ライラの詩
「――実は僕、フェルタクスの正体について、ある程度の目星がついているんだ」
その発言に、一同は一斉にテメレイアに注目した。
「――何だと!? 一体どういうことだ!?」
「落ち着きなよ、ウェイル。えーと、その話は後でじっくりとするさ。まずこのカラーコインを見てみようじゃないか」
ルーペを使い、じっくりとレプリカを見回すテメレイア。
「それ、贋作なんでしょ? あまり鑑定しても意味ないんじゃない?」
「いや、それは違うよ、アムステリア。贋作でも、これが本物そっくりに似せて作られている以上、見るべき点は多くあるのさ。事実判ったことがあるから」
「贋作を見て判る事?」
アムステリアも、要領を得ないと首を傾げる。
「確かに贋作である以上、塗料や材質などについては考慮するに値しない。だけど見た目はほとんど同じに作られてあるよね。今回はその見た目が重要なのさ。特に重要なのは、この模様」
カラーコインの模様。
ウェイルが鑑定した結果、これはイラスト風に描かれた文字であることが判っている。
「これ、文字だよね。それも旧フェルタリア語だ」
「お前、読めるのか?」
「少しだけね。昔暇つぶしに旧フェルタリア文明の文献を読んだことがあるから」
「す、すげー……」
フロリアの口は、再びあんぐりである。
「贋作だし、文字もちょっと潰れかけているけど、何とか読める」
ルーペを使ってじっくりと見ながら、テメレイアは解読したままを音読し始めた。
「……『時代の覇者は放たれる』。えっと、次は……『黄金の鍵は龍の手なり』かな? 一体何を表しているのやら」
「あれ? その詩……」
テメレイアの音読を聞いて、フロリアが何かに気付いた。
「ニーちゃんさ、今の詩、この前歌ってたよね? 確かスメラギ達と『セルク・ブログ』の解析を進めているときに」
一同は、またもニーズヘッグの方を向く。
「知ってるの……」
もぞもぞと、自信なさそうにそう答えた。
「ニーズヘッグが、知っている……?」
その事実は、フレスに違和感をもたらした。
そんなフレスの表情を見てか、ニーズヘッグはフレスにこう告げた。
「多分、フレスも、知っているの……」
「ボクも知っている……!?」
今テメレイアが音読したフレーズを聞いても、何も思い浮かばなかったというのに、ニーズヘッグはそんなことを言ってくる。
「ボク、こんな詩知らないよ!?」
「ううん、知ってるの。聞いて欲しいの。思い出して欲しいの……!!」
ニーズヘッグは唐突に立ち上がったかと思うと、両手を前で合わせて目を閉じて、そして歌を歌い始めた。
――『時代の覇者は放たれる』――
――『黄金の鍵は龍の手なり』――
――『五つの円は滅びの歌に』――
――『女神と剣から信仰集め』――
――『創世の光が世界を洗う』――
――『哭けや憂いや人の器ぞ』――
――『畏れや崇めや神の器ぞ』――
――『終焉は王の手によって』――
ニーズヘッグは歌い方はたどたどしく、お世辞にも上手いとはいえない、というより凄まじく音痴であったのだが。
「…………ッ!!」
それでも、この歌はこの場にいる者を圧倒させる。
皆が皆息を呑み、言葉の羅列を一つ一つ噛みしめるが如く、その意味を探っていく。
特にフレスは、身体中から冷や汗が噴き出るほどの寒気を覚えていた。
「フレス、知ってるはずなの」
「し、知らないよ、ボクはこんな詩、知らない!!」
記憶にはない。でも、なんだか懐かしいような――
「……フレスは知ってる。だって――」
一同がフレスを見て、そして理解した。
理解できていないのはフレス本人だけだろう。
何故ならフレスは――
「ボク、本当に記憶にないんだよ!」
「だってフレス、今、――――泣いているの」
「……え……?」
フレスは手を顔に当ててみた。
「……あれ? なんで? なんでボク……泣いてるの……?」
拭いても拭いても、涙が止まらない。
対するニーズヘッグは頭を抱えて青ざめていた。
「に、ニーちゃん?」
心配になったフロリアが、ニーズヘッグの肩を抱いた。
体重が一気に掛かってきたことを見るに、ニーズヘッグも倒れる寸前だったようだ。
「ボク、ボク、どうして……? 本当に、何のことだかわからないのに……!!」
そんなフレスに、ニーズヘッグは顔を苦痛で歪めながらも、言葉を絞り出した。
「フレス、思い出すの。この詩は、……――――ライラが完成させた詩、なの……!!」
「――ライラの詩……ッ!!」
その名を聞いた瞬間だった。
フレスの脳裏に映し出された、鮮やかな光景。
大好きな親友ライラが、ピアノを弾きながら、フレスに歌ってくれた詩。
二人仲良く作曲した、あの楽しかった日々を。
あの幸せだった記憶が、蘇ったのだった。




