龍達の戦い
「おやおや、凄い爆発でしたね」
フレスの氷とサラーの炎の衝突によって生じた強烈な爆発音。
水蒸気がお互いの視界を遮ろうとも、氷の剣とダイヤの拳の攻防は続く。
そんな戦闘の最中であろうとも、ウェイルとイレイズは平然と会話を続けていた。
「イレイズ! 何故あの赤髪の男を庇った!」
「赤髪の男? ああ、ルシャブテのことですか。今回の真珠胎児の件は、あの男が発案した計画でしてね。私はその補佐をするよう命令を受けております。彼を守るのが、今の私の仕事です」
「あいつが何をしているのか、判っているだろう!?」
「……勿論です。私だって、今回の計画に参加するのは不本意なのですよ。彼がこの計画を発案した際、私は反対したのです。ですが本部は膨大な利益が見込めるとして彼に賛同した。私は本部の決定には逆らえません」
「何故逆らえない? お前はさっきから『不完全』に従うことを無理やり強いられているような言い方をしている。奴らと一体何があったんだ!?」
「……それは貴方には関係のないことです」
イレイズの諦めにも似た表情。
……この表情だ。さっきから気になっていた表情は。
「関係ない、か。確かに俺には関係がない。でもそれは真珠胎児の被害者にだって同じことだ!!」
「…………」
ウェイルの正論に、イレイズは押し黙ってしまった。
少なくともイレイズは、決して人を殺すことを軽く考えているような人間ではないと、ウェイルはそう確信している。
「お前にどんな過去があり、どんな理由で『不完全』に入ったのかなんて知らないし、詮索するつもりもない。確かに俺には関係ないことばかりだろう。だがそれは被害者だって同じことだ! お前にどんな過去があろうとも、それが命を軽く扱っていい理由にはならない! お前なら理解しているはずだ!!」
「…………っ!」
イレイズは無言で拳を放ち続けた。
だが、その拳の重さは先ほどに比べて随分と軽くなり、徐々に数も減ってきた。
「……その通りでしたね。いくら私に事情があるからといって、他人の命を弄んでいい道理なんてありませんでしたね……」
――そして最後は、拳が止まった。
「貴方の言う事は至極正論です。私だってそう思う。ですが――」
再び握る拳に力が入る。
そしてイレイズは大声で叫んだ。
「それでも私には守るべきものがある! たとえ私のやり方が間違っていようとも!! このオークションだけは必ず成功させないといけない!! サラー、本気で行きますよ!!」
先程までフレスと戦闘していたはずのサラーが、スッとイレイズの隣に姿を現した。
水蒸気に隠れてイレイズの元へ寄っていたのだ。
「サラー、全力で行きますよ!!」
「ああ、来い! イレイズ!」
サラーが全力を出すということは、つまり真の姿に戻るということだ。
イレイズはサラーの手の甲に、そっと優しくキスをした。
それは姫に忠誠を誓う騎士のようなキス。
フレスが発する光が美しいと表現するならば、サラーの光は猛々しい。
燃え盛る炎の中から巨大な龍が現れた。
紅蓮の翼、緋色の眼。
炎を司る神龍『サラマンドラ』の真の姿が降臨した。
『――グオオオオオオオオオオオオオォォォォ!!』
サラマンドラの咆哮は会場全体を揺らした。
「こっちも龍で対抗するしかない……!! フレス!!」
「ここにいるよ!」
「頼むぞ!」
「うん! えっと、優しくしてね……!」
ウェイルとフレスは、二度目となるキスをした。
だが以前みたいな躊躇いはない。
状況が状況であるということもあるが、それを差し引いても自然にキスが出来た。
フレスの身体が光り輝いていく。蒼く美しい光だ。
その光は冷気を纏い、炎の熱を和らげていく。
『……またあったな、お師匠様よ』
「その姿のお前にそう呼ばれるのは違和感があるよ」
『炎の龍が相手か。面白い』
――蒼き翼、氷の瞳。
サラマンドラと違い、ただただ美しい。水を司る神龍『フレスベルグ』。
神話に伝えられる神々と同等の力を持つという龍同士の戦いが、今、始まる。
『容赦はせん。フレスベルグよ』
巨大な赤き翼が紅蓮の炎に包まれる。
『ふん。本気でこい、サラマンドラ』
対するフレスベルグも翼に光を集中させた。
とてつもなく巨大なエネルギーだ。
どちらも直撃すればひとたまりもない。
『焼き尽くしてくれる!!』
『無に帰れ!!』
サラマンドラは全てを灰にする輝く業火が、フレスベルグは一瞬にして全てを無に帰す絶対零度の冷気が放たれた。
――ズズズズズ…………!!
かつて無いほどの爆音が会場を揺らした。
炎が壁を焼き、冷気が天井を凍らせる。
二体の攻撃は続き、次第に激しさを増していく。
誰も干渉出来ない、圧倒的な龍達の戦いがそこにはあった。
勝敗は決まりそうに無かった。何せ完全に互角なのだから。
全てを焼き尽くすサラマンドラの炎と、全てを凍てつかせるフレスベルグの冷気。
決着など、そう簡単につくはずもない。
何度も何度も、互いの魔力をぶつけ合っていた。
「この会場が持たないぞ……!」
二体の龍の戦闘で、会場全体が崩壊を始めていた。
炎や氷だけでなく、天井からの瓦礫や壁の倒壊の恐れがある。このままだと命すら危うい。
気絶させたオークション参加者らはさらに危険だ。
五回目の炎と氷の衝撃音が響いた時、ステージの方から軋んだ音が聞こえてくる。
ウェイルはその音で気がついた。
真珠胎児が置かれてあるステージの天井が、崩れ始めていることに。
「まずい、このままだと真珠胎児が……!!」
間違いなく次の龍達の衝突で、天井は崩れ落ちるだろう。
そうなると真珠胎児は瓦礫に埋もれてしまう。
それだけは何としても阻止せねばならない。
天井から瓦礫が降り始めたと同時に、ウェイルは走っていた。
――真珠胎児。それはきちんと埋葬されるべき命なのである。
違法品の供養も、鑑定士の責務だ。
「止めろ! フレス!! もういい!」
ウェイルはフレスに叫んだ。
そのフレスは、次の攻撃の準備に集中しており、ウェイルの声は聞こえていないようだった。
「くっ、次の衝突までに間に合うか……!?」
「ウェイルさん……? ……そうか!」
イレイズは突然走り出したウェイルを見て、その理由をすぐに理解した。
それと同時に自分達の失態にも気づく。
「待ちなさい、サラー!!」
両者の叫び声が、二体の龍へと向けられたのだった。




