究極の二択
「メルフィナよ。王族とあろう者が守るべき都市を捨て、ただ私利私欲のために『不完全』なる犯罪集団に身を堕としたと、そのことに間違いはなかろうな?」
王が怒気を孕んだ声で凄む。
「その通り! 大正解だよ、お父様!」
一方、メルフィナは茶化すように答えた。
「元々僕は王族になんて興味なかったからね。興味があるのは神器だけ。王位は要らないよ。今まで僕の代わりを務めてくれたウェイルに、そのままあげちゃってよ!」
あっけらかんと王位を捨てると宣言する息子に、王の怒りもさらに濃く、激しさを増していく。
それは口調となってはっきりと現れた。
「貴様、どこまで知っている!?」
「『三種の神器』の一つが、この王宮にあるということまで知っている。その起動方法についてもね。お父様の書斎の事はよく知っているつもりだよ」
「貴様……!!」
どうやってそのことを知ったのかは判らぬが、メルフィナが色々と知っているのは本当の様だ。
「お父様、神器を動かす鍵である神曲は完成しているんでしょ? それ、ちょうだい? お小遣いだと思えば気が楽だと思わない?」
「ふざけるな! 貴様は前々からあの神器について調べておったな。ならば知っておろう、あの神器がどのような力を持っているかを!」
「勿論。でも実際に見たことはないし、その能力だって伝承話で知っただけだから確証は持てないけど」
「あれが乱用されたら、このアレクアテナ大陸がどうなると思っている!?」
「そうだなー。下手したら滅んじゃうかもね。でも関係ないよ。僕はあれを動かしてみたい、それだけなんだしさ」
――狂っている。
我が息子が神器に対して並々ならぬ情熱を持っていたことは知っていたが、ここまで来れば狂気の沙汰だ。
あの神器が、この息子の手に渡ってしまったならば、このアレクアテナ大陸は終焉を迎える。
そう確信出来るほどの瞳の色を、奴は持っている。
「……判った。もう貴様を息子とは思わん!」
「あらら、これって勘当だよね。じゃあさ、僕の代わりにウェイルを正式な息子、つまり王子様にしてあげてよね。僕、彼の事を結構気に入っていたんだ。面倒な仕事は全て代わりにやってくれたしさ、何より自分が本当のフェルタリア王子だと信じ切っちゃってて、なんだか笑えるよね。あまりにも滑稽で、彼を見るといつも笑いが止まらないんだ。いい加減不憫にすら思っていたんだ。丁度いいじゃない! 僕よりよっぽど王子様に向いているって!」
アハハハハと高笑うメルフィナに、王の握る拳はギリギリと音を上げていた。
「シュラディン、奴を止めねばフェルタリアは滅ぶやも知れん。奴を止めたい。手伝ってくれ」
「……承知しました」
シュラディンは腰からナイフを抜く。
神器『氷龍王の牙』――フレスの創造した旧時代の神器である。
シュラディンはこのナイフを手に持って、刃先に魔力を集中させる。
するとピキピキと音を立てて氷が張っていき、そしてナイフは氷の剣となってシュラディンの腕と融合した。
「陛下、下がっていてくだされ。出来れば援軍を」
「……判った。奴をもう我が息子ではない。情けは要らぬ」
「お父様に逃げられるわけにはいかないんだけどなぁ。ニーちゃん、よろしく!」
王が援軍を求めに走り始めたが、その足はすぐに止まってしまうことになる。
王の行く先を阻むが如く、一人の紫色の髪を携えた少女が、月明かりに照らされて現れたからだ。
彼女の背中からは黒紫色の翼。
「ニーちゃん、ナイスタイミング!」
「……翼!? まさか龍……!!」
「……龍の絵、見つけた、なの……」
王の存在など目にも映らないのか、現れた少女ニーズヘッグは丸めた絵を右手に持って、メルフィナに見せつけていた。
「それそれ! お仕事、ご苦労様! ……と言いたいけど、もう少し手伝ってね」
「……うん……。この人間を、どうすればいいの……?」
王は刹那に感じた。
この少女は、自分を殺すことに何ら躊躇いはないのだろうと。
自分の心臓の音が大きく聞こえる。
「――楽譜は今持っていないだろうし、殺しちゃっていいよ」
「判ったの」
メルフィナの命令と同時に、少女はゆっくりとこちらに歩いてくる。
確かに今、楽譜はない。
