イレイズの決意
「ウェイルさんはクルパーカー族をご存知ですよね?」
「こんな奴に話すな、イレイズ! ……ぐっ!」
イレイズが語り出そうとした時、サラーは身体を張ってそれを止めようとした。
しかし全身が蓄積されたダメージに縛られた彼女の身体は、すでに限界だったようで、抱き着くようにイレイズにぶつかると、足の踏ん張りが利かずそのまま倒れてしまった。
そんなサラーをゆっくりと起こしながら、イレイズは優しく頭を撫でて言う。
「いいんだ、サラー。私はウェイルさんには事情を聴いてもらいたいと、そう思ったんです」
「でも……信頼できるのか……?」
「ははは、サラーはおかしなことを言いますね。プロの鑑定士以上に信頼できる人なんて、この大陸にはいませんよ それで改めて尋ねますが、クルパーカー族をご存知ですか? ウェイルさん」
「ああ、当然知っているよ。ダイヤモンドヘッドは有名だからな。その部族の名を聞けば、鑑定士ならまず最初に思い浮かぶ違法品だ」
――違法品『ダイヤモンドヘッド』。
クルパーカー族は、他の人間に比べ、骨に含まれる炭素濃度が非常に高い。
そのためクルパーカー族の身体を高温で燃焼させると、後にはダイヤモンドと化した骨が残る。
その時残った頭蓋骨を『ダイヤモンドヘッド』と呼ぶ。
クルパーカー族では、このダイヤモンドヘッドを先祖の魂として大切に祭る風習がある。
誇り高いクルパーカー族は、先祖の骨を手放すなんてことは絶対にしない。当然市場に出回る数だって圧倒的に少ない。
逆に言えば、市場に出回っているダイヤモンドヘッドの大半は、略奪や恐喝にて入手されたものばかりである。それゆえに違法品に指定されているわけだ。
数が少なく入手困難な違法品、さらに巨大なダイヤモンドということもあって、裏世界では法外な高値で取引されている。
「私がそのクルパーカー族であることは先程お見せ致しました。そして私はクルパーカー族の王家の血を引くものなのです。私の本当の名前はイレイズ=ルミア・クルパーカー。ルミアとは我々の言葉で王家を表し、私は次期王位継承権第一位。つまり次期王なのです」
名前が自分の地位や家系を表すことはそう珍しいことではない。
――ウェイルの名前にも重大な意味がある。
ただウェイル自身、未だその名の意味を知らない。
「その次期王がどうして『不完全』に?」
「……人質に取られたからです」
「人質だと?」
「私は『不完全』にクルパーカー族全員を『人質』に取られているのです」
「どういうことだ!?」
あまりにも突拍子もなさすぎる話。
だが相手は『不完全』。それくらいの事はやるだけの力があることを、ウェイルはよく知っている。
「クルパーカー族と聞けば、まず思い浮かぶのがダイヤモンドヘッド。ウェイルさんもそう仰いましたよね。まさにその通りですよ。このダイヤモンドヘッドが全ての元凶なのです」
「ダイヤモンドヘッドを狙われたのか……?」
「ええ、その通りです。ある時『不完全』から使者がやってきて、我々の持つダイヤモンドヘッドを全て売ってくれと提案してきたのです。裏世界で流通しているレートよりも、多少色を付けた額でね。ですがダイヤモンドヘッドは我が部族の誇り。先祖の魂を売ろうとする者は誰一人いませんでした。それに怒った『不完全』は、強行手段に出たのです。見せしめにと、集落一つを丸ごと焼き尽くし、遺体から首だけを盗っていったのです」
淡々と語るイレイズだが、握る拳からギリギリと音がなっていた。
イレイズの話を聞いて、フレスの顔は青ざめ、手で口を覆っている。
「そして『不完全』は私の所へ来ました。ですが我々はどんなことをされても売る気はないと、そうキッパリと答えたのです。すると『不完全』は、何故これまで執着していたのか分からないほど簡単に諦めてくれました。しかしそれにはある条件があったのです」
「それが『不完全』に入ること――ということか……?」
「はい。これを断れば間違いなくクルパーカー族は『不完全』によって滅ぼされていたでしょう。悔しいことにクルパーカー軍の戦力は、『不完全』の持つ強大な神器の前には成す術もありません。私が『不完全』に所属している間は、クルパーカーには絶対に手を出さないと約束しました。そして『不完全』は私が二度と故郷に戻れないようにと、私の城を焼いたのです」
「偶然、城の中に私が封印されていた絵画があった。城と一緒に燃えたこと封印が解けたんだ」
サラーはイレイズの説明に自身の解放の件を付け足した。
「それ以来、私はずっとサラーと『不完全』の仕事をこなしてきたのです。サラーだけが私の味方であり、理解者でした」
「そういうことだったんだ……」
フレスがサラーへ向けた視線。
それは不憫で可哀想な者を見る視線とは全く異なるものであった。
一人の人間をずっと支え続けた者への、尊敬の眼差しだった。
「ですが今日、仕事に失敗してしまいました。プロ鑑定士協会にオークションを潰され、真珠胎児はウェイルさんに押収されてしまいました。『不完全』本部は私に容赦なく制裁を下すことでしょう」
ウェイルは何も言葉に出来なかった。
イレイズの過去。それは想像を絶するほど辛かったに違いない。
さらに今回のことで『不完全』は追い討ちを掛ける様にイレイズに制裁を与えてくるという。
「私はどうなっても構わないんです。我が同胞の命だけが心配なのです」
イレイズの民を想う顔。それはまさしく王の顔だった。
「私は今まで『不完全』に従うことで部族を守ろうとしてきた。でもやはり無理でした。ウェイルさんの言うとおりです。私は逃げていただけでした。私に勇気が無いばかりにこんな簡単なことすらも気づくことが出来なかった。ウェイルさんやフレスちゃん、そしてサラーのおかげでようやく判りました。今、私がすべきことを――」
イレイズの決意に満ちた表情。そして全てはこの言葉に集約される。
「――戦います。『不完全』と。我が部族を守るため」
そしてサラーに手を差し出す。
「一緒に戦ってくれるかい? サラー」
サラーは差し出された手を大事そうに両手で包んだ。
「当たり前だ。私はずっとイレイズと一緒に生きてきた。それはこれからも同じだ。あの時の約束は違えない」
二人の絆、それはウェイルが考えていた以上に強い。
このイレイズとサラーなら『不完全』と戦っていけるかも知れない。
しかし二人が犯した罪。それが消えることは絶対にない。
ウェイルはプロ鑑定士として、仕事を遂行しなければならない。
「イレイズにサラー。お前達を違法品競売法違反で逮捕する」
ウェイルの事務的な声が静かに響いた。




