鑑定士の使命
二体の龍の衝突によって、オークションステージは崩壊し始めた。
瓦礫が落ちゆく危険地帯に、ウェイルは躊躇いなく飛び込んでいった。
「よし、なんとか間に合ったか……!!」
ウェイルが命懸けで回収に向かったのは、ステージ上に置かれていた真珠胎児であった。
なんとか全ての真珠胎児確保し、ホッと一息ついた――その時。
「――――!?」
鼓膜が破れてもおかしくないほどの爆発音が、会場に轟いた。
青白い光が炸裂すると共に、身体が凍えそうなほどの冷気を感じたところから、フレスの攻撃が炸裂したのだと分かった。
ただでさえ崩壊真っ只中のステージ天井。
龍の攻撃に耐えるはずもなく、天井の崩壊はますます激しくなっていく。
「くっ……! 実は間に合ってなかったってか……!!」
瓦礫は次々にウェイルの目の前に降り注ぐ。
移動できる場所も徐々に少なくなり、このままでは真珠胎児どころか、ウェイルまでも瓦礫の下敷きになってしまう。生き埋めになるのも時間の問題だ。
(身を隠せるところもないし、闇雲に走っても瓦礫に当たる……!)
さっと周囲を見渡しても瓦礫から身を守れるような場所はなく、落下する瓦礫の数が多すぎる。
「天井が……!!」
ついに天井は轟音を立てながら、ステージ全体を完全に覆うようにして落下してきた。
迫りゆく天井を見て、ウェイルの脳裏に『死』の一文字が過ぎり、そして覚悟した。
ズンという鈍い音が土煙を上げながら、周囲に響き渡った。
「……何が起こったんだ……!?」
しかし、ウェイルの覚悟とは裏腹に、いつまで経っても天井が落ちてくることはなかった。パラパラと小さな瓦礫が落ちてくるだけである。
天井がどこかに引っかかったのか。
いや、あれほどの質量の瓦礫が、ちょっと引っかかったくらいで止まることなど考えられない。
「どうして天井が止まっているんだ……!?」
土煙で周囲の状況が見えなかったが、しばらくすると土煙が収まった。
すると信じられない光景が、ウェイルの目に飛び込んでくる。
それは敵であるはずの龍――サラマンドラが、ウェイルを守るように天井を支えている光景であった。
『……くっ、流石に重い……!! おい、糞鑑定士ッ!! さっさと逃げろッ!!』
瓦礫の鋭い破片が突き刺さっているのか、サラマンドラの身体からは、燃えるように赤い鮮血が流れている。
「な、何故だ、サラー!? どうして敵である俺を庇っている!?」
『黙れ!! いいからさっさと逃げろって言ってるんだ!!』
「お、お前、その腕……!!」
サラマンドラの腕の一部は凍りついていた。
間違いなく、フレスベルグの一撃によるものだ。
サラマンドラはフレスベルグの攻撃を、ステージ上のウェイルを庇う為に、その身を犠牲にしてまで受けきっていた。
そこまでしてまでウェイルを庇った。敵であるはずのウェイルを、だ。
ウェイルがステージから脱出した瞬間。
サラマンドラは力尽きたのか、赤い光と共に少女の姿に戻り、ぱたりと倒れた。
それと同時に支えていた天井も崩壊し、轟音と砂煙に飲み込まれていく。
「サラーッ!!」
瓦礫に飲まれゆくサラーを見て、イレイズは血相を変えてステージへと走っていく。
ダイヤの拳で瓦礫を退けて、発見したサラーを抱き抱えていた。
ステージと反対側を見れば、青白い光を放ちながら、フレスベルグも少女の姿へと戻っていく。
フレスはすぐさまウェイルの元へとやってきたが、その顔に安堵の表情は無い。
「ウェイル、大丈夫なの!?」
「ああ。この通り無傷だ」
「よ、よかったぁ……‼ ……ごめんなさい、ボク、攻撃を止めることが出来なかったよ……‼」
フレスは目に涙を浮かべながら謝罪してきた。
「いや、いいんだ。フレスのせいじゃない」
「でも、でも、一歩間違えばウェイルが!」
「お前は俺を守ってくれただけだろ。気にするなよ」
ウェイルは優しくフレスの頭を撫でてやった。
「そうだ、サラーは!? サラーはどうなったの!?」
「今はステージの傍にいる。見に行こう」
ウェイルとフレスは、急いでイレイズの元へ駆け寄った。
イレイズに抱き抱えられたサラーの姿は、全身傷だらけで、またいたる所に凍傷を負っていた。
幸い意識はあるようで、イレイズにぎゅっと抱き着いている。
「サラー! よかった、意識はあるんだね! ならボクの力ですぐに治すよ!! ちょっとだけ待ってて‼」
フレスは龍の生命力をサラーに分け与えるため、彼女の手を握ろうとしたのだが、
「フレス、私に触るな……っ!!」
サラーはそれを拒否するように、フレスの手を力なく叩いた。
「でもサラー、凍傷が酷いんだよ!? 早く手当てしないと大変なことになるよ!」
「私は龍だ。これくらいの傷でどうにかなったりはしない! それに私とお前は敵同士なんだ! 馴れ合いはごめんだ!!」
「だけど――」
「フレス、サラーの言う通りだ。止めておけ」
「ウェイル!? どうしてそんなこと言うの!?」
「フレス。よく覚えておけ。俺達プロ鑑定士は任務のために、贋作士と交戦することは少なくない。その際に、敵に情けを掛けるな。情けを掛ければ、それは己の油断に繋がる。その油断は、味方の命を危険にさらす隙を作るということだ」
「サラーはそんなことしないよ!!」
「だが、敵だ。今はな」
「で、でも――」
フレスはそれでも食い下がってきたが、ウェイルはそれを無視して、サラーへと向き直る。
「サラー。どうして俺を庇った?」
「…………」
「俺達は敵同士だ。お前は今そう言ったな。ならば庇う必要はなかったはずだ。何故庇った」
イレイズの腕から降りて立つサラーは、小さい声で答えた。
「……別に」
「真面目に答えろ」
しばらく睨み合う両者。
ウェイルが引く気がないと悟ったのか、サラーはぷいっと顔を反らす。
「別にお前を助けたわけじゃない。……ただ……」
「ただ、なんだ?」
「……あのままだと真珠胎児が壊れると思った。真珠胎児が壊れてしまったら、イレイズはまた自分を責め続ける。……それが嫌だっただけだ」
「サラー……!!」
その回答に感極まったのか、イレイズは目に涙を浮かべながら、愛おしそうにサラーの頬を撫でた。
イレイズとサラーの過去にどんなことがあったのか、ウェイルは知らない。
ただ一つ分かる事がある。
それは二人が互いのことを心から信頼し合っているということ。
イレイズは慈しむようにサラーの隣にそっと寄り添い、こちらへ向き直った。
フレスが身構えようとしたが、ウェイルはそれを制する。
イレイズからは、もう殺気を感じない。
そしていつもと変わらぬ口調で、ウェイルにこう告げた。
「私達の負けです。真珠胎児はプロ鑑定士協会にお渡しいたします」
イレイズの顔を見れば分かる。
イレイズの表情は、まるで憑き物が取れたかのように晴れやかな表情だった。
「イレイズ、どうして『不完全』にいる? 何か理由があるのか?」
最初は沈黙して何かを考えているようだったが、そのうち決意を固めたのか、少しずつ語り始めた。




