百年に一度の神器の整備
「『三種の神器』!?」
その単語を聞いて、フレスが悲鳴染みた声を上げた。
「フレス、知っているのか?」
「うん、知ってるよ……! 三種の内一つは、ボクにとっても因縁の神器だから……! でも、ボクの知っているのは『フェルタクス』って名前じゃない。だからその神器については全然知らないよ。それがこのフェルタリアにあるの!?」
「その通りだ。我々フェルタリア王家一族は、代々このフェルタクスの秘密を守り、封印し続けてきた」
「『三種の神器』は、絶対に軽々しく使っちゃいけないよ……!! 下手に使ったら、このアレクアテナ大陸が崩壊する……!!」
神獣の中でも最強の存在たる龍のフレスが、『三種の神器』と聞いて身体を震わせている。
それだけで、それがどれだけ危険な代物であるか、シュラディンは痛感した。
「あのさ、そんな危険な神器とボクと、一体何の関係があるのかな」
フレスは龍である故に、『三種の神器』と密接な関わりがあるのかも知れないが、ライラは違う。
ただの一般的な平民の少女だ。関係があるとは思えない。
「ライラに復元を依頼した曲があるだろう?」
「うん……。――え!? まさかこの曲って……!!」
「フェルタクスを守るということは、フェルタクスの整備もせねばならんということだ。もしフェルタクスに異変が起これば、それを正しく制御せねばならない。その曲はフェルタクスを制御するために必要不可欠な曲なのだ」
王が言うに、フェルタクスは百年に一度、整備をせねばならないという。
そうしなければ内部に溜まった膨大な魔力が暴走し、フェルタクスが誤作動を起こしかねない。
だがフェルタクスを制御するためには、あの石版に書かれた詩が必要不可欠であった。
歌詞は残っていたのだが、肝心の楽譜は風化し、一部が失われてしまっていた。
王は音楽に対し、興味は人一倍であるのだが、だからといって作曲をする才能があったり演奏を行う才能があるわけではない。
代々フェルタリア王家が音楽家を大切にしてきたのも、フェルタクスの制御を行うためには音楽家の手が必要であるからだと説明した。
「前回の整備から百年。その節目にワシが選んだ音楽家は、ライラ、お前だったのだ」
「ボクが、神器を操る……?」
あまりにも突拍子もない話に、ライラは面食らっていた。
「ボクにそんな事、出来るわけがないでしょ!?」
「いいや、絶対に出来る。フェルタクスの制御装置は、ピアノの鍵盤と全く同じ機構なのだ」
「でも! そんなの勝手すぎるよ!!」
「ライラが怒る気持ちは理解している。勝手に全てを決めて申し訳なかった。だが今は本当に一大事だったのだ」
王の声のトーンが落ちたので、ライラも自然と追求の声を止める。
「我が息子メルフィナが、フェルタクスの存在を知ってしまったのだ。あいつの神器に関しての好奇心は狂人の域よ。もしフェルタクスの制御を誤れば、この都市――いや、この大陸が崩壊することになると知っていても、あいつはやる。神器以外の全てを、どうでもよいと考えている」
『不完全』という犯罪組織をバックにつけてまで、メルフィナはフェルタクスを求めている。
まだ十代前半の子供が、そこまでの行動を起こしているのだ。狂人と断じても問題ない。
王の懸念は間違いないのだろうし、事実そうであった。
「フェルタクスを正しい方法で整備・制御し、再び封印する。メルフィナが何か行動を起こす前に、全てを遂行せねばならない」
先程のメルフィナ達の様子を考えれば、彼らが何かを仕掛けてくるのは、それほど遠い未来のことではなさそうだ。
「……判った。手を貸すよ」
「やってくれるか……!!」
「大丈夫なの、ライラ!?」
「ピアノを弾くだけなんでしょ? 大丈夫だよ。それにさっきの人達に、ボクの故郷をメチャクチャにされたくないよ!」
ライラが拳を固めてそう決心すると、その拳をフレスが握った。
「ボクもついてる。大丈夫だよ」
「うん。ありがと、フレス!」
「曲は完成しているのだな?」
「もちろん。ばっちりだよ」
「ならば急ごう。フェルタクスの準備に少々時間が掛かる。準備が終わるまで、二人は休憩していてくれ。時が来たら呼びに来る。シュラディンよ、その時間まで二人を守ってやってくれ」
「かしこまりました」
そしてフェルタリア王は部屋を出て、例の書斎へ向かった。
「……陛下は何か起こると予感していた。嫌な予感は外れてくれたらよいのだが……」
――●○●○●○――
王が書斎の奥の秘密部屋に入って早八時間。
日付も変わり、すでに深夜と言うことでライラとフレスはグウグウと王のベッドで仲良く眠りについていた。
そんな静かであるはずの夜の出来事。
フェルタリアの空に、黒き龍が姿を現した。




