フェルタリアの危機
フェルタリア・ピアノコンクールから二週間。
フェルタリアに住まう大半の者達は、いつも通りの平和な日常を送っていた。
そう、大半の者達は、である。
「陛下。まずいことになっていますね」
「そのようだな……。ここ最近の値動きは怪しかったとはいえ変動幅は大したことなかったが、まさかここまで一気に変動してくるとは……」
それは他都市からやってくる為替商人達によってもたらされた、国家の根幹に関わる情報。
「まさかフェルトの値段がここまで落ちているとは……!!」
――貨幣単位：フェルト。
それはこの神器都市フェルタリアが発行する貨幣の事である。
フェルタリアは、旧時代から続く伝統のある都市だ。
芸術や音楽といった文化もさることながら、神器精製に関する技術は他都市の追随を許さない。
神器流通量は、同じく神器技術に長けている都市『練金都市サバティエル』の三倍以上とも言われている。
このためフェルタリアの経済は豊かで、住民の生活水準も、他都市と比べ相当高い。
一応一軒家を持っているライラでさえ貧困層といえるほどの経済状況だといえば判りやすいか。
そのため『フェルト』は信頼が高い。勿論その価値は高額だ。
王都ヴェクトルビア発行の『ハクロア』には及ばないものの、その次に有名な『レギオン』以上の価値とされている。
資産をフェルトで蓄えている富豪達も、大勢いる。
そのフェルトであるが、ここ数ヶ月の間に、大きく価値を落としていた。
「如何にしても、これは落ちすぎている……」
一年前の貨幣価値と比べると、現在はその5/6程度となっている。
これはフェルトクラスの貨幣からすれば、金融危機レベルといっても差し支えの無いほどの暴落だ。
「まさか１ハクロアとの交換が４フェルトまで落ち込むとは……」
「しかし陛下。ほんの一ヶ月前までは３フェルトと2/5だったのです。確かに一年程度の期間を掛けて徐々に価値を落としたのは事実ですが、これほど一気に落ちたのはここ一ヶ月間のことです。やはり例の噂が関係しているでしょうか……」
「……仮にあの噂の影響だとすれば、由々しき問題だ……！」
ここ数週間、フェルタリア内にて密かに流れている噂がある。
その噂とは――
「――フェルタリアが出荷している神器の多くに、贋作が含まれているという噂……。早く何とかしなければ……!!」
フェルタリアから贋作が大量に流出しているとの噂が、後を絶たないのである。
フェルタリアは神器都市。そのブランドを悪用して高額販売しているそうだ。
事実、輸出している神器をプロ鑑定士が調べたところ、いくつか贋作が見つかっており、贋作のサンプルもフェルタリア王宮は所有している。
贋作が見つかるというのはここ一ヶ月に集中しており、さらに言えばこの二週間の間は、毎日のように贋作が発見されている始末だ。
贋作を流出している業者を発見すべく、王宮は自衛団を神器工房へと派遣し、監視や警備を行っているものの、何ら事件の手がかりになるような痕跡や証拠は見つかっていない。
「このままの水準で推移しますと、フェルトはリベルテ以下の価値になってしまいます。そうなれば住民の不安は大きくなり、外貨へと投資してしまう。そうなればフェルトはさらに価値を落とし、後は悪循環が始まるだけです。陛下、早急に対策をとらねば」
「判っておる。だが神器工房が贋作を製作するわけがない。一体どこの誰がこんな事を……？」
一刻も早い対策が必要だが、贋作を流出させている連中の目的が判らない以上、慎重に調査を重ねるしかなかった。
――●○●○●○――
フェルタリア王の頭痛の種は尽きない。
贋作事件が最も王を悩ませている種ではあるが、それ以外にも種はある。
一つはラグリーゼ家の娘の事。
彼女が何をしたのか、それをラグリーゼ侯爵本人から聞いた。
ラグリーゼはこちらが申し訳なくなるほど、精一杯の謝罪を王とライラにした。
ライラに対しては、ライラが止めなければ額を床につける勢いだったそうだ。
だが、そんな謝罪をすることになった元凶、肝心要のアイリーンが、あのコンクールの日から姿を消しているらしい。
貴族の一人娘が行方不明というのは大スキャンダルもので、情報が漏れないように様々な手を打っている。
そしてもう一つが、これまたアイリーンと同じように、今度は自分の息子メルフィナが姿を消していた。
元々人前に出る性格ではないので、こちらはあまり工作しなくても周囲に気づかれることはなかったが、一歩間違うとこれまた大スキャンダルだ。
一応彼の身の安全も心配ではあったのだが、王が本当に心配していることは、そんな些細な事では断じてなかった。
メルフィナは危ないのだ。危険思想を持っていると言っていい。
彼は、神器に対して狂気的なまでに固執している。
それにメルフィナは例の神器について、深く興味を抱いていた。
万が一メルフィナが、あの神器を手に入れるために行動を起こしていたのならば、それは国家危機レベルの問題となる。
「……先に対策をとらないと、まずいことになる……!!」
あの神器は王家の秘密ということ以前に、人には知られてはいけない産物。
封印を解く鍵を、フェルタリア王は代々守り、そして信頼できる者に継承せねばならない。
そして継承に相応しい相手は、決して我が息子ではない。
