お見事な食い逃げ
「はぐはぐはぐっ!!」
「アノエ、女の子なんだから、もう少し落ち着いて、お行儀よく食べましょうよ」
「ん? ルシカ、そのパンいらないのか? 私がもらってやる」
「差し上げますから、もっとゆっくり食べてくださいね……」
わっしゃわっしゃと、無表情で胃に食べ物を詰め込み続けるアノエの横で、ルシカがため息をつきながら食後の紅茶を楽しんでいた。
「イドゥさん、遅いですねぇ」
この日の昼には合流する予定であったのだが、未だにイドゥの姿は見えない。
おかげで昼食を兼ねた長いティータイムとなってしまっていた。
「すまない、遅れた」
アノエが最後のパンを丸のみしようと口を開けた時、丁度イドゥがこの場に到着した。
「遅いよ、イドゥ?」
「すまぬな。少しばかり準備に手間取ってな。ワシも昼食にしよう。店員を呼んでくれ」
注文し、昼食が運ばれてくると、今しがた腹いっぱいに昼食を取ったばかりのアノエが、涎を垂らしながらこちらを見つめてくる。
それを完全に無視して、イドゥは食事をしながら話を続けた。
「実はスメラギ達と連絡を取っていた。身体の方はもう問題ないらしい。すでにピンピンしているそうだ。スメラギは「るーしゃの愛のおかげ」と言っていたが、やはりスメラギは普通の人間じゃないな。もはや化物だ」
「さりげなく酷いこと言っていますね、イドゥさん」
「ルシャブテも普通の介抱が出来るんだな。驚いた」
「そういうわけで、奴らも次の作戦には問題なく参加できるそうだ。ルシャブテはどうでもいいがスメラギの持つ神器は、どうしても必要だからな。それこそルシャブテは本当にどうでもいいが」
「さりげなくする努力すらしないんですね。イドゥさん……」
なんと不憫な扱いのルシャブテだろうと思いもしたが、あながちイドゥの言うことも間違ってはいないので、これ以上は庇うことはしない御一行である。
「ねぇ、イドゥ。ティアは?」
この場にはいない龍の少女、ティア。
メルフィナは時計塔で分かれて以来、一度も顔を合わせていない。
あの時はイドゥに連れられて行ったはず。
「ティアは一足先に現地に行って下見をしてもらっている。結局この作戦はティアが大暴れしてくれて初めて成功するわけだからな」
「だよねぇ。作戦聞いた時は驚いたよ。まさかの司法都市ファランクシアの大監獄を襲撃するだなんて。命がいくつあっても足りないよ」
「仕方ないだろう、目的の神器がそこにあるのだからな。それにリーダーよ。貴様は今回の作戦には参加せんだろう。お前はお前の目的の為に任務にかかれ」
「はいはい。もう少しゆっくりしてからねー」
ズズーッとコーヒーを飲み干す。
感想の一つでも言おうかとは思ったが、コーヒーを飲む様子をジーッとアノエに疑るような目で見られていたので、感想を言うのを止めた。
「……ちっ」
「やっぱり感想を期待してたの!?」
「今回の作戦は少数精鋭で行く。作戦の規模は大きいが、それほど大層な戦闘にはならんだろう。面倒事は全てティアが引き受けてくれる。ワシらは情報通りに進めば良い」
耳に光るピアスを指さすイドゥ。それだけでルシカは意味をほとんど理解していた。
「では今回の作戦は私とイドゥさん、ティア、スメラギで行くんですね?」
「ワシが行かねば条件に満たないし、お前さんの能力がなければ例の神器の場所が特定出来ん。スメラギも同様。後は……そうだな、ダンケルク、お前さんも来るか?」
「ああ。治安局には個人的にも恨みがあるしな。俺に任せろ」
プロ鑑定士協会に裏切られたダンケルクを、不当に拘束したのは治安局だ。
治安局が絡むとなれば、ダンケルクは危険を顧みずに協力してくれる。
「残った者は先に最終計画の方を進めておいてくれ。正直最終計画にもダンケルクの力が欲しいところだが、流石に今回の作戦が優先だ。リーダーよ、余ったメンバーと仲良くやるんだぞ?」
「余ったメンバー?」
イドゥ、ティア、ダンケルク、ルシカ、スメラギがいないとなると、余ったのは。
「ちっ」
「アノエ!? そんなに僕と一緒にいるのが嫌なの!?」
「別に。ではリーダー、君はルシャブテと一緒にいることはどう思う?」
「嫌だなぁ……、絶対喧嘩になっちゃうもんねぇ」
「喧嘩なら私も参加する。その剣を賭けて勝負だ」
「だから絶対渡さないよ!?」
「リーダーらは放っておいて、ワシらは行こうか。決行は明日の深夜からだ。準備しよう」
「はーい。ではリーダー、アノエ。また後でね!」
作戦を開始するために、実行メンバーがカフェから去ると、残ったのはメルフィナとアノエ。
「僕らもそろそろ行く?」
「うん。剣の手入れをしたい」
「そうだね。じゃあそろそろヴェクトルビアにでも行こうか」
「何をしに?」
「例のモノを奪いに。全く、フロリアのせいで余計な仕事が出来ちゃったよ」
「フロリアはあれが普通だから。別に何も思わない」
「まあ僕としてもそうなんだけどさぁ。……まぁいいや。行くよ、アノエ――――って、あれ?」
椅子から立ち上がった時、ふと目に入ったのはリーダーの前に置かれた請求書。
「あれあれ!? イドゥ達、お金置いていってない!?」
サーッと背筋が冷えていく。
ポケットをまさぐって、そこには何も入ってはいない。
「ちなみに私は財布を持っていない」
視線を送ろうとする前に、アノエはそんなことを言ってくる。
「……僕はルシカがお金を出してくれるものだとばかり思っていて、何も持ってきてないんだけど」
「……てことは」
「……そういうことだよね」
二人がそう顔を見合わせた時、タイミングよく店員が通りかかる。
「お帰りですか? お会計になさいますか?」
にっこりとほほ笑む店員の顔に対し、メルフィナの顔はひきつっていたことだろう。
「えっと、まだ、まだもうちょっと食べようかな! ほら、アノエ、まだ食べるでしょ?」
「いや、もう十分食った。早く帰って剣の手入れを――ふぐ!?」
「あらら、そんなにメニューを顔に近づけなくたって見えるでしょ!? ホント、アノエったら食い意地はってるんだから! ほら、次選んでよ!」
バシンと顔にメニューをぶち当て、アノエの発言を止めさせる。
「ふぐーっ!?」
「注文が決まりましたらお呼び下さいね!」
「は、は~い」
「ふぐぐぐっ!?」
こうして店員の目をごまかした二人の次の行動はというと――
「……よし。逃げよう」
「異論なし。そしてリーダー、後で殺す」
「それは止めてくださいませんか?」
――ぴゅーっというオノマトペが聞こえてくるのではないかと思えるほどの、即決・迅速・恥じらいなしの三点が重なった、見事なまでの食い逃げであった。




