手と手を繋いで
「ごめんね、フレス。傷のこと、隠していて」
フレスが泣き止み落ち着くのを待って、二人揃ってペタリと座り、窓から夜空を見上げながらライラは語り出した。
「実はね、ずっと前から痛み止めを飲んでいたの」
「ボクがつけた傷の、だよね……」
「……うん。そうだよ」
もう隠すこともないかと、ライラは素直に肯定した。
「ボク、悪い子だ。ピアニストの手を傷つけることだけでも最低なのに、それが大事な親友の手だなんて……!!」
「フレス、前にも言ったよね。フレスは良い子だよって。だって、ボクの手の為に、こんなに泣いてくれたんだから」
「当たり前だよ! 全部ボクが悪いんだから!」
「あのね、フレス。確かに傷は痛いけどさ。ボクにとってこの傷は大切なものなんだ。何故か分かる?」
「……分からない」
「この傷はね、ボクとフレスの友情の証なんだよ。実はさ、この傷を付けられた後、フレスのことについてたくさん調べたんだ。王が昔の龍についての文献を見せてくれたからさ。それで分かったんだよ。フレスは、今までずっと人間に酷いことをされていたんだって。人間を恨んでるって。だからフレスの気持ちを考えれば、この傷は当たり前なんだって」
「違うよ! ボクはライラのこと、恨んでなんかないもん!」
「あはは、大丈夫。分かってるよ。それでね、調べていく内にさ。ボクはフレスの事、もっともっと好きになっちゃったんだ」
「……どうして……?」
「だって、あれほど恨んでいた人間の手を、ちょっと傷つけたくらいで、あれだけ狼狽えて、反省しているんだもん。ああ、この子は本当に心の優しい子なんだなって、そう思ったから。ボクって結構敵を作りやすい性格だから、あまり友達もいないの。だからフレスが友達になってくれて、本当に嬉しいんだ。この傷はボクとフレスの、初めて出会った時の証。一生の宝物なんだよ」
「ライラ……。で、でも、その傷はライラを苦しめてる! 今だって、痛いのを我慢してるんでしょ!」
「痛み止めがあまり効かなくなっちゃってさ、今も結構痛いかな。でも一人でいたときより、今の方がずっと楽になったよ。隣にフレスがいてくれてるからかな?」
その言葉だけで、フレスの目からは大粒の涙が溢れていた。
「……ボク、ライラの親友で、いいのかな……?」
「当然だよ。フレス以外、考えられない。ずっと一緒にいてね」
「うん……! ボク、ずっとライラといるよ……!! 一生、ライラを守り続けるよ……!!」
フレスはライラの左手をとる。
「ボクも、この傷が欲しいよ。ライラとの友情の証」
「えへへ、うらやましいでしょ!」
「でもライラが苦しむのは嫌だから、治って欲しいけど…………――――あっ」
ライラの手を握っていて、突然思い出した。
「ライラ! ボク、もしかしたらこの傷、治せるかも知れない!」
「……え?」
そうだ。この手があった。
今まで人間相手に使ったことはないから、出来るかどうかは分からないけど。
「ライラ、左手をこのままにしておいて!」
「え、えっと、フレス? なにかするの?」
「うん! 任せて! ボク、絶対に治すから」
フレスはライラの左手を優しく両手で包んだ後、目を閉じた。
「ボクの龍としての生命力を、ほんのちょっぴりだけ、ライラにあげるんだ!」
「ど、どういうこと!? うわぁ!? 手が光ってる!?」
フレスが両手に魔力を込めると、ライラの左手は青白く輝いていった。
「暖かい……」
冷たい色の光なのに、手はポカポカ温まっていく。
「――お願い……! ライラの手を治して……!!」
フレスの祈りと共に、光が消える。
再びランプの光のみとなった室内で、その異変は起きた。
「……あ、あれ……? 痛くない……?」
ライラの表情から苦痛の色が消えていた。
「な、何が起こったの……!? い、痛くないよ! ねぇ、フレス!! ボクの手、全然痛くないよ!!」
「本当に!? さっきみたいに、我慢してるだけじゃないの!?」
「本当だよ!! 我慢なんてしてないよ!! 本当に痛くないんだよ!!」
「本当の本当に?」
「本当の本当の本当に!」
痛くないことを証明するかのように、手をブンブンと振るライラ。
その表情から、本当に痛みが消えていることが分かった。
フレスの願いが、龍の生命力を分け与える奇跡を起こした。
「フレス! 私、痛くないよ! 痛くないよ! ……痛くないよぉ……!!」
ずっと悩み続けた痛みが、綺麗さっぱり消え去った。
それはライラの親友を傷つけたくないという気持ちと、フレスの親友を傷つけてしまったという罪の意識から、同時に解き放たれた瞬間でもあった。
「フレス、ありがとぉ! 痛くないよぉ! いたく、ないよぉ……!! ……う、うわああああああああああん!!」
「ライラぁ、よかったぁ……! ほんとうに、よかったよぉ……!! ……わああああああああああん!!」
二人は抱き合い、号泣した。
フレスはこの時、心の中で一つの誓いを立てた。
これから先何があろうと、つまらない理由で人間を傷つけることをしないと。
龍としての魔力は、大切な人を守るために使おうと。
ライラの手の痛みは癒え、そしてフレスの心も癒えたその夜。
二人は一緒にベッドで眠った。
――傷跡だけ残る左手と、それを癒やした右手を仲良く繋いで。




