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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
最終部 第十四章 司法都市ファランクシア編『ステイリィ英雄譚』
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ある雨の夜

 ――それは、誰もが想定すらしていなかった、前代未聞の大事件であった。


 その日、治安局が本部を構える都市である司法都市『ファランクシア』は、近年稀に見る豪雨に襲われていた。

 この都市(ファランクシア)にとって、雨とは警戒すべきものだ。


 ――雨は闇を深くさせ、音を消す。


 アレクアテナ大陸にて罪を背負った囚人達は、この都市にある大監獄『コキュートス』に一括して投獄されている。

 仮に野蛮な囚人達が、雨に紛れて脱走でも企てようものなら、一般市民に多大な影響が出ることは明白である。

 だから雨の日は、通常の倍以上の警備員を配置して、この都市を守っていた。


 ――ぴちゃ、ぴちゃ。


 雨で濡れた髪の毛から、滴り落ちる滴。

 帽子も雨具も身に着けていない、一人の少女が、大監獄の入口を見ながら突っ立っていた。

 その見た目は、金色の髪が美しい、可愛らしい少女。

 だがその風体は、まるで貧困都市リグラスラムから抜け出てきたのではないかと勘繰るほどの、汚らしい孤児のような姿であった。

 豪雨の夜、たった一人で佇む少女に、何事かと数人の警備員が、彼女の周りを取り囲んだ。

 とはいえ警備員達の敵意の色は薄い。

 多少の警戒心はあるものの、少女が一人こんな場所で雨に濡れながら立っているのだから、どちらかと言えば心配をする色であった。


「お嬢さん、一体どうしたのかな?」


 恰幅の良い、柔和で優しそうな笑顔を浮かべる男性警備員が、少女に声を掛けた。


「……、ほ………が、……の」

「うん? 何かな?」


 少女の声はとても小さく、さらに雨音が邪魔をして、警備員達にはその内容は届いていなかった。


「こんな場所で雨に濡れていたら風邪をひくよ? ほら、少しだけどお金あげるから、暖かいものを食べて雨宿りできる場所に行きなさい」


 男性警備員は本当に親切な者で、財布から二枚のハクロア札を取り出すと、少女の手に握らせた。


「おい、持ち場に戻るぞ。お前も、いくらその少女が可哀そうだからって、変に施しを与えるな。そんなことしていたら孤児全員にしなければならなくなる」

「ああ、判っているよ。俺が救えるのは目の前にいる孤児だけだ。皆ってのは無理さ。でも少しくらいはいいじゃないか。これは俺自身のためでもある。普段は悪人の監視ばかりしているせいか、自分は奴らとは違う善人だと、自分自身に言い聞かせたい時があるんだ。今がその時さ」


 恰幅の良い男性はそう仲間に言い返すと、少女の頭をそっと撫でて、そして身に着けていたスカーフを外して彼女の頭にかぶせてやる。


「今は雨具を持ってないんだ。これで我慢してくれるかな?」

「…………」


 少女は何も答えず、表情一つ変えない。

 そんな少女の態度に、周囲の連中は苛立ちを覚えていた。


「おい、もうそんな孤児に構わず持ち場に戻るぞ。上官に見つかったら始末書ものだ」

「君もさっさとこの場から立ち去りなさい。任務の邪魔になる」


 少し尖った言葉を投げつける仲間を無視して、恰幅の良い男性は、少女に優しい笑みを投げ続ける。


「ごめんな。こいつらだって悪い奴じゃないんだ。ただ仕事が忙しくて、少々イライラしているだけさ。もし困ったことがあったらまた来なさい。何か力になれるかも知れないから」


 屈んで、少女の目線と同じ高さで、ニッコリと笑ってやった。


 ――だが。


 男が少女の瞳と視線があった瞬間。

 寒気を覚えたのと同時に、身体は恐怖に支配された。


(なっ!?)


 比喩ではなく、本当に動かない。

 少女の瞳は、吸い込まれそうなほど純粋で深い――まさに深淵の黄金色。

 瞳の奥底に眠る、溢れんばかりの邪悪な光が、男の足を竦ませていたのだ。


「おい、何をしている! 戻るぞ!」

「そんな孤児のことなんて、いい加減放っておけ! 上官に叱られるぞ!」

「あっ………!」


 屈んだ男は、ボソっと呟いた少女の小さな声を、その耳に捉えていた。


「――ティア、欲しいものがあるの。くれるんだよね?」


 男がその声を聞きとったその瞬間、少女の姿は忽然と消えてなくなった。

 次に男の耳が捉えたもの、それは――


「――ぐあああッ!?」


「――ぎゃああッ!?」


 同僚達の、壮絶な断末魔であった。

 何が起こったのか、その事実を確かめる為に、恐怖を堪え、断末魔の先を見る。


「あ……ッ!?」


 断末魔の先にあったのは――真っ二つになった同僚の姿。

 そしてそれを行ったのは、今の今まで目の前にいた金髪の少女。

 散らばった屍や肉片の踏みつけながら、別の同僚の首を左手で握り、右手で指をへし折っていた。

 地獄絵図のような光景に、男は腰を抜かして、少女から遠ざかろうと後ずさる。

 だが、少女はまたも姿を消して、今度は瞬時に自分の目の前に現れていた。


「…………ッ!?」


 恐怖で声も出ない。

 緊急事態が発生したというのは誰の目にも明らか。

 この場には自分しかいないのだから、すぐさま治安局本部へ報告しに行かねばならない。


 ――だが、それは不可能だろう。


 悪意の塊である悪魔の様な少女が、その殺意を全て自分に向けて、歩いてきたのだから。

 少女は腰を抜かした男と視線を合わせるために中腰となる。


 ――そして、耳元で一言。


「ティア、おじさんは優しいから好き。これあげるから、逃げてね」


 少女は、今さっき自分が施した二枚のハクロア札を取り出して、男の胸ポケットに入れてきた。


「このスカーフ、大切にするね。ありがとう」


 少女はそう言って、男の前から姿を消した。


「――う、うわああああああああっ!?」


 その瞬間、男の身体にスイッチが入り、足腰にエンジンが掛かる。

 しかし彼が走って向かった先は――自宅であった。


 任務を放棄して、男はひたすら走る。

 恐怖に駆り立てられた男は、もはや何も考えることが出来なかった。

 家に辿り着くや否や布団にくるまって、朝が来るのを待った。

 いつまた目の前に、あの金髪の少女が現れるか。

 それが怖くて眠る事すら出来なかった。



 ――そして夜が明けた。



 昨日の雨がどこへやら、カラっと晴れた朝が、男の目を覚まさせる。

 昨日のあの出来事を思い出すと、未だに震えが止まらない。

 だが、少女が同僚を惨殺して回るだなんて、そんなこと有り得るのだろうか。

 あの出来事は現実だったのだろうか。もしかしたら夢だったのではないだろうか。


「そ、そうだ。あれは怖い夢だった。そうだよ、そうだよな……!」


 そんな淡い期待を込めて、彼は自分の胸ポケットを見た。


「あ、ああ、あああ…………!!」


 ――入っていた。


 少女にあげて、そして返してもらった、血で染まった二枚のハクロア札が。


 ガタガタと、全身の震えが止まらない。


 その日、男は治安局に勤め始めて、初めて無断欠勤をした。


 男は、この事件最初の被害者組の、唯一の生き残り。


 そう、この事件は治安局史上最大の被害が生じた事件であり、そして――


 ――ステイリィの、英雄としての地位を確固たるものとした、アレクアテナ大陸の歴史上最大のテロ事件であった。



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