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龍と鑑定士 ~ 絵から出てきた美少女は実はドラゴンで、鑑定士の弟子にしてくれと頼んでくるんだが ~  作者: ふっしー
最終部 第十三章 神器都市フェルタリア過去編『ライラとフレス』
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天才ライラの演奏

「……はっ!? ボク、寝ちゃってた!?」


 フレスが目を覚ましたのは、ピアノコンクールの日の夕方。


「もう夕方!? 寝過ぎちゃった!? ライラはどうなったの!?」


 肩の毛布は、ライラが掛けてくれたものだろう。

 そのライラ本人は、一体どこにいるのか。

 家中探してみたが、ライラの姿はどこにもない。


「ライラ、ちゃんとピアノコンクールに行ったのかな……? そうだ、ボクの楽譜は!?」


 急いでさっきまで寝ていた机の上を確認すると。


「あれれ!? ……な、ない……!! もしかしてライラが持って行った……!?」


 書きかけの未完成で、素人丸出しの下手っぴなあの楽譜を、もしライラが持って行ったということになれば。


「あれ、まだ書いている途中なのに! ライラ!!」


 フレスはその足で、すぐさまコンサート会場へと向かったのだった。





 ――●○●○●○――





 ピアノコンクール会場の入口には、大勢の警備員。

 そもそも入場券を忘れてきてしまったフレスは、当然ながら会場前で門前払いを喰らっていた。


「どうしよう、間に合わないかも……!!」


 今から家に戻ると、時間的にライラの演奏には間に合わない。


「そうだ……」


 フレスは急いで会場の裏側へと周る。

 周囲を見渡しても、誰の気配もない。

 日も落ちかけ、辺りは暗くなっているため、フレスの姿は目立たないはずだ。


「飛んで、上の窓から覗こう……!!」


 翼を出すなんて久しぶりで緊張したが、無事に翼を出現させた。

 翼をはためかせると、ふわりと身体は宙に浮く。


「ライラ、すぐに行くから……!!」


 誰にも気づかれることもなく、フレスは会場三階の窓へと飛んで、こっそりと中を覗き込んだ。


「……あ! ライラだ!! ダメだよ! あの曲、まだ途中なのに!!」


 そしてそれは偶然も、ライラの順番が回ってきた時であった。





 ――●○●○●○――





 会場はすでにお開きムード。

 最優秀賞はアイリーンで決定だと、誰もがそう結論づけている中、ライラの順番は回ってきた。

 ライラが公のコンクールに出ることは初めてだ。

 平民の中で、少しだけピアノが出来る田舎者。

 会場にいる殆どの観客がそう思っていた。

 ざわつく会場に、最後のアナウンスが入る。


『最後の演奏になります。演奏者は、ライラ=エマ・ゴルディア。曲名は――あ、あれ? 白紙?』


 そのアナウンスを聞いて、会場がさらに騒然となった。

 曲名欄が白紙であることもその理由の一つであったが、それよりも大きい理由が、


「え……? 今、()()()()()って、そう言ったか……!?」

「ま、間違いなく、名前はゴルディアって……!!」

「偶然同じ名前なだけだろ!? あんな平民の子が、あのゴルディアと関係があるわけなんて!」

「だよな、そうに決まっている」

「だとしたら不憫だよな。あの天才音楽家のゴルディアと同じ名前だなんて、もし演奏が下手だったら失笑を買うぞ」


 騒々しくなる会場。

 ゴルディアという名前によって、期待と嘲笑のボルテージが高まっていき、演奏のハードルは上がっていく。

 だがライラは、何一つ狼狽えることはなかった。

 だって、そのざわつきは、次の一瞬には消えることを理解していたから。


(行くよ、フレス……!!)


 ――ライラが、静かに鍵盤を叩いた。


 その瞬間、ライラの想像通り、ぴたりと喧噪が消え去った。

 静寂が会場を支配し、誰もがライラの奏でる次の音を待った。

 だがライラの放つ旋律は、会場を失望させる結果となる。


「な、なんなんだ、この曲は……!?」

「素人どころか赤子同然の曲じゃないか……!?」

「あの平民、このコンクールを馬鹿にしているのか!?」

「聞いてはおれん! 早く退場させろ!」


 静寂の後、訪れたのはブーイングである。


「ら、ライラの奴、一体どうしたというのだ……?」


 フェルタリア王も、突然の事に面食らっていた。

 そう、ライラの奏でた冒頭の演奏は、フレスが作曲した部分であった。

 幼稚で、それでいて無知識からくる音の羅列。

 あまりにもこの場に相応しくない旋律に、会場全体から非難の声がライラに集中した。

 しかし当のライラはというと、飛び交うヤジやブーイングなど一切無視して、ひたすらにフレスの曲を弾き続けた。


「ああ、ライラ、やっちゃった!」


 窓から見守るフレスにも、緊張が止まらない。

 フレスの懸念は少しずれたもので、ヤジやブーイングがどうこうというよりも、最後まで演奏できない事を心配するものであった。


「ど、どうしよう、ボクが途中で寝ちゃったから……!!」


 何せこの曲は未完成。

 演奏は、途中で必ず止まると知っていたから。


「もうすぐ、出来てる分が終わっちゃうよ!」


 酷く幼稚な音の羅列が、ついに終わりを告げた。

 ライラは一旦ここで手を止め、目を瞑る。

 何事かと野次が一旦止まり、物音一つしない会場。


 ――次の瞬間、会場中はライラの才能に恐怖することになった。


 ライラは目を瞑ったまま、驚くべき速度で鍵盤を叩き始めた。

 適当になんかじゃない。それは素晴らしいメロディとなって、会場の観客の心へ届いていく。


 ――激しいが、優しい。


 聞いていて心が休まり、それどころか歓喜の気持ちが沸き上がってくる、そんな旋律。


 曲名も楽譜のないその曲は、全てライラの即興の演奏。

 この世界で、たったの一度しか聞くことの出来ない、ライラの想いの詰まった曲。


(フレス。君のおかげで、ボクは幸せだ。君にだけ届いてくれたら、それだけでいい……!!)


 聞く者を圧倒するほどの曲を即興でやり遂げる。

 並の天才に、そんな事が真似出来るか。


 ――答えは、否。


 このライラ=エマ・ゴルディアにしか許されない、真の天才たる証明。


 時間いっぱい掛けた即興が終わる。

 誰もが、この曲が終わることを惜しみ、演奏が終わった後も、会場は静けさに支配されていた。


「……流石だ」


 フェルタリア王が、一人パチパチと拍手を送る。

 その拍手で、皆演奏が終わったことを実感したのか、一気に拍手の渦が巻き起こった。

 鳴り止まぬ拍手にも、ライラは一切興味を示さず、額の汗を拭うと、客席側に雑に頭を下げて舞台から降りていった。

 彼女が姿を消した後も、しばらくの間拍手は鳴り止まなかった。


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