鬼畜外道な王子様
シュラディンが提案し、フェルタリア王が実施した「贋作買い取り」政策が功を奏し、都市中に蔓延していた王宮への不満も無事に鎮圧していた。
また王宮の政策は、たとえ贋作を掴まされても王宮がそこそこの値段で買い取ってくれるという安心感から、住民達の神器購入に対する意欲は相当改善された。
『不完全』がよく使う「住民の不安を煽る」という手口が、今や機能しなくなっていた。
贋作買い取りによって、フェルタリアを乗っ取ろうと画策する『不完全』の計画を封じることになり、危機的な状況は未然に回避されたのである。
これを受けて『不完全』穏健派からは、今回の作戦の中止が言い渡された。
そうなると立場が悪くなるのは、計画を企てたメルフィナと、それに加担した過激派である。
「穏健派はフェルタリアから一旦手を引くんだとよ。龍についてもしばらく様子を見ると。俺達はどうする?」
「すでに贋作製作に膨大な費用が掛かっている。フェルタリアから何も引き出せずに、ただ撤退というのは過激派としては許されない」
メルフィナの王子という立場を利用して、率先して行動を起こしていたのは過激派であるため、此度の作戦失敗の責任は過激派にある。
穏健派の連中にそこを突かれるのは、今後の活動に多大なる支障が出かねない。
「穏健派に好き勝手言われるのは癪に障る」
「王子様、どうするつもりなんだよ」
すでにフェルタリアに侵入していた贋作士らが、メルフィナに責任を求め、語気を荒げてそう問うた。
だが大の大人二人から睨まれても、当のメルフィナはどこ吹く風。
「どうするって、別に作戦に変わりないよ。最初の目的通り、神器と龍を手に入れる。それだけでしょ?」
「だから穏健派が撤退したんだよ! 聞いていたのか!?」
「だったら過激派だけでやればいいでしょ。そんなに難しいこと?」
「あのなぁ、ガキには判らないかも知れないが、こいつはビジネスだ。すでに組織は相当な金額を投資している。単なるガキの戯言ならいざ知らず、王子様が申し出た作戦だからな。見返りはデカいと踏んだ。実際それはある程度うまくいっていたよ。後は俺達が住民感情を煽って暴動を起こせばよかっただけだ。そうすれば王は脅しに屈して、神器か龍は手放しただろう。だがそれは未然に防がれた」
「聞いてなかったぞ! 敵にプロ鑑定士が背後にいるだなんてな!!」
「あのね、だから何が言いたいのさ? 回りくどすぎる話はいいから、簡単に言ってよ。僕、子供だよ?」
「……巨額の投資の責任を、お前と俺達過激派が背負わなければならないということだ」
「どうして?」
「――だから!!」
「あのね、おじさん。前提が間違っているよ? おじさん達は作戦が失敗したと、もうフェルタリアを侵略することは出来ないと、そう思っているんだよね」
「……何が言いたい?」
「もっと簡単にすればいいじゃない。変な策略なんて企てなくてもさ。邪魔する人達は、みんな殺しちゃえばいいだけでしょ? ね? お姉ちゃん?」
「そうね。その通りだと思うわ。というか私、最初からそれにしか興味なくってよ?」
「……な……!? 何を言っている!? 物事はそれほど単純じゃない!」
「単純だってば。心配しないで。組織が最も欲しい物――龍は手に入れてきてあげるからさ。後は僕達に任せておいて!」
「何をするつもりなのだ?」
「さてね。だけど、しばらくこの都市にはいない方がいいよ。死にたくなかったらね。ヒントをあげると、僕は相当な神器マニアだということ。これだけ言えばいいでしょ?」
「…………!!」
贋作士の男達は絶句していた。
確かに贋作士として、また過激派に属する人間として、人を殺めるような仕事に従事することもある。
自分自身が鬼畜外道であることをよく理解している。
だがそんな自分達でさえ、恐怖を覚えるほどの外道が、ここにいた。
「お姉ちゃん、とっても楽しい光景が見られるかも!」
「ライラが苦痛に歪む顔が、私にとっては一番の光景よ」
「それも見られるってば」
「あら、それなら楽しみね」
――自分が守っていかねばならないはずの民や都市を、容赦なく破壊すると、若干十才程度の王子様が笑って話しているのだから。
「……三日後、フェルタリアにまた来る。その時に龍を渡してくれ。そうすれば上は君を幹部候補に任命するはずだ」
「幹部になる気なんて毛頭ないんだけどね。僕は神器さえ手に入れば別にそれでいいんだ。ま、今後のために地位はあった方がいいかもね!」
「…………」
贋作士の二人は、妙な寒気を覚えながらメルフィナ達と別れると、互いに無言のままフェルタリアを後にしていった。
――この日の夜のことだ。
神器都市フェルタリアが、崩壊への第一歩が踏み出したのは。




