エリクとの司法取引
交渉室に通されたウェイル達。
「我々は交渉室内にお供できない規則ですので、外で待機しております。何かあれば声を掛けてください」
そう言って刑務官はエリクの手錠を外した後、一礼して部屋から出て行く。
ここ交渉室では、交渉内容次第では重大な機密情報が交わされることもある。
それ故に、刑務官とはいえ情報漏えい防止の観点から、交渉中室内に留まる事を許されていないのだ。
また交渉中は、収監者の手錠は外される。
これは「交渉とは全て対等な立場で行わねばならない」という原則から来ているものである。
当然相手は凶悪犯罪者であり、しかも手錠まで外されているのだから、交渉は常に危険と隣り合わせではあるが、有益な情報を手に入れるためには、この程度のリスクを恐れるわけにはいかない。
ヒリヒリとする緊張感が支配する空気の中、最初に口火を切ったのはエリクであった。
「アンタ達、一体何をしにきたの? わざわざこんな辛気臭いところまで来るなんて、鑑定士ってのは随分と暇なのね。そういえばいつもサグマールの爺さんも暇そうにしていたわね」
いきなり机に肘をついて、退屈そうに――目には恨みの色が溢れているが――悪態をついてきたエリク。
「久しぶりだな、エリク。意外と元気そうでなによりだ」
「元気なわけないじゃない。アンタらに計画を邪魔されて任務に失敗したのだから。いつ『不完全』の本部が私を制裁しに来るか、毎日冷や冷やしているわよ」
「実はその事についても話があるんだ」
「はぁ?」
「どういうこと?」と言わんばかりに、訝しげに睨んでくる。
「最初に言っておく。俺達はお前と司法取引をするつもりだ。案件が案件だけ、報酬はお前の残りの刑期全てを請け負おうと思っている」
「ハァ!? 刑期全て!? 私の刑期は、残り五十年以上あるのよ? アンタとち狂っているんじゃないの!?」
「正しくは五十三年、四ヶ月と十二日。当然承知の上だ」
「やけに気前がいいわね。私を捕まえたのはアンタの癖に」
「自分でも驚いているよ。一度は命を狙われた相手なのにな」
「そう。これはとてもありがたい話なんでしょうね。でも、お断りするわ。私は交渉なんて一切行わない。特にアンタ達とは、絶対にね」
ガタンと音を立てて、エリクが席を立つ。
「帰って。もう話は終わりよ。さようなら」
「あら、つれないわね」
交渉室の扉前で、腕を組んで立っていたアムステリアが、横切ろうとするエリクに絡んでいく。
アムステリアを見るエリクの目は、ウェイルを睨んでいた時とは違う、侮蔑する目であった。
「話しかけないで。アンタの顔を見ると虫唾が走るの。この裏切り者」
「裏切り者? う~ん、確かに今の貴方からすれば裏切り者になるのかな?」
「組織を勝手に脱退して逃げ出したんでしょ? 裏切り者と呼ばずして何と呼べばいいの?」
「別にいいじゃない? 裏切りくらい。それに、私には貴方の組織への忠誠心が理解出来ないわ。任務に失敗し、後は処分を待っているだけの状態の癖して、どうして組織を裏切れないのかしら」
「…………ッ!!」
アムステリアの指摘は、エリクの思想の矛盾を突いていた。
彼女は今でも組織に忠誠を誓っている。
それなのにも関わらず、日々組織からの制裁に怯えている。
「そこを退きなさい! もう話すことは何もないわ!」
エリク自身もそれに気づいているのか、その葛藤から語尾がさらに強くなる。
「退かないわ。だって私は貴方を救ってあげたいから」
「私を救う? どうやって!? 組織の制裁から逃げられるとでも言うの!?」
「ええ、その通りだけど?」
「……はぁ?」
アムステリアがケロっと簡単に言うものだから、エリクは肩すかしを食らったような顔を浮かべた。
その表情がやけに面白かったのか、アムステリアはクスクスと笑っている。
「貴方、やっぱり制裁が怖いのね」
「当たり前でしょう! ここを出たら、組織は迷わず私に制裁を加えに来るわ!」
「ねぇ、ウェイル。もう教えてあげましょうよ。彼女を組織の呪縛から開放させてあげるべきだわ」
「ああ、そうだな」
席から立ちあがり、ウェイルはエリクの方を向き、諭すように話し始めた。
「よく聞け、エリク。お前が『不完全』に制裁されることは、絶対にない。100%ないんだ」
「な、何を言ってるの、貴方!?」
「お前が『不完全』に殺される心配は絶対にないってことだよ」
「何故そう言い切れる!?」
「言い切れるさ。いいか? 落ち着いて聞いてくれ。何故なら贋作組織『不完全』は――――すでに壊滅しているからだ」
「――――え…………」
ウェイルの言葉が信じられないのか、はたまたその言葉の意味すら、まだ理解できていないのか。
どちらにせよ、絶句と呆然で、エリクの時間は凍り付いていた。




