司法取引の打ち合わせ
「ぷっはああああああ!! 食べた食べた~!! 生き返ったよ~!!」
「だからいつも食い過ぎだっての……」
ただでさえ狭い部屋であるのに、食事後サイズが1.5倍に膨らんだように見えるフレスのせいで、さらに息苦しい部屋へと変貌してしまった。
大きく膨らんだお腹をぽんぽんと撫でながら、ふいーっと眠そうに項垂れている。
「ふわあ、お腹いっぱいになったし、眠くなっちゃった……――いてっ!」
「寝るな」
「むぅ、何もデコピンすることないじゃないのさ!」
「さて、腹ごしらえも済ませたことだし、そろそろ本題に入るぞ」
「うう、無視された……」
店員が机の上の空き皿を全て片付けたところで、ウェイルは本題を切り出した。
「これから裁判所と大監獄へ向かう」
「アポはとってあるんでしょ?」
「無論だ。裁判所と大監獄、ついでに治安局にも連絡を入れてある。プロ鑑定士権限でエリクとの面会許可を得ることが出来た。その際、司法取引を行う可能性があるが、これも治安局と裁判所に承諾してもらっている」
「司法取引が出来るんですか!?」
「司法取引って何?」
フレスにとっては初めて聞く言葉だったので、首を傾げていた。
意味を知るイルアリルマが、説明してくれる。
「司法取引というのは、罪人から情報を得る見返りとして、刑期を軽くするという取引の事です。まさかプロ鑑定士に司法取引を行う権限が与えられているだなんて、全然知りませんでした……」
「一応機密事項だから、内密にね」
プロ鑑定士になったとはいえ、ルーキーであるイルアリルマとフレスには知らない事が多い。
実際プロ鑑定士には数多くの権限が与えられているが、それを全てを知る受験者などいないはずだ。
それもそもはず、公開していない秘密の権利だっていくつもある。
罪人と司法取引を行う権利も、その公開していない権利の内に含まれる。
非公開の理由としては、犯罪仲間を助ける司法取引目当てに、鑑定士を目指す者が出てこないようにするためである。
「プロ鑑定士には治安局の介入なしでの、単独での司法取引を行う権利が与えられているの。無論、取引が実際に行われた際には相当数の書類にサインをして、裁判所の許可を得ないといけないのだけど」
「裁判所の手続きは少しばかり手間と時間が掛かる。まあ手続きは全て俺がやるから安心してくれ。それで本題はエリクに話す内容のことだ」
「内容? 『不完全』の目的を聞き出すんでしょ?」
「それはそうなんだが、要はエリクにどこまで情報を公開すればいいか、それを相談したかったんだ」
「……どこまで、というと?」
「『不完全』という組織は、すでにこの世に存在しないという話を伝えるかどうか。これが一番大きい情報だろうからな」
「そうねぇ……」
「忌憚のない意見を聞きたいから、アムステリアには無礼を承知で訊ねる。お前は『不完全』が潰れたと判った時、どう思ったんだ?」
「…………」
予想通りではあるが、アムステリアに少しばかり沈黙が流れた。
「……そうね、正直に言えば、少しショックだったわ」
ふぅ、と小さく嘆息して、アムステリアは答える。
「確かにあの組織に未練なんて全くないし、潰れてもいいとは思ってはいたのだけどね。それでも私にとって、あの組織が命の恩人であることには変わりないの。私はもう鑑定士。彼らの敵となる存在。潰れたことを知って残念、なんて思ってはいけない。でも少しだけ、ほんのちょっぴりだけ寂しいと、そう思っちゃったかな……」
プロ鑑定士としては、まずあり得ない感想だ。
それでも彼女の境遇を考えれば、その考えは普通だとウェイルは思う。
たとえ自分にとっては憎くて堪らない連中であるにしても、この目の前で物静かに佇む女性にとっては、育ての親同然であったのだから。
「ありがとう。アムステリア」
意地悪な質問をしたと思う。
でも、これで十分はっきりした。
「伝えよう。エリクにもこのことを」
「私もそれがいいと思うわ。彼女は知るべきよ」
エリクだって、アムステリアの様に何らかの事情があって『不完全』にいたのだろう。
無論、理由がどうあれ彼女のやったことは許されることではないが、それまで経緯を思えば、多少なりとも考える余地はあるとウェイルは思っている。
ウェイルが『不完全』という組織に対して、このように冷静に考えられる様になったのも、アムステリアやフレスのおかげであると、今はよく理解している。
「エリクには真実を伝えよう。その結果、俺達は情報を得ることが難しくなるかも知れない。それでも伝えた方がいいと、俺はそう思う」
ウェイルの提案に、首を横に振る者はいなかった。
「司法取引の内容はどうするの?」
「それについてなんだが、俺も迷っているところなんだよ」
基本的に司法取引の交渉は、相手の懲役年数の軽減を掛けて行っていく。
「『不完全』の情報だもんね……。生半可な年数じゃ難しいのかな?」
「エリク次第だろうが、まあそうだろうな。だが俺としては此度の情報はなんとしても手に入れなければならない」
「ウェイル、もしかして彼女の全懲役を掛けるつもりなの?」
「ああ。そのつもりだ」
「あ、あの、それってかなり危険じゃないですか?」
おずおずとイルアリルマが不安を口にする。
『不完全』という凶悪犯罪集団に属していた者を解放するというのだ。不安にならぬわけではない。
特にイルアリルマは、個人的にも『不完全』を憎んでいる。
彼女が不満に思うのも無理はない話だ。
「危険だろうな。確かにエリクは危険な存在に違いない。しかし俺達が今相手にしているのは、そのエリクを遙かに凌駕するほど危険な連中だ。そうだろう?」
「……その通りですね」
エリク一人の危険性と、『異端児』メンバーの危険性を比べたら、それこそ天と地ほどの差がある。
「俺の責任で、奴の全懲役を背負う。当然、欲しい情報は必ず全て手に入れる。そのために皆も協力してくれ」
ウェイルの決心は固い。
皆、固唾を呑んで、頷いた。




