暗黙の了解
「うわぁ、そこら中から美味しそうな匂いが漂ってくるよぉ!!」
「この都市の飲食街はレベルが高いからな」
「でも本当に色々な料理の店があるんですね。匂いだけでお腹いっぱいになりそうです」
ファランクシア都市内には、多くの飲食店が連なっている。
これにはいくつかの理由があるが、最も大きな理由はこの都市の住人は治安局、監獄、裁判所の関係者ばかりであるということだ。
司法業務に、安息の時間はない。皆日夜業務に励んでいるのだ。昼食をとる余裕がない日さえある。
それほどの多忙の中、自ら腕を奮って料理を嗜もうとする物好きな人間など、そうそういやしない。
必然的に彼らの食生活は、時間と手間の関係上、外食ばかりとなっているのが実情である。
仕事の疲れを癒すには、美味しい料理に舌鼓を打つに限る。
そういう理由で、この都市には飲食店が多いのである。
日々外食を繰り返す彼らの需要を幅広く満たすために、飲食店は様々な工夫を凝らしており、そのレパートリーの多さは大陸随一だ。
ある意味グルメが多いのも、この都市の特徴にもなっているのかも知れない。
そしてそんな外食産業の栄えた表通りを、目を輝かせて――もとい涎を垂らしながら、意気揚々を歩く四人組がいる。
「匂いが一杯で溺れ死んじゃいそう……!!」
「フレス、汚いから涎を拭け」
「ウェイル! どこの店に入るの!? ボクもうお腹空きすぎて死んじゃうよ!」
「お前が死ぬわけないだろうよ。何の比喩でもなくな」
「むむ、そうだけどさ! それくらいお腹が空いているって意味!」
「だからといってイチイチ店先まで匂いを嗅ぎに行くなよ……」
指を咥え目を輝かせながら、店舗の先々で匂いを嗅ぎまくる我が弟子の姿に、思わず頭を抱えてしまう。
「あの、ウェイルさん、どこの店に行くんです?」
後ろをついてくるイルアリルマも、そろそろ何処かへ落ち着きましょうと、ウェイルにそう尋ねてくる。
「もう少し行った所だ」
「目的地があるの?」
「ああ。あそこならフレスも満足だろうよ」
「ボクが満足できるお店!? それってもしかして――」
「――先に断っておくが、メニューに『クマ』はない」
「なななな、なんですとおおおおお!? どうして台詞がバレた!?」
クマがないと聞いて顔面蒼白になるのは、大陸中探してもフレスくらいなものだろう。
「ワンパターンなんだよ、お前はさ」
「そんな~、そんなのじゃ、ボクが満足するわけないでしょ~!」
「いつも腹いっぱい満足するまで食ってるじゃないか……」
「くまくまくまくま~!!」と、駄々をこねるフレスの首根っこをひっ捕まえて、引きずりながら歩いていくと、ほどなくして目的の店へと辿り着いた。
「ここだ」
「あらら、なるほど」
店の看板を見上げるアムステリアも、意を察したのか頷いている。
「うう、ここ、どこなの……?」
その意というものが分からぬフレスがキョトンと呟く。
「ここはな、ヤンクが出している店なんだよ」
「ヤンクさんが!?」
「正しく言えばデイルーラの系列店だ」
なるほど、確かに看板にはデイルーラの文字がある。
「そっか! ここなら好きなだけ食べてもいいってことだね!? 代金は全部デイルーラ社が持ってくれるとか!」
「んなわけあるか。ここはな、色々と配慮してくれるんだよ。秘密裏の話をしたい時には持ってこいだ」
ウェイル達の持ち得る情報から交わされる情報は、何かと危険度が高い。
この店ならば他の客には聞こえぬよう、配慮してくれるはずだ。
「ねーねー、もうお話はいいから入ろうよぉ! もうお腹空きすぎて死んじゃうよぉ!!」
フレスが再び駄々をこねかねない状況であるので、さっさと店内に入ってしまうことにした。
「いらっしゃいませ、本日はどのようなご用件で?」
「ちょっと鑑定でな」
「分かりました。お部屋へ案内いたします」
受付にてウェイルがそう告げただけで、店主の表情一つ変えずに、ウェイル達を店の奥にある扉へと案内した。
「ごゆるりと」
店の奥の、少しだけ手様な部屋に残された四人。
「ねーねー、今のやりとりって、何かの暗号なの?」
「暗号ではないが、まあそれに近いな。暗黙の了解って奴だ」
「あんもくのりょーかい?」
「鑑定士がこういう店舗を利用する時に鑑定が目的と言えば、大抵聞かれてはまずい話をするから部屋を用意してという、一種の習わしみたいな意味があるわけ。といっても、これが通用するのはマリアステルにある店舗と、デイルーラ系列の店舗だけだけど」
「へぇ……、変なルールがあるんだねぇ」
「私も初めて知りましたよ」
「まあルーキーなら仕方ないうよ。覚えておきなさい」
「うん! ギルにも教えてあげよーっと!」
合格したてのプロ鑑定士が、こういう場所を使うのは珍しいことなので、知らないのも無理はない。これから徐々に慣れていけばいい。
「さて、せっかくここまで来たんだ。それ相応の話をしようじゃないか」
「やだ! 先にご飯!」
グ~っと、フレスの腹の虫まで文句を垂れて来るし、さらに。
――グ~~。
「……あら、ウェイルに聞かれちゃったわ。恥ずかしい……」
「…………えへへ、私もお腹空いちゃってるみたいです……」
腹の虫の大合唱が始まる前に、腹ごしらえをするべきだろう。