すでにフェルタクスのピアノ部分にセットしてある。
自分が今ここで死ねば、ほぼ完全状態のフェルタクスはメルフィナの手によって起動される。
そして間違いなく制御は出来ずに、フェルタクスは暴走するだろう。そうなればこの大陸は終わりだ。
だからここで死ぬわけにはいかない。最低でも、フェルタクスの機能を一部でも封じなければ。
王は瞬時に、今向かっていた方向とは反対側に向かって、一気に走る。
目的地は書斎奥。神器の隠し部屋だ。
メルフィナを横を通り過ぎるため危険であるが、ここはもう四の五の言っている時ではない。
「うおおおおお、メルフィナ、そこを退けえええええ!! シュラディン、援護をしろ!」
背を向けて走る王に、残されたニーズヘッグが不快感を露わにしていた。
「……無視されちゃったの……!!」
背後からの魔力が濃くなるのを感じた。
ニーズヘッグが、先程のメルフィナからの命令を受けて、何かこちらへ魔力を放とうとしているのだ。
「陛下、援護いたします!」
シュラディンが同時に走り出し、王と並ぶ。
氷の剣の刃先はメルフィナの方へ。
「メルフィナ殿。退かねばその首、飛ばさせていただきます!」
二人を相手に、メルフィナは仮面に手を掛けて、真っ向から立ちふさがった。
「ニーちゃん! やっちゃって!」
「…………!!」
ニーズヘッグの左手には黒い瘴気がまとわりついていく。
そしてその瘴気を、一気に王の背中へと放出した。
「ボクが止める! 二人は前だけ見てて!!」
瘴気が放たれたと同時に、フレスが冷気を放出した。
瘴気と冷気がぶつかり合い、小規模な爆発が起きる。
この爆発に、メルフィナが少しばかり驚いた隙をついて、シュラディンが剣を振り上げた。
「まだ幼いですな! メルフィナ殿!!」
「わぁ!? あぶなっ!?」
間一髪、氷の剣がメルフィナを貫くことはなかったが、体勢悪く避けた為、バランスを崩していた。
「今です、陛下! 先へ!」
「感謝する、シュラディン!」
王は走り、シュラディンはメルフィナへと追い打ちを掛ける。
「ちっくしょー、逃がしちゃった……! そろそろ反撃しないとね……!」
シュラディンの剣をギリギリで避けたメルフィナだが、仮面に魔力を注いで風を生み出すと、ふわりと浮いて距離をとり、体勢を整えた。
「お父様は何かする気だね……!! そうはさせないよ。アイリーンお姉ちゃん!!」
「ウフフ、何かしら?」
ずっとこの場の様子を、外野から楽しげに眺めていたアイリーン。
「もうここでやっちゃいなよ。楽譜さえあればライラは要らないよ。僕はアイリーンお姉ちゃんの方がピアノの才能あると思ってるもん」
「あら、メルフィナって本当に正直者なのね。なんて可愛いのかしら。早く結婚しましょうよ。いつでもどこでも、私のことを好きにさせてあげるわ」
「え、えっと……、それは僕が大人になってからね。じゃ、よろしく」
「させん!」
風に乗って逃げようとするメルフィナに、シュラディンが立ち塞がる。
「どうやって止める気? 僕、宙に浮けるんだけど?」
「この氷の剣だって、その距離くらいは簡単に伸びる。その仮面を壊せばいいのだろう?」
「そりゃ怖いね。でもいいのかな? 僕の相手をするのは良いけど、そしたらあっちが危ないんじゃない?」
メルフィナが指差したのは、フレスとライラの二人。
フレスはニーズヘッグと、次元の違うレベルの魔力のぶつけ合いをしている。
とても他のことに手が回りそうにない。
――だとすれば、一人残ったライラは。
「アイリーンお姉ちゃん、ライラのことが大っ嫌いって知っているでしょ? 止めなくて良いのかな?」
獣の様な形相で、ライラへと歩いて行くアイリーンの姿はゾッとする迫力があった。
「究極の二択だね。ライラを見捨てて僕の邪魔をするか、僕を見逃しライラを守るか。個人的には後者がオススメだよ? さあ、選んでよ!」
「……くっ……!!」
シュラディンが決断した選択、それは。
「ライラ、逃げろ!」
ライラの方へ走り出すことだった。
「それが賢明だね。お姉ちゃん、ニーちゃん、後よろしく!」
シュラディンの背中を見下しながら、悠々とメルフィナはこの廊下を去って行った。




