだから、おバカさんよね。でもサグマールには感謝していますわ。おかげで色々と情報が得られて『不完全』本部への報告が捗りましたから」
「エリク、貴様ァ!!」
「ウェイル、貴方に用は無いの。今は貴方よ、王子様?」
エリクは鞭を持つ手に力を込め、サラーを引っ張った。
「残念ですね、イレイズ。私は貴方のことを気に入っていましたのに。その美しいダイヤの肉体、是非コレクションに加えたかったわ」
「そうかい? 私は君のことが大嫌いだったよ? どれだけ丁寧に話していようと、性格の悪さは隠しきれていなかったからね」
「言ってくれますわね。これはお仕置きが必要かしら?」
鞭はギリギリとサラーの足に強く絡まり、その綺麗な足に痕を刻む。
「くそ……っ!」
サラーには先程フレスから受けたダメージが色濃く残っており、空を飛んでいるだけでやっという状態だ。鞭を焼き切る余力すらない。
またイレイズも空中であるため、自由に身動きが取れない。
どうすることも出来ず空中に留まる二人を、エリクは嘲笑っていた。
「ほら、早く逃げてごらんなさい。それともこのまま捕まって私のコレクションになる?」
「君みたいな下劣で汚らしい奴隷マニアのコレクションにされるくらいなら死んだ方がマシだね」
「そ。なら望み通り殺してあげる。貴方の故郷の、同胞ごとね!」
エリクは手に持った鞭をしならせて、思いきり振り下ろした。
サラーごとイレイズを地面に叩きつけるつもりだ。
「サラーだけは絶対に守ります!!」
空中でバランスを崩すサラーを抱きしめたイレイズは、咄嗟に身体を翻すと、サラーのクッションとなるような体勢をとった。
「止めろ、イレイズ! 私なら大丈夫だ! 龍である以上、死ぬことは無い! おい、イレイズ、馬鹿な真似はよせ!!」
サラーはそう叫んだが、イレイズは体勢を変えなかった。
「潰れたカエルのように、内臓をぶちまけてしまえばいいわ!!」
エリクが思いっきり鞭を振る。
すると強烈な衝突音が響き渡り、辺り一体は砂煙に包まれた。
サラーの叫びも虚しく、イレイズは地面に叩きつけられた――はずだった。
「さあ、次は貴方の故郷を――え……!?」
エリクは反射的に何かを避けた。
意識していたわけではない。
感覚的に危険を察知したのだ。
肌を掠める猛烈な熱気。
見ると今まで立っていた場所に、大きな火柱が立っていた。
「火!? まさかあの二人、生きているの!? いや、そんなはずは……!! それにもし生きていたとしても、あの高さから落下したのよ!? 無事でいられるはずはない! ましてや攻撃を繰り出せる状態だなんて……!!」
立ち込めていた砂煙が収まり始め、徐々に視界が開けてきた。
ここに来てようやくエリクは気づいた。
「な、なんなの、あれは!?」
イレイズ達は無傷だったのだ。
何故なら――。
「よくやった、フレス」
「うん!」
――イレイズとサラーは、フレスの生成した巨大な水球に包まれていたからだ。
床にぶつかった思わしき衝突音は、実はフレスの放出した水による衝突音だったのである。
サラーの足に絡まっていた鞭も、ウェイルが氷の刃で斬り、二人を自由した。
水球がはじけて、中からイレイズとサラーが出てくる。
「水中から炎を放ったせいで威力不足だ。フレスの奴、余計なことを……!」
「ちょっとサラー!? せっかく助けてあげたんだから、文句言わないでよ!?」
「私だって、そっちの男を助けてやっただろう? お互い様だ!」
「もう、サラーってば昔から素直じゃないんだから!」
ぶつぶつ文句を垂れるフレスを無視して、サラーはエリクの方へ歩を進めた。
「よくもやってくれたな。次はこっちの番だ!!」
サラーが手を突き出し、その身体に紅蓮の炎を纏わせた。
空気をも焦がさんとする灼熱の炎を放つサラーの姿に、味方であるウェイルですら恐怖を覚えた。
龍だからこそ成しえる圧倒的な威圧感と、心を潰されかねない迫力ある覇気。
改めて龍という存在の恐ろしさと痛感したのだ。
しかしエリクは、そんな姿のサラーを見ても全く動じていない。
それどころか、今度はフレスへ視線を向けて嘲笑した。
「フフフ……、炎の龍と氷の龍。なんという僥倖なのかしら。まさか氷の龍まで現れてくれただなんてね。本当に良かったわ。こうして現存する龍を二体もこの目で確認できたのだもの」
「私達のことを知っているのか!?」
「ウフフフフ、知っているも何も。そうねぇ、貴方達のような末端のメンバーには知らされていなかったわね。我ら贋作士組織『不完全』の真の目的。それは――」
エリクは堪えきれないように高笑いを上げながら、そして叫んだ。
「――龍を集めること、なのよ!!」




