限界を超えた代償
「――ボクは君を殺す。もちろん、君も殺すよ、ニーズヘッグ」
ちらりと背後に立つニーズヘッグを見る。
「…………!!」
そのあまりにも激しい形相と冷たい言葉に、ニーズヘッグはガタガタと震え、無言のままその場に跪いた。
シュラディンも闇の手から解放され、すぐさまフレスの元へと向かう。
「フレス……!」
「……ねぇ、おじさん。ボクさ、もう何もかもどうでも良くなっちゃったよ」
「何を言っている! お前はライラの分も精一杯――」
「――生きていけって? ダメだよ。ボクはライラがいないとダメなんだ。ごめんね」
「フレス……」
フレスの切なすぎる表情に、シュラディンはこれ以上言葉が出てこなかった。
「おじさんは逃げててよ。ボク、もう自分を抑えられない。ボクからライラを奪ったこいつらを、ボクはボクの全てを費やして消し去ってしまいたいんだ。ここにいたらおじさんも巻き込んじゃう。だから逃げて」
シュラディンは悟る。
――もう、フレスは死ぬ気なのだと。
無限の生命力を持つ龍が、これから死ぬ気で暴れると宣言している。
それは下手をすればこのフェルタリアだけではなく、このアレクアテナ大陸全土に影響が出る。
フレスの気持ちは分かる。
でもそれだけは止めねばならない。
だがフレスにはもう説得は通用しそうにない。
(……どうすれば……!!)
「うあああああああああああああああああああ!!」
フレスは咆哮した。
シュラディンに考える時間はもうほとんどない。
フレスは魔力を無差別に放ち始めた。
「アイリーン、お前だけは許さない!!」
絶対零度の魔力の塊が、アイリーンの方へ向かって一気に放出された。
「ダメ、フレス! 死んじゃうの!!」
フレスとアイリーンの間にニーズヘッグが入り、瘴気の壁でその魔力を受け止めた。
「それ以上魔力を放ったら、フレス、死んじゃうの!」
「別に構わないよ。死んだらライラのところにいけるもん。丁度いい、このまま君も殺してあげる、ニーズヘッグ!!」
「ご、ごめんなさい、なの……。フレスがこんなに怒るなんて思わなかったの……!! だって、相手は人間なんだから!!」
「ボクは言ったよ! 大切な親友なんだって! ライラはボクの命より大切な親友だったんだ! 何度も言った! それなのに君らに殺された!! ニーズヘッグ、もう君はボクにとっては敵なんだ! もう気安く名前を呼ばないで!!」
「フレス、ごめんなの……!!」
「名前を呼ぶなって言ってるんだあああああッ!!」
氷塊を流星群のように放ち続けるフレス。
その一つ一つが、膨大な魔力で包まれており、受けとめるニーズヘッグに想像を絶する衝撃が走る。
そろそろ限界かも知れない。
「あ、後はよろしくね、ニーズヘッグ!」
この世の光景とは思えないほどのフレスの猛攻に恐れをなしたアイリーンが、書斎方面へ逃げていく。
「うらあああああああああああ!!」
「く……!! きゃあ!!」
ついにニーズヘッグの瘴気の壁が崩れ去る。
フレスの氷は、その周囲全体を破壊し尽くした。
「ふ、フレス……!!」
「これでお終いだよ。羽一本残さず消し去ってあげる!」
バチッバチッと魔力がはじけ、フレスの頭上に魔力が浮かぶ。
「……ダメなの……!! 人間の姿のフレスじゃ……それを撃てば死んじゃうの……!!」
「関係ないって言っている! ボクがどうなってもおおおおお!!」
「――ダメだ!! フレス!!」
「――うっ!?」
ドンッと、突然横から衝撃を加えられ、フレスは身体を床に叩き付けられた。
シュラディンが、フレスを止めるために体当たりを仕掛けていたのだ。
「な、何するの、おじさん! 邪魔だよ!! あいつを殺せない!!」
「それ以上はダメだ。見てみろ。もうフレスの勝ちだ。これ以上は止めるんだ!」
「何言ってんの! ライラの仇を討たないと、ボクは死んでも死にきれない!」
「お前が死ぬだと!? 馬鹿を言うな! ライラはこんな事望むような子じゃないだろう!! 自分の為に親友が手を血に染めたと知って、ライラは喜ぶのか!? 自分の為にフレスが死んだと知って、ライラは喜ぶと本気で思っているのか!?」
「…………!!」
――違う。ライラはそんな趣味など持ち合わせてはいない。
ライラはとても心の清らかな、美しい女の子だ。
自分の為に親友が罪を犯したり命を落としたりすることを、決して喜ばない。
「……うう、だって、だって……!!」
「気持ちは痛いほど分かる! ワシだって、あいつらをこの手で殺してやりたい! だが、その為にお前まで死ぬ必要もない! もう限界なんだろう!?」
シュラディンの叫びに、ニーズヘッグが頷いていた。
「あれだけの魔力を、人間の姿で出した……。これ以上フレスは……いや、もうすでにフレスは、限界を超しているの……!! 身体の魔力は空っぽのはず……!! いつ死んだって、おかしくないの……!!」
フレスの放った魔力は膨大すぎた。
見ればこの部屋だけでなく、窓から漏れ出た冷気が、王宮の大半を凍らせ、城下町の一部や周囲の林すらも、まるで冬季になったかと思うほど白く染めて凍らせている。
龍の姿ではなく、人の姿で放つことの出来る魔力には限界がある。
人間の身でありながら龍の魔力を扱うと言うことは、小さなコップで滝から流れる水を全て受けきる事と同義。
当然、人間の身体でそれを行えば、必ずどこかに亀裂が入る。
今のフレスはすでに限界を超し、亀裂が入るどころか、生命の危機にすら陥っているほどの状態だ。
「はぁ、はぁ……、……あ、あれ、ボク…………!!」
――限界を超えた代償は、すぐにフレスの身体を蝕み始めた。




